心霊探偵赤神朱夏の事件簿Ⅰ 死者蘇生の魔術
三叉霧流
序章 死者の影
ヒラヒラと茫洋とした街の明かりに照らされて、灰色のカーテンが白くはためいていた。
よくあるワンルームマンションの一室。低いテーブルには飲みかけの酒の缶とつまみの梱包紙が散在している。汚く雑然とした部屋、独身男性典型の散らかりようだった。
その汚い部屋で電気もつけずに一人の男が窓から逃げるように壁に張り付きながら身をすくませて、頭を抱えている。仕事帰りなのか機械油と埃にまみれた作業服に身を包んでいた。
男は身体を震わせて、時折両手で頭をかきむしり窓の横を強ばった顔で見つめている。
その日は十二月半ばに差し掛かった真冬の夜。他の土地よりも海風が激しく吹くこの街で窓を開けているのは、少し異様な事だ。窓は途中まで開かれて開けっ放しになり、ビュビュウと強い風が室内の温度を下げている。だが、その男は寒さで身を震わせているのではなかった。男は、まるでその窓に近付くことで殺される、と脅迫概念にとりつかれている。
男は見ている。
半ばまで開かれた窓が、誰か男以外の存在によって開けられて、その窓の横で座り込んでいる。そうして、じっと男を見つめている姿を見ていた。
「た、頼む・・・ゆ、許してくれ」
男は恐怖にかられ、声を震わせながらそう言った。男が見つめている方向からは何も返事はなかった。代わりに、ビュウと吹く風にカーテンが小さく音を立てて返事をする。
それでも男は頷いた。
「ああ、そうだ・・・。お、俺の不注意だった・・・謝る・・・謝るから許してくれ!」
男が叫ぶと同時に一際大きくカーテンがはためいた。それにびくりと男が身体を強ばらせて、驚愕の顔を張り付かせる。精気がまるでなく、青白い蛍光灯のような蒼白さで、目を見開いていた。
「ま、まさか・・・そんな・・・」
男が死相のような顔で呟き、頭を掻きむしっていた両手を下ろした。そして目線を彷徨わせて自分の手を見る。
「俺が・・・俺がお前を生き返らせるのか?」
驚愕の顔から次第に男の目には何か希望のような光が見え隠れする。その糸にすがるように男はその場所を見つめて陶然と声にする。
「わかった。言うとおりにする。言うとおりにするから・・・俺の目の前から消えてくれ・・・」
男はすがるようにそう言うと立ち上がる。立ち上がって備え付けの台所へと向かった。
そうして、何かを持ち出した男がバタリと部屋の扉を閉めて出て行く。
主が出て行った誰もいない部屋の中、ビュウと風に吹かれたカーテンが白々と小さくはためいていた。
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