第84話 いや~、ホントに可愛いね~、あんた…

「あ、お~い、涼羽ちゃん」


ちょうど、意を決して更衣室に入り…

無理、無理…

嫌だ、嫌だ…

という、激しい抵抗感からなる思いと必死に戦い…

どうにかして、目の前の作業着として渡された、女性ものの衣類に着替えようと…

今来ている制服に手をかけた、まさにその時。


男子が入っている、ということを全く感じさせないほどに自然に…

珠江が何気なしに、今涼羽が入っている更衣室に、追いかけるように入ってきたのだ。


「!ちょ、ちょっと…市川さん…」

「ん?なんだい?」

「今、僕これから着替えようとしてるんですけど…」

「え?ああ、まあいいじゃないか。別に」


これから着替えようとしているところに、異性に普通に乱入されたら、着替えられるものも着替えられなくなってしまう。

そういったことを訴えようとする、涼羽の抗議のような口調と声。


しかし、そんな涼羽の声に対しても、いけないことなど何もない、と言わんばかりにしれっとしている珠江。


まさかと思い、涼羽は再びこの言葉を声としてその可憐な唇から響かせる。


「…僕、男だって、言いましたよね?…」


少しながら非難めいた色を乗せたまなざしを珠江に向け、確認するように言葉を投げる涼羽。

そんな涼羽の言葉に、珠江の視線が少し泳いでしまう。


「…………………あ~……………」


どうやら、完全に忘れていたようだ。

ここまでのやりとりや動作が、どう見ても涼羽を男だと認識していないものだったからだ。


しかし、珠江としては、ここまで美少女と言えるほどに可愛らしい容姿をした子が…

まさか、高校三年生の男の子だなんて、と言う思いなのだ。


胸は確かにないけど、全体的なボディラインが本当に女の子みたいで…

しかも、首から上は完全に童顔な美少女と言えるもので…

しかも、声変わりしているはずなのに、まるでそれがなかったかのようなソプラノな声で…

そのうえ、艶のいい、背中から腰の上辺りまで覆い隠すような、真っ直ぐに伸びた黒髪で…


こんなの、誰が見たって女の子だとしか思わない。


珠江の意見としては、まさにこれだった。


「し、仕方ないじゃないか。あんたがこんなにも可愛すぎるからいけないんじゃないの」

「!そ、それは…」

「本当にこうしてやりとりしてると、全然男の子と話してる感じが全くしないからさ」

「!そ、そんな…」

「あたしとしては、自分の娘よりずっと可愛い男の子なんて…正直複雑な気持ちだからさ」

「!う、うう…」


そのさっぱりとした性格が示す通り、基本的に回りくどい言い方を好まない珠江。

その珠江からの、真っ直ぐな容赦ない直球をポンポンと投げられて…

今度は逆に、涼羽の方が萎縮してしまう。


「おっと、そんなことはともかくとして、だね…」

「そんな軽く流さないで欲しいです…」

「まあいいじゃないか。あたしとしてはあんたなら、一緒に着替えても大丈夫って思ってるくらいなんだから」

「そこは駄目だって、思って欲しいです…」


正直、女性に一緒に着替えても問題ない、などと言われると、余計にショックが大きくなってしまう涼羽。

自分の男としてのアイデンティティをことごとく破壊されているようで…

若干、涙目になっている状態だ。


「ま、まあそれはともかく…ほら、これも一緒に着ておくれよ」

「?………!!??」


涙目になりながら抵抗を続ける涼羽の言葉を軽く流し、とりあえず、といった感じで涼羽に追加の衣類を手渡す珠江。

何気なく手渡され、一体なんだろうと視線をそれにむける涼羽。

そして、それをしっかりと視覚で捉えた途端、その顔に驚きの表情が浮かび上がってくる。


「え!?え!?こ、これ…」


その手に渡されたものを見て、分かりやすすぎるほどのうろたえぶりを見せる涼羽。

涼羽の手に渡されたもの…

それは、女性用の下着だった。


一つは、ショルダーストラップの付いている、純白で可愛らしいデザインのブラ。

もう一つは、同じく純白で、シンプルながら可愛らしいデザインのショーツ。


一体なぜ、男である自分がこんなものを渡されて…

そのうえ、それを着て欲しい、などと言われているのか…

どう考えてもありえないであろうその発想に、言葉すらうまく紡ぐことができなくなっている。


「なんだい、見て分からないのかい?ブラジャーと、パンツだよ。女の子の、ね」

「そ、それは分かります!」

「おや、分かってるのかい。なら、どうしたんだい?」

「な、なんで男の僕に、これを渡して…しかも、着て欲しいなんて言うんですか?」


見事なまでに動揺して、あたふたとしている涼羽に対し…

見事なまでに落ち着き払って、まるでそうするのが当然と言わんばかりとしている珠江。


涼羽としては当然の疑問が、言葉として、珠江の方に投げかけられる。


「いや~だってね。せっかくスカートとか履いてもらうんだし…中が男物ってのも、嫌じゃないか?」

「べ、別にいいじゃないですか!?僕、男なんだし!?」

「だめだめ!どうせ女物着てもらうなら、下着の方まできっちりと!」

「そ、そんな…それでも、ブラまで着ける必要なんて…どうせぺったんこなんですから…」

「それもだめだめ!あんた自分がどんだけ可愛い容姿してるか、自覚ないみたいだね」

「え?」

「あんたみたいな可愛い子がノーブラなんて、うちの悪ガキ達に対して悪影響出そうだしね」

「そ、それなら、最初から僕が男だって言ってしまえば…」

「…あんた、その容姿でそれを言って、まともに信じてもらえると、思ってるのかい?」

「!!い、いや、思って…」

「あんたは思ってるかも知れないけど、たぶんウチの園児達は、絶対一目見て、普通にあんたのこと、女の子だって思っちゃうよ」

「!!そ、そんな…」


目の前の新人アルバイトが男だと聞いてはいるものの…

やはりどうしても、自然と女の子として扱ってしまっている珠江。

涼羽の方も、スカートまでは履いたことはあるものの…

さすがに下着まではなかったため、必死に抵抗してしまう。


それまでしてしまったら、本当に男として何かを失ってしまいそうで。


だが、そんな涼羽の抵抗を許さない珠江の言動。

どうせ、ズボン履いてても女の子と思われる容姿なのだから、どうせなら、本格的に女の子として出してしまおう、と。

そんな意図まで、珠江の中には、あるようだ。


それに――――




「(こ~んなに可愛いんだから、せっかくだし…ちゃ~んと服装まで女の子として、出してあげないと、ね)」




――――内心では、涼羽を女の子として着飾らせることに大いに楽しみまで抱いているのだ。


自分の娘が、すでに成人を過ぎて、好き勝手やっていることもあり…

こんな風についつい可愛がりたくなる娘…のような男の子を、ついつい可愛がりたくなってしまうのだ。


可愛すぎて、思わずこんな意地悪までしたくなるくらい、には。


「ほらほら、早く着替えないと、いつまでたっても仕事に入れないじゃないの」

「で、でも…さすがに下着まで、なんて…」

「(あ~、この子ったら、本当に可愛いね~)はいはい、うだうだ言わない!男の子なんだろ?」

「!こ、こんな時だけ男だなんて…」

「なんだったら…あたしが着替えさせてあげてもいいんだよ?」


むしろそうさせて欲しい。

それがそのまま書かれているかのような表情を浮かべて、珠江は涼羽に言う。


こんな可愛い子のお着替えをさせてもらえるなんて。

どうせなら、もうこのまま無理やり着替えさせちゃおうか。


涼羽が知れば、がくがくぶるぶると震えながら逃げ出してしまいそうなことをその表情の下に隠している珠江。

もうその手がわきわきと、涼羽に向かって伸ばされている状態。


さすがに、この一言、そして、こんな動作を見せられては…

必死に抵抗していた涼羽もどうすることもできなくなってしまい…


「!!わ、分かりました!自分で着替えますから!」


結局、下着まで女性ものに着替えることに、肯定の意を表してしまうことと、なってしまった。


「ふふ、そうかいそうかい。なら、あたしはこの更衣室の外で待ってるから」

「は、はい」

「着替えたら、あたしに一声かけるんだよ?いいね?」

「は、はい」


ようやくといった感じで涼羽が自らの衣類を全て女性ものにすることを決意。

それを見て、珠江の顔にしてやったり、の笑顔を浮かぶ。


これだけの抵抗を見せてきたのだから、さすがにこのままここで着替えを見届けるのは無理だと思い…

一度、踵を返して、更衣室のドアの方に向かう。


そして、ドアを開けると、更衣室から出て…

そのドアを閉める。


「うう…」


一人更衣室に取り残された涼羽。

自分の手に渡された、手触りのいい衣類。


それは、決して自分のような男子が着るべきものではない…

そのはずのもの。


しかし、半ば状況的にどうしようもなかったとはいえ、自分の口でこれらを着ると言ってしまった。

ならば、着るしかない。


「…お父さんや羽月に、こんなこと知られたら…」


自分のことを溺愛している父や妹に、自分が女性ものの下着、そして衣類に身を包んでいることを知られたら、などと思うと…

もうそれだけで、考えたくもないようなことが起きてしまいそうで…

それと同時に、あまりにも恥ずかしくて恥ずかしくて…


誰の目をも惹きつけるであろう、その童顔な美少女顔が、まるで熟れた林檎のように真っ赤に染まってしまう。


これから、自分は男子なのに、女性ものの下着や衣類に、この身を包む。


自身の中からマグマのように激しく噴きあがってくる羞恥と戦いながら…

今来ている制服、そして、インナーとして着ているタンクトップ、トランクスを全て脱いでしまう。


男でありながら、非常に女性的といえる、その造詣美に満ち溢れたスタイルの裸体が晒される。


「は、恥ずかしいよ…」


恥じらいに頬を真っ赤に染めながらも、まず手に取ったのが、珠江より手渡された純白のショーツ。


普段からトランクス派の涼羽にとって、こんなぴっちりと締め付けてくるような下着は好みではない。

でも、今はこれを履かなくてはならない。


おそるおそると、ショーツを開いて両足を通し…

そのまま、ゆっくりと引き上げていく。


そして、自らのお尻周りとぴっちりと、すべすべとした肌触りの下着が包み込む。


自分にとっては違和感だらけのその感覚。

それが、より涼羽の羞恥を加速させていく。


「うわ…なんかもう、これだけで、おかしくなっちゃいそう…」


しかし、女性らしい丸みを帯びたヒップラインをしていることもあり…

女性用のショーツが、見事なまでに違和感なく履かれている。


男としてのシンボルが、その形を自己主張している以外は、本当に女性の下半身にしか見えなくなってしまっている。


「~~~も、もう早く着替えちゃおう…」


自分が自分でなくなってしまいそうな、いいようのない恐れを覚えながらも…

次は、ショーツと同じ、すべすべとした手触りのブラを、手に取る。


「これって、こうすればいいのかな?」


当然のことながら、ブラなど身に着けたことはない涼羽。


しかし、形状から、どうつければいいのかはある程度は想像できる。

普段から妹である羽月の下着を洗濯したりすることもあり、おおよそは取り扱いが分かる。


背中に位置する部分にあるホックを一度、丁寧に外すと…

そうして左右に開かれた状態で、自分の両腕をストラップが描く円の中に通していく。


そして、自分の胸を覆うようにしっかりと着けると…

背中にあるホックを留めていく。


実際に着るのは初めてであるにも関わらず、意外にあっさりと着用することができた。


「…う、うわ~…」


ぺったんこな、男の胸。

そんな自分の胸を、すべすべな感触が包んでいる。


普段から緩いサイズのタンクトップをインナーとしていることもあり…

このような、どこか締め付けられる感覚には、抵抗感すら覚えてしまう涼羽。


ましてや、男である自分が、女性の下着を身に着けているという事実。

それが、涼羽の男としてのアイデンティティを壊してしまいそうな感覚さえ、芽生えてくる。


ちなみに、このブラ、アンダーは女性でも細いサイズなのだが、当の涼羽は特に無理なく着用することができている。

普通の男子の体格になど、合うはずもないサイズであるにも関わらず。


その上、カップの中の部分はスカスカであるものの…

ブラが着けられているその胸は、まるで違和感がなく…

非常に自然に、着られている。


やはり、女性としてのふくらみがないだけで、本当に女性的な細さと造詣の胸である、と言える。


「あああ……何か…ホントにいけないことしてるみたいで…それに…すごく恥ずかしいよ…」


男である自分が、仕事のためとはいえ、女性の下着を身に着ける、という現実。

自身が男である、という意識が強いがゆえの、背徳感。


男である自分が、これを着ちゃいけないのに。

男である自分が、こんなの着てるなんて、恥ずかしい。


そんな、強烈な背徳感と、猛烈な羞恥心が、涼羽の中を駆け巡る。


もう今すぐにでも脱ぎたい。

もう今すぐにでも、いつも着ている男ものの下着に着替えたい。


女性の下着を身に着ける、という行為に、激しい抵抗感を隠せない涼羽。

しかし、それでもそんな自分に、仕事のため、と言い聞かせ…

今度は、作業着として渡された、女性ものの衣類に、手を伸ばしていく。


そして、最初にスカートを手に取り…

ウエストの部分にあるホックを開き、ジッパーを下ろすと…

その輪となる部分に脚を通し…

以前にもそうしたように、女性のウエストと呼ばれる位置で、しっかりとジッパーを上げ、ホックを留める。


上半身がブラだけ、ということもあり…

もうこの時点で、誰が見ても本物の女の子にしか見えない状態となっている。


そして、次にハイネックのセーターを、襟首の部分から自分の頭を通し…

そのまま自身の上半身を包み込むように着る。


そして、その襟首から、長く伸びた髪をさらりと引っ張り出す。


最後に、そのフリルのついた、女性向けのデザインのエプロンを手に取り…

自らの身体の前面を覆うように、着ていく。


「うう……」


その可愛らしい童顔な美少女顔に対し…

服装が落ち着いた感じのもの。


どちらかと言えば、妙齢の女性に似合いそうなファッションであるため…

涼羽の容姿だと、どこかちぐはぐした感じが否めない。


しかし、それがいい感じのギャップを生み出しており…

フリル付きのエプロンと合わさって、より涼羽の持つ可愛らしさを強調するようになっている。


以前、女子学生の制服に身を包んだ時も、非常に羞恥を感じて、その顔を真っ赤に染めていた涼羽。


今日この日、またしても女性ものの衣類にその身を包むこととなってしまい、ひたすらに膨れ上がる羞恥にその身も心も焦がされている。

しかも、今回は、下着まで完全に女性もの、という状態。


それを嫌でも感じさせる、その下着の感触。

それが、より涼羽の羞恥を膨れ上がらせてしまう。


「な…なんだか…恥ずかしさで…ドキドキが止まらないよお…」


オーバーヒート中のエンジンのような、激しすぎるほどの鼓動。

自らの肢体を締め付ける、本来ならば自身が身に付けることのないものの感覚。


まるで、自分が本当に女の子になってしまいそうな…

そんな、危うい感覚さえ芽生えてきてしまう。


それでも、これ以上時間を無駄にするわけにはいかない。

これ以上、仕事するための時間を減らすわけにはいかない。


その思いから、激しすぎるほどの鼓動に打ち震える身体をどうにか動かして…

更衣室の外で待っている珠江に、声をかける。


「…き、着替え…終わりました…」


羞恥に満ち溢れた、儚げな声が、更衣室に響く。

本当に、外に聞こえているのかどうかも怪しいような、か細い声。


「おお!終わったんだね!涼羽ちゃん!」


にも関わらず、その声が終わるのとほぼ同時に、珠江が更衣室の外から、飛び込むように入り込んでくる。

時間にして、わずか数分ほどだったのだが…

一日千秋といった感じで待ちわびていたかのような、そんな表情を顔に貼り付けていた。


「!うんうん…こりゃあ、いいね~」

「うう…」


そして、実際に着替え終わった涼羽の姿…

おとなしい感じの服装に、可愛らしさに満ち溢れたデザインのエプロン。

それらに身を包んだ、どこからどう見てもハイレベルな美少女にしか見えないその姿。


そして、自分のそんな姿を見られて、ひたすら恥らうその仕草。


期待していた以上の美少女っぷりに、珠江の顔もだらしなく緩んでしまう。


「せっかくだから、こんなのも取っちゃいな。ほれ」


そして、涼羽の長い髪を束ねている、無骨でシンプルなデザインのヘアゴム。

涼羽の顔の横からそっと首の後ろに手を差し込み、そのヘアゴムを取り去る。


ヘアゴムに抑えられていた髪がふわりと舞い上がり…

綺麗に霧散して…

そのまま、重力に従って、さらりと真っ直ぐに垂れ下がっていく。


「いいね~。まるでお人形さんみたいな可愛らしさだね」

「あ、あの…」

「?なんだい?」

「あ、あんまり…見ないでください…」

「?なんでだい?」

「は、恥ずかしいです…」


今の自分をじろじろと無遠慮に見つめられていること…

それが、あまりにも恥ずかしいのか、珠江から視線を逸らすように、その顔をふいと逸らしてしまう。


その身を包む女性用の衣類…

その下で、自分の身を締め付ける、女性用の下着…

まるで、服の上からなのに、その中の下着まで見られているような…

そんな感覚に陥ってしまう涼羽。


その感覚が、涼羽の羞恥心を際限なく刺激してしまい…

ひたすらに、その顔を真っ赤に染めてしまう。


まさに、華をも恥らう少女のような涼羽の姿に…

思わず、珠江の手が、涼羽の顔に伸びてしまう。


「!ふえっ!?」

「いや~、あんた本当に可愛いね~。男にしとくのもったいないくらいだよ」


そして、その顔を挟み込むように両手を添えると…

そのまま、涼羽の顔を自分の方へと向けてしまう。


「!!や、やめてください…」

「こんなにも可愛い顔を見せてくれないなんて、意地悪だね~、あんた」

「み、見ないで…」

「そんなこと言わずに、あたしにちゃんと見せておくれよ」


もうどこからどう見ても、完全無欠の美少女にしか見えない涼羽。

その涼羽をしっかりと見たくて、嫌がる涼羽の顔を無理やり自分の方へと向けてしまう珠江。


結局、クラスメイトの女子達が言ってたような、美少女保母さんとしてお披露目をされることとなってしまった涼羽。


この後、一体どんなことが待ち構えているのやら…

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