しょうせつのなかのかのじょ

藤村 綾

しょうせつのなかのかのじょ

【またか】

日曜日。夫は仕事に出かけた。現場監督の夫は、日曜日もないほど、忙しい。それは百も承知だ。けれど、うちを出て行くついでに、

『あ、今日は現場行ってから、実家に寄って、飯くって、泊まるから』

目を伏せながら俯き、ついでだし、をやけに強調して出て行った。昨夜に話せばよいことなのに、まるであたしに詰め寄られるのを、避けるよう逃げるように、出て行った。

あたしは、昼にメールを送った。

【またか】

と。

夫からの返事はなかった。夫はまだ、あの女とあっている。

実家に泊まる日は必ずあっている。

どうしてその事実を知りえたかといえば、彼女のTwitterを見たからだ。

夫の携帯から盗み見た彼女の携帯番号を登録してあり、放置しておいた。別に消してしまっても構わないのだけれど、なんとなく消せないでいた。Twitterを見ていたら、連絡先を登録してある人の名前がずらりと出てきて、あ! などと、興味本意で閲覧していた。あたしは、登録はしてあるものの、Twitterなどは全く興味希薄で呟く気などさらさらない。その中に1人気になる女性がいて、つい見入ってしまった。徐々に指先が震えてくる。指先だけではない。身体中の血がみな、体温をなくし、悪寒が走った。

その中に、夫が持っていた図面が載っていたのだ。

《監督にもらった》

図面の写真にそえてある言葉。

あたしは、目を見張った。

《監督にあった。ありがとう》

決まって実家に泊まった日に彼女のTwitterには夫にあったことを呟いていた。

そして、ひどく驚いたのは、彼女はどうやら、小説を書いているみたいで、Twitterにあげられている小説のアドレスをクリックしたら、夫とあったときの小説が書かれていた。

ものすごいたくさんの小説は、ほとんど夫にまつわるもので、まさかの事態にあたしは、二の句を継いだ。

鹿児島に行ったり、下呂温泉に行ったり、夫との出来事すべて小説に起こしていたのだ。

夫はそれを知っているのだろうか?

読んでいるうちに怒りがこみ上げ、涙すら出なかった。

彼女は、夫の車にわざと、ピアスを落としてゆく悪どい女。

小説を書いて、もし、当事者の夫やあたしに読まれたらどうするつもりなのだろう。

性描写が粘った感じに生々しく描かれていて、あたしはそこだけは、うまく読むことが出来なかった。

夫はあたしではいかない。

彼女を抱き始めてからだと、小説を読んで思った。

2、3年は続いている。別れたと思っていたのに、別れてはいなかった。いや、別れたけれど、小説に忠実に従えば最近また、会い始めた、とゆうことになる。

今頃彼女にあっているに違いない。

夜、彼女のTwitterを見ればわかることだし、また、小説を書くに決まっている。


バカじゃないの! あたしは誰にゆったかわからない呆れた声を自分で受け止め、天井を仰ぐ。

あたしは何も悪くない。

ただ、あたしたち、家族だけを見て欲しいのに。

どうしてよいかわからない衝動に駆られ、発作的に携帯の電源を落とす。

【またか】

夫は意味がわかったのだろう。

また、女とあうんでしょ?実家に泊まるから。

喉のすぐそこの言葉さえ、声にもできなく、文字にも打てない。

あたしは、あたしは頭を抱え、ソファーに横になる。ミルクがあたしの頬を舐める。

泣いているあたしの頬を。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

しょうせつのなかのかのじょ 藤村 綾 @aya1228

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る