第97話 …また、香澄を…ここに連れてきても…よろしいですか?

「では、テーブルの上に今日の夕食が並んだところで…」








「「「「「いただきます(いちゃらきまちゅ)」」」」」








この日の献立分の料理を全てリビングのテーブルに並べ終えた涼羽。


その涼羽も、テーブルに座り…




翔羽、涼羽、羽月…


そして、お客様である修介に香澄…


五人全員が、テーブルに向かって着座したところで…




食事開始の合図である、いただきますの合唱が、行われる。




「さあ~…食べるぞ~」


「わたしも~!もうお腹ぺこぺこ~!」




いつもよりも遅いタイミングでの夕食となってしまったため…


翔羽も羽月も、よほどお腹が空いていたのか…




ご飯がよそわれた茶碗と、箸を手に取ると、がっつくと言う言葉がぴったりと言わんばかりに…


涼羽が作ってくれた夕食を食べ始める。




翔羽は、この日息子である涼羽にリクエストしていた唐揚げに手をつけ…


羽月は、スプーンも使って、この日兄である涼羽にリクエストしていたシチューに手をつけ始める。




そして、一口、その口に含んで咀嚼したその瞬間…




「うん!美味い!」


「美味しい!」




涼羽の作ってくれた料理を絶賛するかのように、満面の笑みを浮かべて声をあげる。


そして、それをきっかけに、次から次へと食べ始める。




「ふふ……よかった」




そんな父と妹を見て、嬉しそうな笑顔を浮かべる涼羽。




自分の作った料理を美味しく食べてもらえて、本当に幸せそうなその表情…


そんな涼羽の表情も、翔羽や羽月にとっては…


涼羽が作ってくれた料理の、最高の調味料(スパイス)となっているのだ。




「!これは…」




そして、この日お客様として翔羽に呼ばれ…


この高宮家で初めて、涼羽の手料理を食べることとなった修介。




一口、食した途端…


それが、本当に美味しくて…


そして、本当に家庭的な味わいで…




まるで、いくらでも食べたくなってくるような…


そんな感覚に満ち溢れてくる…




かつて、最愛の妻である香織が生きていた頃…


その香織が、心をこめて作ってくれた手料理…




まるで、その香織の手料理を食べていた時の、あの幸福感が、甦ってくるような感覚を、修介は感じてしまっていた。




「どうですか?佐々木さん…お口に、合いましたでしょうか?」




一口食してから、まるで何かに縛られたかのように固まっている修介が気になって…


自分の料理が口にあっているのかを、ついつい確認してしまう涼羽。




最近では、クラスメイトでよく涼羽に話しかけてきたり、構ってと言わんばかりにべったりとしてくる女子達が、ちょくちょく涼羽の持参する弁当のおかずを少し分けてもらったりすることも多いため…




涼羽のクラスの女子は、もう誰もが涼羽の手料理が本当に美味しいものだと理解している。




特に、涼羽の自宅で料理教室を開いてもらい…


割とそこそこの頻度で、涼羽の手料理を食べている美鈴に至っては…


もう、涼羽の手料理を食べているだけで、本当に幸せな笑顔になってしまっているのだ。




ちなみに、クラスの男子はというと…




結局のところ、同じ男ではあるものの…


容姿そのものは、本当に美少女そのものだと言える涼羽に対して未だにうまく接することができずにいる状態なのだ。




加えて、クラスの女子達がまるで涼羽をガードするかのようにべったりと接しているため…


余計に、涼羽と接することができずにいる。




涼羽と女子達の、きゃいきゃいとしたやりとりから…


涼羽の手料理が本当に美味しいものだとは、雰囲気で分かってしまう。




だからこそ、自分達も一度、それを食べてみたいと思うのだが…


現状、どうやって接していいのか分からず、それも叶わず、な状態が続いている。




ゆえに、涼羽の知る周囲の人間に対しては、涼羽の手料理は十分すぎるほどの高評価をもらっている状態ではあるのだが…




肝心の涼羽本人が、人の味覚というのは十人十色、という認識があり…


それゆえに、一部で認められたからといって、他の人も同じとは限らない、と思っているため…




常に、自分の料理を食べてくれる人には、その味を確認してしまう状態なのだ。




人に出す以上は、ちゃんとしたものを食べてもらいたい。


人に出す以上は、どうせなら美味しい、と言ってもらいたい。




それゆえに、こうして常に自分の料理を食べてくれた人に、口に合うかどうかをついつい聞いてしまうのだ。




そんな涼羽の問いかけの言葉に対し、動きが固まったままだった修介が…


まるで、再起動を果たすかのように、その動きを再開する。




そして、本当に幸福感に満ち溢れた、満面の笑みを浮かべながら…








「……本当に、美味しいです!」








まさに、美味しいものを食べることができた幸せ。


それが、本当に集約された一言を、涼羽に贈るのだった。




「!それなら、よかったです」




そんな修介に、不安げだった涼羽の表情に安堵の色が見え…


今日初めて自分の手料理を食べる人に、美味しく食べてもらえたことで…


これまた、本当に幸せそうな笑顔が浮かんでくる。




「…今は亡き妻の手料理を、思い出しました」


「!奥さん、亡くなられているんですか?」


「はい…この子が生まれてすぐに…」


「そうだったんですか…」




ぽつりと漏れでてしまった、修介の言葉。


その重く、悲しい言葉に、涼羽が思わず過敏に反応してしまう。




しんみりと、その妻がいたころを思い出すかのように話す修介。


涼羽には、その修介の悲しい想いがそのまま伝わってくるような気がして…


その顔に、悲しげな表情が浮かんできてしまう。




前回、初めて会った時には、いきなりプロポーズをされたことしか印象がなく…


修介も、自分の妻がすでに故人であることを話さなかった。




そのため、涼羽は、修介の妻、香織が、もうこの世にはいないことを…


今この場で、初めて知ることとなったのだ。




そして、どうして父、翔羽が修介を気にかけているのか…


どうして父、翔羽と修介が、自分の子供に対してこんなにも全力で愛情を注いでいるのか…


そんな二人の姿が、どうしてこんなにも重なって見えてしまうのか…




それが、薄々だが分かってしまったような感じになる。




そして、生まれてすぐに母親を失うこととなり…


母親と言うものをまったく知らずに育ってきた香澄にも、不憫だという想いが芽生えてくる。




自分の妹である羽月も、そうだから。




だから、お母さんというものを知りたい、と言ってきた羽月に対し…


自分自身が少しでも母親代わりになれるようにしてみようと、思ってしまった。




それがきっかけとなり、羽月は、兄である自分に今まで以上にべったりと懐いてくるようになったのだ。




でも、香澄には、そんな存在はいない。




それが、不憫に思えてたまらない。




最初に会った時も、妙に香澄を包み込んであげたくてたまらなくなってしまっていた涼羽なのだが…


今、初めてその理由を知ることができたのだと、涼羽は思った。




「りょうおねえたん!」




少し思案にふけっていたところに、香澄が天真爛漫な可愛らしい声で、涼羽に呼びかける。


幼く舌足らずなところが、また庇護欲をくすぐる可愛らしさを発揮している。




「なあに?香澄ちゃん?」




そんな香澄に、満面の笑顔で応える涼羽。


修介の話を聞いてから、自分でも分からないうちに、より香澄のことが可愛らしく思えてしまっている。




幼く小さな手で、まだまだ不慣れな様子でありながらも、懸命にスプーンを動かして…


自分に配膳された、小さな茶碗の中のご飯を少しずつ食べている香澄。




そんな香澄が、とても可愛らしく…


実の父親である修介はもちろんのこと…


それを見ている翔羽も、とても微笑ましいものを見せてもらっている、という笑顔になり…


先程までは、香澄と涼羽の取り合いまで演じていた羽月も、可愛い香澄を見てにこにこ笑顔になり…


涼羽に至っては、もう香澄を包み込んであげたくてたまらない、といった感じになってしまっている。




「りょうおねえたんのごはん、しゅ~っごくおいちいの!」




自分では難しいところは、父である修介に手伝ってもらいながらも…


涼羽の作ってくれた夕食がとても美味しくて…


その小さな口に少しずつ食事を入れながら、非常に美味しそうに食べる香澄。




「ふふ…よかった。香澄ちゃんが美味しい、って言ってくれて」




香澄が自分の作った食事を美味しいと言ってくれたことが本当に嬉しくて…


慈愛と母性に満ち溢れた、とても優しい笑顔が浮かんでくる涼羽。




この不憫な幼い子供が少しでも喜んでくれるなら、いくらでも包み込んであげたい。


この不憫な幼い子供が少しでも幸せを感じてくれるなら、いくらでも優しくしてあげたい。




涼羽は、自分でも知らないうちに…


本当に香澄のことを、まるで自分の子供のように思い始めている。




そして、実の父親である修介があれほどに香澄のことを大事に扱うその想いが…


とても素晴らしく、尊敬に値するものだと、思えたし…


何より、なぜかそれが痛いほどによく分かるようになり始めてきたのだ。




「りょうおねえた~ん♪」




そんなところに、香澄がとことこと涼羽のところへと近寄っていき…


正座の状態で、しずしずと食事をしている涼羽の左隣にちょこんと座って…


その身を預けるかのように、べったりとくっついてきたのだ。




「こら、香澄。まだご飯の途中だろ?」




言葉では娘をたしなめるようにしながらも…


口調そのものは非常に優しく…


顔に至っては、デレデレとしただらしない笑顔になってしまっている修介。




「どうしたの?香澄ちゃん。まだご飯の途中でしょ?」




涼羽の方も、優しい口調で少したしなめるような言葉を紡ぐ。


もちろん、たしなめるようなのは言葉だけで…


優しい口調に優しい笑顔を香澄に向けてしまっており…


自分にべったりと甘えてくる香澄が可愛くてたまらないのだが。




「りょうおねえたん、あ~んちて?」


「え?」


「りょうおねえたんに、あ~んちてほちいの」




小さな手で自分の茶碗とスプーン、フォークを自分のそばに持ってきたかと思えば…


涼羽に食べさせて欲しいと、本当に甘えん坊な、可愛らしい口調でいう香澄。




幼く可愛らしい、そんな香澄のおねだりに…


涼羽の方が、ついついそうしてあげたいと思ってしまうことになり…




「はいはい…あ~んしてあげるね」




苦笑しながらも、可愛い香澄のおねだりを、聞いてあげることとなってしまうのだ。




「えへへ~♪あいがと~、りょうおねえたん」




舌足らずな口調で、きちんとお礼を言う香澄。


そんな香澄が本当に可愛くて、その頭をついつい撫でてしまう涼羽。




「じゃあ、香澄ちゃん…はい、あ~ん」




まるで、親鳥が雛鳥に餌を与えるかのように…


自分の箸で少しつまんだご飯を、そのまま丁寧に香澄の口元まで持っていく。




「あ~ん…ぱくっ」




そして、涼羽が口元まで持ってきてくれたご飯を、その小さな口を目一杯開けて、ぱくりとその中に入れ込む香澄。


その口の中で、入れてもらったご飯を一生懸命咀嚼する様子が、また可愛らしく…


そばで見ている涼羽の顔には、常ににこにこ笑顔が浮かんできている。




「ふふ…美味しい?」


「うん!おいちい!」




純真無垢で素直で、天使のような可愛らしさの香澄に、涼羽は心を打たれっぱなしの状態。


その童顔な美少女顔から、女神のような慈愛と母性に満ち溢れた笑顔が絶えない。




「(うわ~…涼羽君、本当に可愛らしい…あんな可愛らしい笑顔で、香澄を見てくれてるなんて…)」


「(ああ~…俺の息子はなんて可愛いんだ…もういつでもぎゅうってしてあげたい…)」




そんな涼羽を見て、修介は自分の娘である香澄をあんな風に優しく包み込んでくれていることが本当に嬉しくて…


翔羽は、実の息子の可愛らしさにひたすら、心を打たれっぱなしの状態となっている。




「じゃあ、次はこれね」




次に、香澄のスプーンを拝借し、クリームシチューを少し掬う。


それを、ふーふーと適度に冷まして、香澄が口に入れやすいようにし…


そしてまた、先程と同じように香澄の口元へと、そのスプーンを持っていく。




「はい、あ~ん」




涼羽自身、香澄にこうしてあげることに本当に幸せを感じているようで…


その笑顔には、そんな幸福感まで表れてきている。




「あ~ん…」




香澄の方も、そんな涼羽の笑顔が嬉しくて、にこにこ笑顔を絶やすことがない。


そんな笑顔のまま、涼羽が差し出したスプーンを口に含み、シチューを口の中へと入れていく。




「むぐ…んぐ……おいちい!!」




涼羽が作ってくれたシチューが美味しくて、可愛らしい喜びの声をあげてしまう香澄。


涼羽が適度な温度に冷ましてくれたのもあって、すんなりと口に入り、すんなりと喉を通すことができたようだ。




「よかった。香澄ちゃんが美味しいって言ってくれて」




そんな香澄の反応に、涼羽もにこにこ笑顔を絶やすことなく、甲斐甲斐しく香澄の世話を続けていく。


空いている左手で、優しく香澄の頭を撫でるのも忘れない。




「りょうおねえたん、らあ~いちゅき!!」




幸せそうな笑顔で、甲斐甲斐しく自分の面倒を見てくれて…


慈愛に満ち溢れた笑顔で、自分のことを優しく包み込んでくれて…


可愛らしい笑顔で、自分のことを目一杯可愛がってくれて…




生まれた時すでに、父親である修介との二人きりだった香澄にとって…


まるで、今はもういないはずの母親と触れ合っているかのような…


そんな、本当に心温まるやりとりをしてくれる涼羽。




そんな涼羽のことが大好きで大好きでたまらない香澄。




その幼く小さな身体をべったりと涼羽の身体にくっつけ…


その小さな身体に反して、ものすごい勢いで膨れ上がっていく大好きをそのままぶつけるかのように…


幼い両腕で、まるで母親に抱っこをせがむかのように涼羽に抱きついてしまう香澄。




「ふふ、ありがとう」




そんな香澄が可愛くて可愛くてたまらないのか…


涼羽も、香澄の小さな身体をそっと抱きしめて…


よしよしと、小さな頭を優しく撫でてあげる。




「……香織……」




そんな二人のやりとりを見て、修介の口から、ぽろりと…


今は亡き妻、香織の名がもれ出てしまう。




こんな頼りない自分を、いつもいつも支えてくれていた、最愛の女性。


こんな自分に、いつもいつも幸せを与えてくれていた、最愛の女性。




その女性と共に夢見ていた、自分達の子供との、家族が一つとなっての、幸せな生活。


裕福でなくても、贅沢などできなくても…


ただ、最愛の女性と、その女性との間に生まれた子供と…


共に笑いあって生きていくことができたなら…




だが、それも今となっては叶わぬ夢。




自分のお腹に、最愛の男性との愛の結晶が芽生えたことを知った時の香織の喜び。


それは、本当に嬉しそうで、本当に幸せそうだと、確信を持っていえるほどのものだった。




夫である修介も、その妻、香織につられて、本当に幸せな気持ちになってしまうほど。




だが、生来から身体の弱かった香織にとって、その妊娠は文字通り…


自らの命を削るものと、なってしまった。




皮肉にも、お腹の子供がすくすくと育てば育つほど…


その母体である香織は、じょじょに、だが確実に体調を崩していった。




そして、そこに医師から告げられた残酷な宣告。




しかし、その宣告を聞いても、かけらたりとも自身の命を優先することのなかった香織。


それどころか、躊躇いも無く、自身の命よりわが子の命を選んだ香織。




それでも、自らが心の底から待ち望んでいた、最愛の男性との愛の結晶。


その愛の結晶と触れ合うどころか、会いまみえることもなくこの世を去ることとなってしまった香織の悲しみとやりきれなさ。




顔にも、言葉にも修介の前でそれを見せることはなかったとはいえ…


自らの命と引き換えに、と思えるほど大切だったわが子と引き離されるその運命。




香織が、その心の内ではどれほどの想いだったのか…


どれほど、その身を引き裂かれてしまうような想いだったのか…


これから生まれてくる子供に、母親として、目一杯の愛情を注いであげたかったに違いない。




それを思うと、本当にやりきれない。


最愛の妻に対し、何もしてあげられない自分自身の無力さ。


それを思うと、自分自身への怒りしか湧いてこない。




そんな爛れるような想いを遺して、この世を去ってしまった最愛の妻。




そんな香織の未練、悲しみ…




涼羽と香澄の触れ合いは、そんな妻、香織の想いを癒してくれるかのような…


そんな妻、香織がまるで涼羽に乗り移ったかのような…




本当に、そんな気がしてしまう。




香澄が、どれほどに懐いて、どれほどに大好きになっているのか。


あの幼くも幸せそうな笑顔を見れば、嫌と言うほどに分かってしまう。




そんな香澄を、目一杯の慈愛と母性、そして包容力で包み込んで…


本当に慈しむかのように大切に触れ合ってくれる涼羽。




「えへへ~♪」


「ふふふ」




今こうして、二人が幸せそうに笑いあっているその姿。


それを見ているだけで、どれほど香織の心が癒されていくだろう。




今はもう、この世にいない香織の想いを、どれほどに癒してくれているのだろう。




「ほら…香澄ちゃん。ご飯食べようね」


「は~い」


「うん、いい子いい子」


「えへへ~♪」


「じゃあ、はい…あ~ん」


「あ~ん…ぱくっ」


「どお?」


「むぐ…んぐ…うん!おいちい!」


「そう、よかった。まだまだあるから、い~っぱい食べてね」


「うん!」




もうすっかり仲良しな…


まるで、母と娘のような雰囲気に満ち溢れている、涼羽と香澄のやりとり。




涼羽にべったりと甘えながら、涼羽お手製の美味しいご飯を食べさせてもらえて…


その喜びと幸福感を、その幼く小さな全身で目一杯表現している香澄。




涼羽の方も、妹、羽月と同じ境遇である香澄を不憫に思いながらも…


自分にこうしてうんと懐いて、目一杯甘えてくれるその姿が本当に可愛らしくて…


まるで、自分に大して母親として甘えてくる羽月と同じように優しく包み込んで…


少しでも、この幼子の母親代わりになれれば、と…


目一杯の愛情を持って触れ合う涼羽。




「………………」


「!…佐々木…」




そんな二人をじっと見つめている修介の表情…


それをふと目にした翔羽が、一瞬ぎょっとしたかのように驚きを見せてしまう。




「?部長?…どうか、しましたか?」




当の修介が、そんな翔羽の反応に気づいて、何かあったのかと声をかける。


その様子から、自身では全く気づいていないようだ。








――――自分が、涙を流しているなんて――――








そんな様子を見ているだけでも分かる。




修介が、どれほど今のこの光景を喜んでいるのかを。


修介が、どれほど今は亡き妻である香織の心が癒されているのか…


それを、どれほどに感じているのか。




そもそも、涼羽を自分のところに迎えたい、などと言い出したのも…


元はといえば、香澄の母親として、だったのだ。




つまりは、全てが娘のため。




最愛の妻である香織の生まれ変わりと言っても過言ではない、最愛の娘、香澄。


その香澄に、お母さんというものを与えてあげたい。


その香澄に、お母さんというものに触れて欲しい。




もちろん、自分自身の人生のパートナーとして迎えたい、という想いもあったことは確か。


だが、それは二の次のこと。




修介にとって一番重要なのは、香織の代わりに、香澄に母親として触れ合ってくれること。


それさえ叶えば、自分のことは別にどうなろうと構わない。




ただそれだけの想いで、自分と同じ性を持つ男子高校生である涼羽にプロポーズをし…


香澄の母親として、自分の家に迎えようとしたのだ。




一歩間違えれば、犯罪者としての…


はたまた、変態としてのレッテルを貼られてしまうほどのことであるにもかかわらず…


ただただ、娘である香澄のために、それを躊躇いも無く実行してしまった父親である修介。




その修介の、最も願い、待ち望んでいた光景が、今、修介の目の前にある。




それが、嬉しくてたまらない。




娘である香澄の、あんなにも無邪気で、幸せそうな笑顔。


娘をそんな笑顔にさせてくれて、さらには自身もそれを心底嬉しそうにしてくれる涼羽。




それが、嬉しすぎてたまらない。




その喜びが、修介に、自身でも気づかない涙を、流させてしまう。




「…佐々木」


「?はい?」


「香澄ちゃん、本当に幸せそうで…嬉しそうだな」


「!はい…」


「よかったな」


「はい…部長、本当にありがとうございます」


「え?」


「部長が今日ここにお招きしてくださったから、香澄があんなにも幸せそうな顔を見せてくれた…そう思ってます」


「…それは、ウチの自慢の息子に言ってあげてくれ。実際にそうさせているのは、あの子だからな」


「…はい…でも、それでも…部長、ありがとうございます」


「ん…いや…」




自分でも気づかない、歓喜の涙を流したまま…


翔羽に対して心の底からの感謝の意を、言葉にする修介。




そんな部下に対して、少し照れくささが勝ってしまうのか…


翔羽らしくない、どこか濁したかのような反応をしてしまう。




「…部長」


「ん?なんだ?」


「…また、ここに…香澄を、連れてきても、よろしいですか?」


「…ああ、いいぞ」


「!…ありがとう…ございます…」




同じような境遇の父親同士の語らい。


どちらも、子煩悩すぎると言えるほどに、子供第一な性質。




それゆえに、修介から、また香澄をここに、という懇願が飛び出し…


翔羽も、それを二つ返事で了承する。




お互いが、お互いの子供のことを思えばこそのやりとり。




会社の上司と部下という関係よりも…


同じ、最愛の妻を早くに亡くしてしまった、不憫な子供達の父親としての奇妙な連帯感。




それが強いがゆえに、こんな強い結びつきが、できてしまうのかも知れない。

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