第26話 せっかくいいところだったのに…
「え~。そうなんですか」
「そうなの。もうあの時の涼羽ちゃんったら…」
「わ~、見たかったな~。その時のお兄ちゃん」
風呂場から脱衣場へと移動し、湯に濡れた身体を拭きながらの談笑。
女として綺麗になる、という共通の目標によって仲が良くなった二人。
パッと見では小学生としか見えないほどの小柄な少女は、この家の長女である高宮 羽月。
平均よりも少し小柄ではあるものの、ほぼ一般的な身長の少女は、この家の長男である涼羽のクラスメイト、柊 美鈴。
道を歩いていれば十人が十人共目を惹かれるであろう美少女達の談笑。
それも、お互いが濡れた身体の水気をふき取りながら、の。
この家で、お互いが初めて顔を合わせることとなった二人。
そんな二人のやりとりが、まるで仲のよい姉妹のような雰囲気に満ちている。
「美鈴さんは、どんなお兄ちゃんが好きなんですか?」
「そうね~…もうどんな涼羽ちゃんも可愛いけど、やっぱり恥ずかしがってる涼羽ちゃんが一番可愛くて好きかな?」
「えへへ、わたしも恥ずかしがってるお兄ちゃんが一番好きです」
「でしょ?」
「ですよね?」
「だって、あんなに可愛かったら、もう思わず意地悪したくなっちゃうんだもん」
「そしたら、もっと恥ずかしがって、もっと可愛くなっちゃうから、やめられなくなっちゃいますよね」
羽月も、美鈴への呼び方が変わっていることから、美鈴に対しての壁がかなりなくなっていることが伺える。
そんな二人が話しているのは、お互いが今最も想いを寄せている人物である、涼羽のことについて。
羽月は、涼羽の実の妹ではあるものの、その優しさ、可愛らしさを筆頭に、その全てが好きで好きでたまらないという状態。
美鈴も、ちょっとしたきっかけから、涼羽と関わるようになり、そして、この家での涼羽を見て、その魅力にやられてしまった状態。
学校での一匹狼な涼羽を除き、どんな涼羽も可愛らしいと豪語できる二人の一番好きな涼羽は、『恥ずかしがっている状態の涼羽』ということらしい。
羽月は、自分が涼羽の胸に吸い付いている時が、一番それを見ることができる。
薄い桜に色づいた、その胸の飾り。
それに吸い付き、極上の料理を味わうかのようにそれを味わう。
その時の、びくびくと震え…
身を捩じらせていやいやをしてしまい…
しかし、それでも妹である自分のためにじっと耐え…
そんな姿を妹に見られることによる羞恥に頬を染めるその姿。
その姿を見るのが何よりも好きで…
それでいて純粋にその胸の飾りを味わいたくて…
そうすることで、兄の『母としての愛情』を目いっぱい感じたくて…
今の羽月にとっては、この世で最も幸せな時間であると断言できるその時間。
今、それを思うだけですぐにでも兄のそばに行きたい。
そして、兄を押し倒して…
押し倒した兄の中にある『母としての愛情』を、思う存分感じたい。
今の羽月は、そんな想いが、その可愛らしい顔にも浮かんできている状態だ。
美鈴は、この家での涼羽とのやりとり。
そのやり取りの中で見ることのできた、あの恥らう姿。
異性としての怖さや、下心。
確かに異性でありながら、それを全く感じさせない涼羽。
そんな涼羽に、自ら抱きついて、同性と同じ感覚でのスキンシップをしてみた時のこと。
それを思い出すだけで、またあの状態の涼羽を見たくなってしまう。
あの反則的なほどの可愛らしさ。
それを、またこの目で見たい。
そうして、そんな涼羽を見つめながら、もっともっと恥ずかしがらせたい。
そんな想いが、美鈴の心の中を占めている。
今となっては、好きで好きで…
自分だけのものにしたくてたまらない、クラスメイトの涼羽。
その涼羽の妹であり、同じ想いを抱いている羽月。
その羽月と、涼羽のことを共通の話題とし…
涼羽のためにいかにして綺麗になるか、を共通の目標としている。
「あ~。早くお兄ちゃんにぎゅうってしたいな~」
「同感。早くあの涼羽ちゃんの抱き心地のよさを感じたい~」
もう、二人の涼羽に対しての想いがこれでもか、といわんばかりに膨れ上がっている。
ゆえに、涼羽を感じたい、という想いもとめどなく溢れてくる。
その願いを、早く実行に移したい。
その願いを、早く現実のものにしたい。
そんな、一日千秋を待つかのような想いで、二人はドライヤーを手に取り、まだ水気のある髪を乾かす動作に入る。
一秒でも早く涼羽に触れたい。
でも、ちゃんと綺麗になった自分になってから、そばに行きたい。
そんな想いが、彼女達にしっかりとした身支度をさせる。
溢れ返るほどの涼羽を求める想いを、そんな想いで無理やりにでも押し止め…
水気の取れた身体を、就寝用の衣類に包み…
水気の残る髪をしっかりと乾かし、整え…
そこまで終わらせると、二人揃って涼羽のいる部屋へと、その足を動かし始める。
――――
「うん!ここもちゃんと動くようになった!」
自身の妹とクラスメイトがそんな状態になっていることなど、露ほども知らないまま…
ひたすら、自室で趣味であるプログラミングに没頭し続ける涼羽。
先程、エラーとなった部分の動きも、しっかりと正常動作できるようにしたようだ。
エラーそのものは、ちょっとしたコーディングミスによるもの。
なので、大した問題ではない、といえばそうなるであろう。
しかし、周囲にそれを教えてくれる人間がいない状況で、自分の目だけでそれを見つけ出し、しっかりと修正することができている。
それも、この短時間で。
やはり、もともとの問題解決能力は、高い水準で有しているのかも知れない。
普段の学校での無機質、無表情さ…
この家での、控えめで大人しげな儚い雰囲気…
そのどちらでもない、純粋に目の前の趣味を楽しむ、好奇心に満ち溢れた少年のような笑顔。
そして、明るく屈託のない、嬉しさを目いっぱい表す感情表現。
普段の涼羽を知っている人間からすれば、目を疑うであろうその姿。
そんな貴重な姿を惜しげもなく晒しているあたり、よほどこの趣味は、涼羽にとって面白く、楽しいものなのかも知れない。
そして、それゆえに気づかなかったのだろう。
――――背後から、飢えた獣のような雰囲気に満ちた二人の美少女が、迫ってきているのに――――
「お兄ちゃん!」
「!?ひゃっ!?」
鈴の鳴るような可愛らしい声。
その声と同時に、自分の身体に何かが抱きついてくる感触。
目の前の作業に没頭していた意識が、背後からの感触に向けられる。
その意識と同時に身体も、声のした方向に向けると、その感触もそのまま正面から抱きつくようになる。
「は、羽月?」
いつものことといえば、いつものことなのだが…
その感触の正体は、やはり妹、羽月のものだった。
「えへへ~♪お兄ちゃん♪」
兄が大好きで大好きでたまらない。
そんな想いを全身で表現するかのように、目いっぱいぎゅうと抱きつき…
兄の華奢な胸に顔を埋めて、頬ずりまで始める有様。
そんな妹とは別に、自身の左側にべったりと何かが抱きついてくる感触。
「!?」
即座にその感触の方に視線を向けると、自身のクラスメイトである美鈴が、べったりと抱きついてきていた。
「み、美鈴ちゃん?」
「えへへ♪涼羽ちゃん♪」
羽月は、可愛らしいピンクのパジャマに。
美鈴は、おそらく部屋着としても活用しているであろう、淡いレッドのジャージに。
それぞれ身を包み、風呂上がりの艶やかな肌を惜しげもなく涼羽にべったりとくっつけている。
「お兄ちゃん♪」
「涼羽ちゃん♪」
心底幸せそうに、涼羽に抱きついている二人。
涼羽の華奢な身体の抱き心地を、文字通り全身で感じているようだ。
「ちょ、二人とも…」
せっかく楽しい作業に没頭している最中だったのに…
そんな苦々しい想いを顔に出すことはせず、しかしそれでいて困った顔。
そんな顔で、いかにも困った、という感じの声を出してしまう。
「お兄ちゃん、わたしのこと、ぎゅうってして♪なでなでして♪」
そんな状態の涼羽に、これまたいつも通りの甘えん坊の要求が。
涼羽に甘えたくてたまらない様子の羽月が、上目使いで覗き込むように兄の顔を見つめる。
「涼羽ちゃん♪私のこともぎゅうってして♪」
さらに、クラスメイトである美鈴も、妙に甘えた声で涼羽の顔を覗き込むように見つめ、甘える。
その両腕を涼羽の身体に巻きつけ、いかにも、離さない、といった感じでべったりとしている。
「ふ、二人とも…」
「お願い♪お兄ちゃん♪」
「お願い♪涼羽ちゃん♪」
とにかくいったん離れてくれ、と言おうとした矢先に、二人の攻撃が。
まさに、小さな娘が母におねだりをするかのような表情。
心底甘えたくてたまらない、という想いをむき出しにした、甘えた仕草。
こうなってしまっては、涼羽に抗う術などなく…
「わ、わかったから…」
結局、なし崩しに甘えさせてしまうことになるのである。
「えへへ~♪お兄ちゃん、だあい好き♪」
「はいはい…」
「涼羽ちゃん、私も早く早く♪」
「わかってるから…」
こうなったら、両方いっぺんにやっちゃおう。
そう思い、妹である羽月のその小さな身体を優しくそっと抱きしめ…
左腕を美鈴の身体にまわして、そっと抱きしめつつ、羽月の頭を撫で始める。
兄の優しい抱擁…
そして、優しいなでなでに、羽月の顔がふにゃりと崩れる。
「は~…お兄ちゃん…」
蕩けるような兄の甘く優しい甘やかしに、非常にご満悦の羽月。
その顔は、その幸せに蕩けるかのような笑顔に満ちている。
もう絶対に離さない、といわんばかりに、兄の身体を抱きしめ、ひらすらにその幸せを噛み締めている。
そして、同じように優しく抱きしめられている美鈴も…
「涼羽ちゃん…だあい好き…」
自分のことをぎゅうっと、それでいて優しく抱きしめてもらい…
その幸せに、まさに蕩けんばかりのふにゃりとした笑顔が浮かんでいる。
そして、涼羽の細い首にその腕を巻きつけ、涼羽のすべすべで柔らかな左頬に頬ずりまでし始める。
「は~…全く…」
せっかくいい感じで進めることができてたのに。
せっかく楽しく没頭することができてたのに。
せっかく一人で思う存分進められると思ってたのに。
そんな思いが込められた、重い溜息がこぼれる涼羽。
しかし、その顔は、それに反して優しげで、慈愛に満ちた笑顔が浮かんでいる。
こんなことで、こんなにも幸せそうな顔をしてくれる二人。
そんな二人が、妙に可愛く見えてしまう。
羽月はいつものことなのだが、同級生で同い年である美鈴に対しても、ついつい甘えさせたくなってしまう。
そんな『お母さんモード』へのスイッチが入っている涼羽。
目いっぱい自分を求めて…
目いっぱい自分に甘えてくる二人。
そんな二人を、しばらく甘やかすことにする涼羽。
そんな三人の甘やかな雰囲気が、涼羽の自室を包み込んでいた。
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