第15話

 深夜、相変わらずリビングでテレビを観ていると、「ゴゴゴゴ……」という音がキッチンの方から聞こえてきた。


 ゴゴゴゴ……ズゴゴゴゴ……!


 古代都市でも出現したかのような低い重低音は二十秒ほど続いた。

 しかしそれを聞く私は、やれやれまたか、とすっかり慣れたものだ。

 別に床下からモアイ像がせり上がってきたわけではなく、我が家の冷蔵庫が咆えているのだった。

 十年以上使っている年代物の冷蔵庫くんは、ここ最近どういうわけか夜中に謎の音を発することが多々あるのだ。時間設定機能など付いていないのに、決まって夜中に咆える。よもや狼の霊でも取り憑いたのではあるまいな。どーりでこのところ、唐揚げやメンチカツがしょっちゅう冷蔵庫の中から消えていたわけだ。おのれ狼!

 まあ本当は私の胃の中に消えていたのだがそれはともかく、二日に一度は夜中の咆哮をしなくては気が済まない冷蔵庫をどうしたものか。

 さほど大きい音ではないしすぐ終わるから別に構わないのだが、問題はそこではなく、これが故障の前兆だったら困るのだ。

 これから夏を迎えるシーズン。万が一にも冷蔵庫が壊れてしまったら……想像するだけで恐怖におののくこの私。

「はーあ。まったく夏は暑いなあ。面白いこともないし」

「(ピンポーン)やあミヤビ。突然だけど遊びに来たよ」

「えっ、あ、あなたはイギリスの人気ドラマ『シャーロック』の主演、カンバーバッヂ様!」

「説明口調でありがとう。実はワトソンことマーティンと共に日本へバカンスに来たのさ。ついでに君の家へ寄ってみたんだ」

「な、なぜ私のことを……私があなたのファンであることをご存じなのです?」

「推理したのさ」

「さすがホームズ! 素敵ぃ! すごい、こんなことってあるのかしら! ささ、むさ苦しいところですがどうぞお上がりくださいっ」

「ありがとう。それにしても日本の夏はとても暑いね、驚いたよ」

「あっ、何か冷たいものをお持ちしますから! えーと冷蔵庫にジュースが……ん? ……あっつぅ!? 何これ冷蔵庫の中があっつい!」

「日本の家庭にはこんなに大きな温蔵庫があるのかい」

「温蔵庫って何ですかカンバーバッヂ様!? でも確かにそんな感じになってる! うわああああ中の肉が低温調理されたみたいになってるぅぅ!」

「どうも大変なときに来てしまったみたいだね。失礼した方がよさそうだ」

「ま、待ってカンバーバッヂ様! 蒸し野菜なら今すぐお出し出来ますからぁぁ~……」

 とこのように、冷蔵庫が壊れていてはせっかく我が家に来たカンバーバッヂ様も帰ってしまうハメになるわけだ。せっかくのチャンスが!(何のだ)

 冗談はともかく、真夏に突然故障しては大変だ。というわけで家族に進言し、新しい冷蔵庫を買うことになった。

 お金を出すのは私ではないが、選定作業に口は出したいので、さっそく電器屋で各メーカーのカタログを入手してきて眺めてみる。ふーむ、最近の冷蔵庫は何やら進歩してるらしいが正直なところよくわからん。色々ある中ではチルドルームが最もわかりやすいかな。機能説明の単語からして真空やら微凍結やら、めっちゃすごいですよ奥さん! 的なアピールも激しいし。

 ただ昔より進化していることはわかっても、メーカーごとの差異はさほど大きいようには思えない。

 正直どのメーカーのを買っても「冷える」という基本機能はしっかりしているはずなので、なら見た目がかわいいものが欲しいなーと考えたのだが、冷蔵庫の色味ってどうして皆「無難! スタイリッシュ!」みたいな感じなのかしら。どのキッチンにも馴染みやすいように? 冒険心がないなあ。

 いやまあ、レインボーカラーの冷蔵庫が登場しても欲しがるのは私ぐらいのものだとは思うけど。……ごめん嘘、私もあんまり欲しくない。

 色の件はおいておくとして、とにかく冷蔵庫をメーカー別にあれこれ調べてみたので皆様にお伝えしたい。私はプロじゃないので単なる一意見として捉えていただき、何かの参考になれば幸いである。


 日立……基本にして王道、多種の家電製品を作っている。嵐がCMやってる時点で王道。冷蔵庫も王道で、基本的な機能はきっちり押さえ、とりあえず買っとけば間違いはない系。独自の特徴は、空気を抜いてちょっとした低気圧状態を作る真空チルドルーム。私の勝手なイメージは任天堂。

 パナソニック……日立に負けじと色んな家電を作っている。電球はたぶんトップ。冷蔵庫はいぶし銀な感じで、他より広いチルド室には微凍結パーシャルという絶妙温度機能が搭載。それから、下段の引き出しがフルオープンできて奥の物も取りやすい。イメージはソニー。

 三菱……ニクイねぇ! のCMでお馴染み。やっぱりちょこちょこ色んな家電を作っている。冷蔵庫は幅がスリムだったり、氷点下ストッカーD・切れちゃう瞬冷凍、というチルド・冷凍両方での独自技術があったりしてなかなかやりおる。製氷システムをタンクからパイプまで丸ごと洗えるってのはいい、すごくいい。イメージはスクウェアエニックス。

 東芝……大丈夫か。大丈夫なのか。でお馴染み(どんなだ)。立派な家電メーカーだし物も良いと思うのだが、別方面からの心配が絶えない。冷蔵庫の売りとして、Wツイン冷却を備えたチルド室は二段になっており使いやすい。そして一番の大きな特徴は、野菜室が下段ではなく中段にあること。主婦が調理中に何度もかがむ必要がないため腰が楽なのだ。それにしたって大丈夫なのか。でも何だかんだで大丈夫そう。イメージはセガ。

 シャープ……ブルータスお前も大丈夫か。冷蔵庫にはお家芸であるプラズマクラスターを装備。棚がアレンジ出来たり大きなチルドルームがあったり透明で綺麗な氷が作れたりするが、何かもう大丈夫なのかなあ。お知らせをしゃべってくれる機能とかは超ステキだが。イメージは差し控える。


 とまあこんなところだ。

 最初にも言ったが、正直なところどのメーカーを買っても大差はないと私は考える。気に入った機能が一つでもあれば、あるいは店頭で確認したときに外見がいいなと思ったり予算がちょうど合ったりすれば、それを選ぶ基準にしてしまっても問題あるまい。

 もちろん同じメーカーでもラインナップは多岐にわたるため、機能・予算との兼ね合い、そして何より自宅に置ける冷蔵庫のサイズを確認しながら好みの一台を探そう。


 我が家の場合、特に必須条件はなかったので安けりゃどれでもいいや感覚だったのだが、下見に行ったら母親が「真ん中野菜室!」と目の色を変えて食いついたので、値段やら何やらで検討の結果、結局東芝の冷蔵庫を購入することとなった。ぶっちゃけ企業的な意味で不安は残るのだが、まあアフターサポートが完全にゼロになることはあるまい。値段も他と比べてそこそこ安かったし。

 私個人としては日立の真空チルドが気に入ってたんだがなー。低気圧状態なので開けるとプシュウ! と空気音がするのだ。まあそれが面白かっただけなんだけど。でもそのせいでロックのレバーがちと重いのはマイナスポイント。

 そんなわけで数日後、無事に新品の東芝冷蔵庫が我が家にやって来たのだった。

 狼に取り憑かれた旧冷蔵庫くんは、最後の夜まで咆哮を続けていた。何がそこまで彼を駆り立てていたのかはもはや定かではないが、もしかしたら「おおおぉい俺もう限界だからぼちぼち買い換えろやあああ!」と我々に教えてくれていたのかもしれぬ。カンバーバッヂ・チャンスを無駄にしないよう配慮してくれた彼に感謝の念を抱きつつ、十年は壊れんなよ、と東芝くんを指でつつく私なのだった。


 母親は真ん中の野菜室にご満悦である。確かにいい感じ。

 ところで冷蔵庫が新しくなったことで変わった点がもう一つあって、それは一番上のデカい扉が片開きから両開き(観音開き、って言うのかしら)になったことだ。

 調べてみてわかったのだが、最近の冷蔵庫はほとんどがこの両開きタイプになっているらしい。本当は慣れた片開きタイプが欲しかったのだが、各メーカーともあんまり作ってないのだ。あっても容量が小さかったりして、これぞ! って感じのものがなかった。

 両開きでも使ってるうちに慣れるとは思うのだが、変化が苦手なおじいちゃんおばあちゃんに買い換えを促すためには片開きをもっと生産するべきだと私は思う。

 そんなわけで、私が考える理想の冷蔵庫は、

・扉は片開き

・野菜室は真ん中

・大容量

・棚が取り外し出来たりする

・パステルカラーでかわいい(キティちゃん等とコラボしても可)

・狼に憑依されない

 といったところ。

 皆さんのお知り合いに開発関係者がいたら是非ともお伝えいただきたい。

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