第5話


 前回までのあらすじ――

 美食の神・グルメニスタであるカトーミヤビは、友人Mが持つ悪魔のパスポートこと某ホテルビュッフェのペアチケットにより、めっちゃ贅沢なランチタイムを送るはずであった。

 ところが当日の朝、Mの足首が痛恨の一撃により大ダメージを負ったため、チケットを託されたミヤビはたった一人で格調高いホテルビュッフェへと向かうことになってしまった。

 ママー、あの人どうして一人でお皿に料理山盛りにして食べてるの?

 しぃっ、見ちゃいけません!

 ぐああああキツい! キツいが病院ですすり泣いているであろうMのため、そしてグルメでありグルマーでありグルマニアでありシベリアンハスキーである私の欲望のために、この難ミッションをこなしてみせる……!

(ていうかまさか三話に渡ってこの件をお伝えすることになろうとは、シルバニアファミリーの私もびっくりである)


 さて、無事に大阪へと辿り着いた私は目的のホテルへと足を踏み入れた。外観からして「うわー高っ」とつい見上げてしまう、田舎にはないレベルの建造物である。怪しいモンじゃないんですよえへへへ、と卑屈な笑いを浮かべながら入っていく私はもはや、殿様の戯れで城に呼ばれた農民のごとき心境であった。

 地位の高そうなお侍様たちの間を縫いつつ、1Fにあるビュッフェレストランへ向かう。

 土曜日だけあって人でごった返す中、見目麗しくやんごとない感じの受付の女性にビクビクとチケットを渡す私。

「いらっしゃいませ」

「すいません二人で予約してたMなんですけど……一人来られなくなっちゃいまして」

「かしこまりました。こちらはペアチケットですが、一名様のご利用でよろしいでしょうか」

「あ、はい」

 よろしくはないが仕方あるまい。誰か別の人間を同行させればよかったかしらとふと思ったが、しかし今さらだし、Mも良い気はしないだろうし。

 案内されたのは二人がけ席がいくつか並んでいるうちの一つで、私の両サイドは女子大生ペアとOLペア(見た目より推定)。いやーキツいっす。ソロプレイヤーというだけでもキツいのに、彼女たちも他の客席も揃って関西弁を飛び交わせているため小心者の私は動悸・息切れの症状に襲われつつあった。

 だがMのためにもこんなところで倒れるわけにはいかない。

 西内まりやを脳内に流しつつ、自分を奮い立たせ私は戦場へと向かった。

 しかし。しかし一歩そこを目にした瞬間、私の感情は見事に裏返った。

 腹減った~と思いながら家の冷蔵庫を開けたとき、うわっ何にもないじゃん……と思ったことはないだろうか。

 ここはその逆だった。何でもある。

 前菜? サラダ? スープ? パスタ? ライス? 魚? 肉? デザート? ドリンク?

 あるよ……全部あるよ!

「美食のパラダイスやでぇ!」

 ヘタクソな関西弁が飛び出しそうになったが、周囲から「コイツ大阪ちゃうな」という目を向けられたくなかったためギリギリ押しとどめた。

 皿に美しく盛るつもりだったが、テンションの針が振り切ってしまったため初っ端からホタテのマリネを五個にタンドリーチキンを五切れにヤングコーン四本&和風ドレッシング、などという節操のない一皿を持ち帰ってきてしまった。ママ~、あの人たぶん後先考えてない~。

 両サイドの女性陣になめられてはいかんとグリーンスムージーで女子力アピールをしつつ、皿の上でフォークを踊らせる。う、うまい。ホタテのさっぱりとした旨味、ジューシーなチキン、特に味ないけどドレッシングが美味いヤングコーン(食感が好きなのだ)とどれも隙がない……見たか、これが本場のホテルビュッフェじゃい!

 あ、Mにせめて写真撮ってあげなきゃ、と私の食いかけの汚い皿を撮ろうとしたら、カメラを起動したところでスマホが充電切れで落ちた。モバイルバッテリー? ないよ。許せM。

 その後も豚の角煮やら唐揚げやらカレーやらうどんやらを食べまくった。一番美味かったのは、シェフがその場でカットしてくれるローストビーフだ。かけてくれる赤ワインソースがまた最高で、三回も取りに行ってしまった。唯一の欠点は何回も行くと恥ずかしいこと。

 ところで孤独のグルメ状態だった私は、食べながら横のOLペアのクソみたいな恋愛話に突っ込みを入れながら盗み聞きしていたのだが、ふとずっとテンション低めだった女子大生ペアの会話が耳に入った。プライバシー保護のため、一部変更してお伝えします。

「そーいやな、離婚したオトンが再婚するんやけど」

「へえ、誰と?」

「浮気してたときの相手と……オカンにはよう言わんわ」

「こないだ○○ちゃんも不倫してるゆーとったな。そんなええもんかなあ」

 盗み聞きした私が悪いのだが、恐るべき内容をなぜこうも淡々と話せるのだろうか。若い身空でどんな修羅場を潜ってきたのだ、お二人よ。彼氏のプレゼントが欲しいブランドのじゃなかったーとかぬかしているOLペアは、彼女らの爪の垢を煎じて飲むがよい。

 デザートのプリンと抹茶プリンを平らげ軽く妊婦状態になった私であったが、持ち前の貧乏根性が強制的に私の手足を操り、気付くとローストビーフの前に立っていた。

「しょ、将軍、お待ちください! すでに我が軍の弾薬庫は空っぽ……もといパンパンです!」

「ぬるい! 貴様それでも帝国軍人か! 確かに分厚いローストビーフを攻略する余力はない……ならば薄めカットの一枚に狙いを定め、最後の死力を振り絞るのだ!」

「なんというご慧眼! 仰せの通りに!」

 どちらかと言えば赤ワインソースだけもらってぺろぺろ舐めたいのだが、そこまでの恥はかけない乙女心。

 さっそくシェフに「すいません、薄めで一枚ください」と頼むと、いつの間にか女性のお姉さんに変わっていたシェフは見事に薄く切り出してくれた。

 人も変わって恥ずかしくなかったなー、わーい……と思っていたら、お姉さんが「パンに挟んでサンドイッチにしても美味しいですよ」と私に提案してきた。

「ああ、なるほど。それも美味しそうですねえ」

「でしょう。今ちょうど人いないからちょっと作ってみましょうか」

 するとお姉さんはカウンターの中をささっと移動し、クロワッサンを切り開いてそこにタマネギとチーズとマッシュポテトを盛りつけ始めた。

「しょ、将軍、大変です! 前方に突然、大艦隊が出現しました!」

「馬鹿な! ええい、面舵一杯!」

「だ、ダメです間に合いません、このままでは衝突しますっ」

 お姉さん待ってくれ。気持ちは本当に嬉しいのだが私のお腹はすでに沈没寸前なのだ。

 しかし嬉々としてサンドイッチを用意してくれているこの厚意を無にすることは私には出来なかった……だって私は美食の神・シルベスター&トゥイーティーなのだから……!

 私はシェフに礼を言って、差し出されたローストビーフサンドを受け取り席に戻った。

 何だろうかこの存在感は。皿の上で、もはや神々しくすら見える。

「将軍お逃げください! ここは我々が死守します!」

「馬鹿を言え! 自分一人おいそれと逃げ出すような真似が出来るか! こうなれば私が直接出撃してくれるわ!」

「無茶です将軍、すでに弾薬が……」

「見ておれ帝国軍人の意地というものを! ぬおおおおおおおぉぉっ……お、う、産まれる……」

「将軍――っ!」

 赤ワインソースをたっぷりかけてくれたサンドイッチはとても美味しかった。私が皆さんにお伝えできることは、余裕があるうちにこのサンドイッチを自作して試してみて欲しいということと、高級ホテルのトイレはとても綺麗だということである。


 Mは幸い骨に異常はなく、松葉杖を数日使っただけでほぼ回復にまでこぎ着けた。

 料理の写真がないことを憤慨していたが、私の話だけで欲望をかき立てるには充分だったらしく、今度家族で出かけることとなったらしい。この素晴らしい家庭を壊さぬためにも、お父上へのお礼に下着チラ見せなどは止めた方が良さそうである。

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