桜の下で

藍田楠

第1話

 花見と称した同窓会はまだまだ続きそうだった。


 時刻は八時を回ったばかりで、宵も序の口といったところ。まだ、辺りにはたくさんの花見客の人たちがいて、夜桜の美しさを楽しんでいた。


 同窓会に集まった人は25人前後。六年二組は全員で30人だから、そのうち連絡がつかなかった人間も多少いたらしいけど、ほぼ全員が出席している事になる。


 どうして花見が同窓会になったかというと、この同窓会を企画した幹事の安直な発想のせい、としか言い様がない。思考過程はこんな感じ。そろそろ同窓会をやろう→場所はどうしよう→そういえば今は四月だ→四月と言ったら花見でしょ→じゃあ桜の下で同窓会でもやるか・・・という訳だ。


 そんな安直過ぎる同窓会ではあったけど、計画は悪くは無かった。長い間会ってなかったせいか、僕達の関係は知らず知らずのうちにぎくしゃくしてしまっていた。けれど、桜の雰囲気と言うものは不思議なもので、桜の美しさと優雅さが何か懐かしい感覚をくれて、自然と同窓会は盛り上がっていった。


 そして、その同窓会から早二時間が経った今でも、みんな帰ろうと言う素振りは見せずに、久しぶりに会った友人達と思い思いの話をしていた。中には酒(未成年の筈なんだけど・・・)が入った影響で、友達の別れ話で滝のように号泣して目も赤くする女子もいれば、桜の木に登ろうとして、素面の奴に慌てて取り押さえられた馬鹿もいる。俺も、付き合いでなれない酒を飲んでしまったせいか、結構意識がぼやけている。


 奇妙なハイテンション。未だに収まる気配の無い祭り。楽しさとお酒のせいか、まだまだ騒ぎたりない。で、はしゃぎ過ぎれば気持ち悪さという最大の邪魔が押し寄せてきてしまうのはしょうがない事なんだけど・・・。ヤバイ・・・。ちょっと出そう。


 「ハママ〜。だいじょぶ〜?」


 遠くで古い友達が懐かしいあだ名を呼んでいる・・・。その声が響いてきてぐらぐらと・・・。あ〜ダメ。無理っぽい。


 「おい、無理すんなよ!ちょっとどっか行って吐いて来い。漏らすなよ。」


 「・・・うぷ(漏)。」


 そう言われて、僕は若干千鳥足のまま手で顔を抑えてながら、濁流を放出しに向かった。


 そして、しばしの空白時間の後・・・。


 復活。たとえ花見の季節と言っても、今は夜8時。人気の無い所は桜が咲いている場所にもあって、俺はその根元で盛大に吐かせて頂いた。掃除する人ごめんなさい。


 それにしても、夜桜は美しいと思う。明かりに照らされながらはらはら散っていく姿は、花火に勝るとも劣らないだろう。


 「・・・来て、良かったな。」


 はらはらと落ちる桜の花びらを見ながら、そうつぶやいた。ここはそれ程好きな場所ではないのだけれど、本当に来てよかった。理屈とか抜きで昔の友人と遊べるなんて、もう無理だと思っていたから。


 それは小学校の卒業式。それ程実感は無かったけど、近所の公立に行く皆と、遠くの私立に行く自分とでは、もう今までのような付き合いを続ける事は出来ないだろうと気づいていた。そう覚悟していた。だから、こういう同窓会は少し憧れていた。


 気分が高ぶったせいか。なんだか、もう少し桜を見ていたかった俺は、ぶらぶらと桜の下を歩いていった。並木道の桜は、まだまだすぼむ気配を見せないでいた。七分咲きと言うんだろうか、かなり絶好の見ごろな桜が風に吹かれながら、花を魅せている。


そうやってぶらぶらと桜を眺めながらなんの気無しに歩いていると、公園の出口の近くで子供が泣いていることに気が付いた。その瞬間、酔いが冷めたような感じがして思わず顔をしかめてしまう。恐らく、酔った親父さん達が忘れてしまいました、ってところだろう。まさか自分が遭遇するとは思わなかった。


 ・・・置いてけぼり少年はめそめそと泣いている。他にあの子に気づいた人はまだいない。ふぅ。まぁ、しょうがないか・・・。


 「なぁ、君一人なの?」


 ナンパめいた言葉を幼稚園児に言うなんて・・・とか思いながら俺は置いてけぼり君に声をかけた。


 にもかかわらず、置いてけぼり君。


 「ヒューーー・・・ヒュー・・・。」


 と息がもれるような声で泣いたままこっちの方を向いてくれない。ほとんど無視に近い。泣きたいのはこっちだよ・・・。


 けれど、ここで諦めてしまっては後味が悪い。さらに語調を柔らかくして、


 「なんで泣いてるのかこのお兄さんに教えてくれないか?ほら、お兄さんはきみより大きいからいろんな事が出来るし。」


 ピクリ、と背中が動いた。よし、上手くいったみたいだ・・・。


 置いてけぼり君はゆっくりと振り向くと、その小さな瞳を俺のほうに向けた。


 なかなか聡明な顔をしている。目もはっきりとした二重で、将来はかなり女子に人気の出そうな顔だった。・・・羨ましいぞ。そんな子が今は目を赤くして泣いているのは、悪い事もしていないのになんだか後ろめたい感じがする。


 「お兄ちゃん?」


 「ん?なに?」


 置いてけぼり君は少しもじもじとしながら、桜の樹を指差した。


 「あそこにある、はなびら取って?」


 「・・・花びら?あの桜の?」


 「うん。」


 ・・・なんで花びらなんか欲しがるのだろう?なんか、気が抜ける。もっと、お父さんはどこ?とかお母さんの所に行きたい〜(泣)とかそういう事を聞く方が先なんじゃないだろうか?違うか?


 「・・・ダメ?」


 あ、やばい。この子また泣きそう。


 「分かった。分かったから。任せろ。お兄さんが今取ってやるから。」


 「・・・うん。」


 危機回避。またぐずりだす前に、なんとかしなきゃなぁ。


 「で、花びらを取ればいいんだよな?」


 「うん、あそこにあるのがいい。」


 指の先あったのは、高さ三メートル程の所の花びら。あ〜確かに子供じゃ届かないなあそこは。ジャケットを脱いで気に引っ掛ける。・・・何年ぶりだろ、木登りなんて。


 俺はおぼつかない手つきで木を登っていくと、枝の先の方についた花びらを付け根から引っこ抜いた。そして、慎重に、下を見ないように降りていく。


 取った花びらを男の子に渡してやる。


 「ほれ。これでいいの?満足か?」


 「うん。ありがとう!」


 ・・・あ〜綺麗な顔で笑うな〜。花びらを受け取った男の子の笑顔はまさに、桜のような華やかさがあった。それはともかく。


 「なぁ、少年。」


 「なに?」


 「なんで花びらなんか欲しがったんだ?しかも木についてるやつを。そこら辺に落ちてる奴があるだろ?」


 もう取ってあげた後なので今更聞くのも躊躇われたけど、結局好奇心が勝った。


 男の子は笑顔を崩さずに言った。


 「この花びらをね。お母さんが見てたんだ。だから、欲しいと思ったから。」


 文脈がずれてて分かりにくいが、多分この男の子とやらのお母さんとやらが桜を見てて取ってあげようと思ったてところか。勿論、お母さんはその花びらを見てたんじゃない。「桜」という全体を見ていたんだろうけど、そんなことをこの男の子に言ったら、桜とってなんて言いそうだ。やめておく。


 「で、そのお母さんとやらはどこにいるんだ?送ってやるよ。」


 そして、初めて笑顔が曇った。


 「お母さんは・・・家出しちゃったんだ。」


 いえでしちゃったんだ。


 ・・・家出?


 ああ、そういう事か。


 「お父さんは?」


 「寝てる。」


 「そっか・・・。家、一人で帰れるか?」


 「うん。すぐそこにあるんだ。」


 「じゃあ、気をつけて帰れよ。・・・最近物騒だから。」


 「分かった。ありがと。お兄ちゃん。」


 そう言うと、男の子はとてとてとおぼつかない足取りで去っていった。見えなくなるまで見送る。


 「置いてけぼり・・・か・・・。」


 あの子は置いてけぼり君だったのだ。


 俺は勿論、あの子のお母さんが他界してしまったのか、それとも本当に家を出て行ってしまったのかは分からない。でも、あの子のお母さんが戻ってくる事は無いだろう、という事は経験上分かる。


 そんな、母親の消えた世界に置いてけぼりにされて、あの子が何を考えたのか。


 この桜の下で何を抱え込んで泣いていたのか。


 俺が、母親と別れたこの場所で。


 あの時の俺も、あんな感じだったんだろうか・・・。


 ・・・切に願う。幸せに生きてくれと。孤独という傷を、時が癒してくれますようにと。


 儚く咲いている桜の下で、俺は静かに祈った。

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桜の下で 藍田楠 @aida_ks

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