第14話

 ようやく一体を始末。

 だが息つく暇はない。次を始末、その次を始末、次、次。

 いくらやってもキリがない。

「くそっ……まだこんなにいやがる!」

 荒い呼吸で悪態を付く。

 果たして行動開始からどれだけの時間が経ったのか。

 休まず動き続けているはずなのに、目の前には依然として『ヤツら』が山と化している。

 同種が一塊になっているモノもいれば、てんでバラバラなモノもいる。大きさも大小様々。種類によって別々の処理を施していかねばならず、こちらの疲労は溜まる一方だ。

 ヤツらは動かない。ただじっと存在し、こちらの様子を伺うような圧迫感を与えてくる。

「見るな……見るんじゃねえ!」

 物言わぬヤツらに恐怖を覚える自分。それを吹き飛ばすかのように叫び、一気に片付けてやろうと腕を振るい次々と撃破していく。

 だが始末しても始末してもヤツらの数は変わっていないように見える……本当に減っているのだろうか?

 この戦いに……勝利は本当にあるのだろうか?

「ちくしょう、いつ終わるんだ! この戦争はいつ終わるんだよぉぉ!」


 ということでね、はい。

 いったい何が始まったんだ、と困惑しているあなた、ご安心を。いつもの『のーないごろく!』です。

 上の文章が何なのかというと、ついこないだ私が取り組んでいた作業があまりにも大変で途方に暮れたりしていたので、それを描いたものである。

 とはいえ戦地で傭兵を始めたわけではなく、これは部屋の掃除の様子を表しているのだ。

 我が家にはあまり使われていない小さな客間みたいな部屋があり、私はこのところそこを第二の自室として占拠していた。

 最初こそ椅子とテーブルぐらいしかなかったが、次第にマンガが置かれ、私の服が積まれ、カバンとか化粧品とかあれとかこれとか本とかマンガとかマンガとかマンガがテーブルを埋め尽くし、椅子とか床の上にまで侵食していった。

 私はソファーの上で寝転がったり、そこで寝たり、ごくたまにテーブルの端で勉強したりと部屋の有効活用に務めた。だって客も来ない客間など存在している意味がないではないか。

「はあ……寂しいなあ。誰も僕のところへやって来やしない」

「(ドアをバァン!)落ち込むのはそこまでだ客間! このミヤビちゃんがお前のコンプレックスを解消してやろう!」

「えっ、本当かい!? 誰かお客さんを連れてきてくれるんだね!」

「嫌だよ友達この部屋に案内してもつまんないだろ」

「君は僕の傷痕をえぐりに来たわけ?」

「ぶつぶつ言うな。そうじゃなくて私がこの部屋を個人利用させてもらう。だいたい何にもなさすぎなんだよこの部屋。まずは色々持ち込むから。おら、おらおら、これもオラァ!」

「ちょっと待って、荷物入れすぎだよ! 僕は客間なんだよ!? お客さんが来る場所なんだから常にスッキリさせてあるのであって……」

「マンガ! マンガ! 服! 全部マシマシで! えーとヘアアイロン使いたいんだけどコンセントはどこかな」

「誰か助けてぇぇ! 侵食されるぅぅ!」

 ってことで客間くんも喜んで私の提案を受け入れたので、新たな城が誕生したというわけ。

 もはや「ハハハ! この空間内では私は無敵なのだ!」ぐらいに入り浸り、自室ちゃんが嫉妬するレベルだった。

 うーむ、自分の庭が二つもあるというのは良いものだ。戦国武将が城ばっかり建てた理由もわからんでもないわい、はっはっは。

 ところが、そんなゴージャスタイムは数ヶ月で終わりを迎えようとしていた(関係ないけど芸人のゴー☆ジャスは割と好き)。

 それはある日のこと。

 まさに死刑宣告のごとき言葉が私に言い渡された。

「えっ!? どゆこと!?」

「だから客間片付けて。お客さん来るから」

 夕飯時に母親が言ったその一言に私は撃ち抜かれた。

 何だと! 片付けろだって!? そんな馬鹿な! 横暴だ!

 私の中のぷちミヤビたちがザワザワと騒ぎ出す。これ以上に青天の霹靂という単語が似合うシチュエーションがあるだろうか。

 城を手に入れて素敵な戦国ライフを送っていたのに、一夜にして敵軍に取り囲まれ降伏を強要されている気分だ。

「私の平穏とお客さん、どっちが大切なの!」

「自分の部屋があるくせに何言ってんの」

 だいたい勝手に客間を使ってたくせに、と母親の目は冷たい。

 まあそれはそうなので反論の仕様もないのだが。

 しかしこれを言われたのは金曜の夜で、お客さんが来るのは日曜の昼過ぎだと言う。つまり貴重な土曜日を掃除なんかで潰さなくてはならない。実に心躍らない週末だ。むしろ終末。

 とはいえ母親に手を出させたらあれやこれや捨てられる可能性があるので自分自身でやるしかなく、こうして地獄のような一日がやって来ようとしていた。

 とりあえず今夜から始めようかとも思ったのだが、むしろ明日に備えて早めに休むことが重要だと自分に言い訳し、さっさと寝ることにした。

 寝ようとしてベッドに入ったらいつの間にか深夜二時までマンガ読んでた。出だしから完全に躓いた感が半端じゃないぜジョニー。HAHAHA。

 というわけで起きたのは昼前だった。オーウ、シット。

「なあに心配はいらん! 腹が減っては戦は出来ぬ、睡眠減っては掃除は出来ぬ」

 高らかに一人呟くが、作業時間が減れば大変になるのは私である。人生は世知辛い。

 ひとまず作り置きの昼食(薄情な家族は私を残して外出していた)を食べ、軍手とエプロンを装備してから、私は客間へと入った。

「すまない客間。せっかくお前のコンプレックスを取り除いてやったのに、私の力不足で再びこの部屋を空っぽにするハメになってしまった」

「いや、うん、えーっと」

「母め、ここにお客を呼ぶから片付けろだなんて。ひでえ話だ」

「僕はそれが一番の役目なんだけどね。お母さんのおかげで助かったよ、ここは君の秘密基地じゃないんだから」

「だが私は宣言する! たとえ今回の掃除を終えても、いつか必ずここへ戻って来ることを!」

「もういいよ来なくて!」

 客間と悲しみを分かち合った後、いよいよ作業に取りかかった。

 しかし実際のところ、こんなものは楽勝だ。メインの作業は荷物を私の部屋に運ぶだけである。ちょろいちょろい。

 ……そう思ってスタートしたのだが。

「この戦争はいつ終わるんだよぉぉぉ!?」

 と冒頭の話に戻るのである。

 とりあえずマンガの量が半端じゃない。テーブルの上に平積みされているのをどんどん運んでいくのだが、一山がそもそも重いのにテーブルの現状はもはやアルプス山脈のごとし。一つ山を切り崩したところで雄大なアルプスの景色にはちっとも変化が見られない。

 筋トレもしていない私の細腕では、マンガ抱えて自室まで一往復するだけでもかなりの重労働だというのに……誰だこんな膨大な数のマンガを持ち込んだのは!

「いや君でしょ」

 客間が何か言っているが聞こえない。疲労で耳まで遠くなってしまったようだ。

 ともかくぜぇぜぇ言いながら運び続け、先の見えない修羅の道を歩き続けた。

 夕方前にはとっくに全部終わってるよねーなどと思っていた自分はどこへやら、やっとのことでマンガ地獄をくぐり抜けたときにはすでに日が傾いていた。

 戦争の終わりを喜ぶ間もなく、窓の外を見て軽い絶望感を覚えた私。だってマンガは運び終わったけど、それ以外はまだこれからなんだよ!?

「クソッ……もう第二次大戦が始まったって言うのかよ!」

 服とか小物とかコスメとかプリント類とか、あちこちに散らばっているそれらを集めて整理して運んで……いったい私は貴重な休日に何をしているのだろう。ていうかゴミが多すぎなんだよぉ! レシートとかどうでもいい空き箱とか何かのおまけの超ださいシールとかさ! 捨てろよ!

 驚きだったのは、マヨネーズのパッケージ(ビニール袋みたいなやつ)が発掘されたことだ。この部屋で調味料の開封などした覚えはまったくない。完全に超常現象である。

 ほとんどのものを自室に運び、わけのわからないものはひたすらゴミ箱に突っ込む、という悪夢のような作業を続け、そして。

「……終わった」

 ドサリ。私はソファーの上に倒れ込んだ。

 こういうときって喜ぶ気力もないのね。私はもはや、しゃぶり尽くされたフライドチキンの骨のよう。

「終わったぜ客間。お前のアイデンティティーを取り除いちまって悪ぃな」

「僕のアイデンティティーはお部屋から汚部屋になることじゃないんだけどね」

「それから、必ず戻って来ると言ったが、あれはどうなるかわからない……もうこんな思いをするのは御免なんだ」

「お願いだから戻って来ないで。君に任せておくとゴミ屋敷化しそうだよ」

 窓の外は真っ暗だった。実に六時間以上に及んだ作業、疲労困憊の身体でだら~っとしていると、母親が「終わった?」と覗きに来た。

「終わったさ! この部屋の美しさを見ろ!」

「ああ、そうね」

「軽い! なんだよ今ごろ来て! 少しは手伝ってくれればいいのに薄情者!」

「勝手に何か捨てられたりしたら嫌だ、って言ったのはあんたじゃない」

 そうだった。不覚。

「とにかくこれは私の手柄。この功績は大きいよ」

「なんでもいいけど掃除機かけて、それからハタキもパタパタやっておいて」

「もぉ無理! 私が悪かったからあとやっといて! GENKAIIIYYYY!」

 というわけで最後は母親に泣きつき、どうにか客間は客間としての機能を取り戻したのであった。


 さて、体力を使い果たした私は夕飯を貪り食った後、半ば朦朧としながらお風呂に入って部屋に戻りそのまま爆睡した。

 やがて朝になり目を覚ましたとき、私は二つのことに驚いた。

 一つは腕が完全に筋肉痛マックス状態だったこと。よもや、この歳で箸を持つのも億劫な事態が起こるなんてね。でも心配いらないわ、我が家お抱えのフランス人イケメン執事が「あーん」して食べさせてくれるから。さあジョルジュ、次はアジの干物をお願い。そうよ、ちゃんと骨は取ってね。うふふ。

(という脳内設定のもと、ぷるぷるしながら私はご飯を口へと運ぶ。悲しい)

 そしてもう一つは、私の部屋が足の踏み場もないほど荷物に埋もれていたことだ。

 馬鹿な! 昨日あんなに掃除したじゃないか!

「敵のスタンド攻撃!?」

 一瞬本気でそう思いかけたが、昨日掃除したのはこの部屋じゃなかったことに気付く。

 ああそうか。とにかく荷物を全部こっちに移動させただけで、整理は全然追いついてなかったんだ。

 昨日は疲れててその事実にあんまり気が付かなかったんだな、うん。

 なるほどそういうわけか、あっはっはっは。……もう無理ィ! 誰か助けてぇ!


 今回の教訓。

・マンガは重い

・いらないものはちゃんと捨てよう

・捨てないものは整理しておこう

・再び客間を占領したい欲求にはちゃんと打ち勝とう

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