大江戸モノノケ捕物帖
朝木モコ
旧鼠とこぼれ梅酒
第一幕 視えない同心と視える絵師
視えない同心と視える絵師(一)
とんでもない難題が降って来たのだ。降らせた相手は、朔次郎が難題を解決すべきしかるべきお役目であるため、しかるべき手順を踏んだだけなのだが、当の朔次郎は困り果てている。それは別に、朔次郎が定町廻りのお役目を継いだばかりだという理由だけではない。さりとて、難題が難題すぎるという理由だけでもない。新参者の朔次郎が、難題を対処するだけの経験がないというのが問題だった。
ゆえに、その手の経験が豊富な者へ相談することにした。朔次郎に
なんだか少したらい回しにされている気分になったが、さりとて養い親の紹介を無下にするほど、朔次郎という人間は薄情ではない。だからといって、件の紹介人に千載一遇の解決策があると期待するほど、夢見がちな気性でもない。とりあえずは善右衛門の顔を立てる名目で、件の紹介人に会いに行くことにした。
紹介人は、
それが、大きな間違いだった。
「……ええと、」
善右衛門に教えてもらった
「あの、あなたが春冲どのですか?」
と尋ねてみたところで、無論返答はない。息を確かめるために顔を覗き込んで、驚いた。絵師だと聞いててっきり男だと思い込んでいたが、倒れているのはれっきとした女だ。おまけに、年が明けて二十五になった朔次郎より、十近く若く見える。
健やかに息のあった娘は、なかなか愛らしい顔立ちだった。愛らしいというより、少々婀娜っぽいのだろうか。削げた頬には哀愁があり、きゅっと引き締まった唇は異様に紅く、色気がある。これで目を開いたらどんな
「もし、大事ありませんか?」
慌てて身を引きながら尋ねる朔次郎に、少女は虚ろな目を向ける。ぱくぱくと金魚のように開閉する口に耳を寄せれば、かすかな声が言葉を紡いでいた。
「は、腹が減った……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます