そのいち.三人寄れば騒がしい
「クソ、なんなんだっ、俺がなにしたってんだよ!? 地味で真面目そうなのも男釣るためのエサって……ふざけんなぁあああっ、俺の純情を返せぇぇぇっー!」
普通科校舎一階の片隅にある、忘れ去られた男子トイレの個室で、俺は叫んだ。
あらん限りの力と恨みをこめてそれはもう、盛大に叫んでやった。
そうでもしなきゃ体中で暴れる『獣』の本能が収まりつかない。
掌に伝わる鋭くも硬い感触。目を下に向ければ股間に張った大きなテント。
もう少し長く彼女に触れていたらグレーのスラックスに穴が空いてたな、こりゃ。
どうにか元に戻らないかと押し込んでみるんだが手が痛くなるだけ。
こんな体でさえなけりゃあ今頃俺だってさ……クソがっ!
苦し紛れに壁を殴りつけたら、壁を壊す勢いで殴り返された。どおんとね。
「さっきからうっせえんだよ! クソぐらい黙ってしろや!」
「あっはい、すいませんでした」
反射的に謝って頭を下げる。向こうから見えるわけないってのに。
正直こんなところに隣人がいるなんて思わなかった。近くに生徒が立ち寄る場所なんてないぞ。まさかこいつも恋に破れて落ち込んで――なわけないか。
告白されて手を握り返すたびに、俺の中に住む獣が暴れ出しちまう。
『こいつは処女じゃねえ。お前には向かん』
そう警告するように股間のアレが『角』になるから、人目を避ける必要があった。
んで、都合がいいからいつも身近なトイレに逃げ込むんだが、人がいないから叫べると思ってさ。本当の自分を曝け出せる、俺のパラダイスが。
「俺の居場所って、どこよ!?」
ついうっかり大声を出してしまった。穴が空くんじゃないかと思うくらい強烈な蹴りの返事。
両手を股間から口元に移動。これ以上喋ったら壁が破壊されてしまう。
ビビらせてもらったおかげで気づけば角が普通のアレに戻っていた。
……うん、まあ、これはこれで、良いか。
鬱憤は溜まったままだが俺には別の癒しがあるもんね。
そそくさと用を足して外へ。手を洗いながら鏡越しに奥の個室を見てみる。
こんなトイレに篭ってるのはどんな奴だろう。そうだなぁ。
あの迫力ある低い声。暴力的な振る舞い。人気のない場所。これもう不良だな、間違いない。
番長張ってるタイプだ。クソ番長だな、クソ番だ、よし今決めた、そう呼ぼう。
きっと隠れてタバコ吸ってるかエロ本でも読んでんだろ。クソ番長め。
ま、もし本当にタバコだったらスプリンクラーが発動してるけど。
神座中央高校では全個室にウォシュレット完備。最新の消臭や消火システムが搭載されてるから、今時隠れてタバコ吸う奴なんかいねえわな。
ふっ、と一人虚しい笑いを残して早足に本当のパラダイスに向かう。
☆ ☆ ☆
俺が通う神座中央高校は正確には『神座中央学園高等部』という。
再開発で急速に発展を遂げる『カミザシティ』の象徴みたいなもんだ。
幼稚園から大学まで揃えている上に、研究施設や企業まで抱えていて就職すら一貫してる。高校だけで十数の学科があって専門ごとに別の校舎が与えられていた。農業科のための農地、工業科のための工場などなども揃っていて高校とは名ばかりの有様。
しかも特別な事情が認められない限り全寮制。男も女も関係なし!
科ごとに雰囲気を合わせた寮を用意しちゃう辺り、化け物さがよーく分かる。
その全てが同じ敷地内にあるんだぜ。東京ドーム何個分だか想像もつかないだろ。
完璧な手入れが行き届いた遊歩道をのぼっていき、斜面に建つ二棟の寮の間を通り抜ける。
左が普通科の一・二年生が使う男子寮。ガラス張りの渡り廊下で繋がった右が普通科の一・二年生が使う女子寮だ。昔は形ばかりの廊下で行き来が出来なかったらしいが、今の生徒会長の配慮で夜の七時までは自由に移動できる。
今もるんるん気分の男と女がちょうど真ん中にあるベンチで肩寄せあってた。
「リア充爆発しろ」
おっといけないいけない。さっきのことがあったから思わず口から出ちゃった。
坂をのぼりきった先、突き当たりの小さな公園についた。あるのは地味な花が植わっている花壇といくつかのベンチくらいで、俺以外に誰もいない。
ここもほんの数ヶ月前まではカップル達がイチャつく場所でしかなかった。
じゃあなんで今は寂れてて人がいないのかって?
答えは簡単。公園の片隅を占領して広がっている菜園のせいさ。
あれは園芸部の活動拠点であり、つまりは部の敷地。園芸部を作ったときに生徒会に申請したら案外すんなり通ったんだよね。
黙々と農作業をしている奴の近くで愛を語らいたい高校生なんていない。
別に立ち入りを禁止してるわけじゃないが勝手に遠慮してくれてる。
もしも無視してちゅっちゅしてるカップルがいたらそれとなく土をぶつけてやるけどな!
そんな菜園が俺の癒しの場、パラダイスだ。俺は園芸部の部長だから自由に出入りできる。
菜園と公園の境目には可愛らしい丸文字で『ゆにふぁーむ』と書かれた看板があった。
自分の名前をつけるほど俺は痛くないぞ。幽霊部員のセンスだ。少し気に入ってるのは内緒。
腕まくりをしながらこじんまりとしたビニールハウスの中へ。
そろそろニンジンが収穫の頃合だったはず。試しにひとつ、引っこ抜いてみた。
柔らかな土を払いのけそのままかじりつく。自分が手塩にかけて作った野菜ほど美味いもんを俺は知らん。がりっ、ぼりっ。この音もまた美味なり。
幸せな気分に浸りながら歯ごたえを楽しみつつ、鮮やかなオレンジ色を飲み込んでいく。
「おぅおぅ美味そうにできてるじゃあないか、由仁くぅん」
妙に間延びさせる独特な喋り方が飛び込んできた。振り返ると見慣れた巨体が。
「こんにちは、能木先輩」
「一本いいかぁい?」
有無を言わさず引き抜いて土ごと貪った。さすがっす先輩。
彼はゆにふぁーむを訪れる数少ない一人であり、農業科ではその名を知らぬ人のいない重鎮、能木陽(のうぎよう)さんだ。三年生だがもう二回りくらい上に見える貫禄がある。
日々の農作業で鍛え抜かれた筋肉は隅々まで日焼けしていてとにかく黒い。俺も背が高いほうなんだが、先輩はさらに頭ひとつでかい。だいたい190センチってとこかな。頭に巻いたタオルがトレードマーク。ニンジンを軽々と砕く歯は真っ白で光を浴びて輝いている。
暑さと爽やかさが絶妙なバランスを保っていた。
もりもりニンジンを食いながら隣までやってくる。刺激の強い男臭に目眩が……。
「うぅむ、由仁くぅんのニンジンは実にぃうまいなあ。さすがだぁ」
「ありがとうございます」
分厚い掌で背中を叩かれた。痛い痛いマジ痛い。けど恩があるから笑顔で耐える。
ある時、普通科で菜園をする変な奴がいると噂になった。そんときに様子を見に来たのが能木先輩。俺の農作業っぷりと嗜好を気に入ってくれて以来の付き合いだ。
長期休暇や試験期間なんかで面倒を看れないと、先輩が進んで管理をしてくれている。
でも春休みが終わって新学期が始まったばかりだし、菜園の様子を見に来たわけじゃないな。
いつもの快活な笑顔にも陰がある。悩み知らずの能木先輩に一体なにが!?
っていうほど良くは知らないけどね。野菜だけで通じ合う仲さ。
「耳に入れておきたいことがあってねえ」
硬い体が密着する。耳元で呟かれたもんだから生温い吐息がかかった。ぞくっと身震い。
能木先輩と言えば知る人ぞ知る『男好き』……身の危険を感じる。
「な、なんでしょうか」
しなやかさには自信があるので体を捻ってみたが先輩の体がでかい壁になっていた。
下手に足を横に出すとせっかく育てた野菜を踏み潰してしまう。万事休すか。
「近いうちに、生徒会長が抜き打ちで部活の視察をやる」
「えっ」
身の危険を一旦忘れて呆然。耳にしたくない言葉ナンバー3が部活の視察だった。
部活を作ったときに小耳に挟んだだけだが、生徒会は毎年気まぐれに各部活の視察をして『不適合』な部活を問答無用で廃部にするという。
膨大な生徒を抱える学校だけにいくら敷地と財産があれど限界が来る。
そのため定期的に入れ替えを行っているって話だ。うん、まあ、分かるけどね。
あーあ、ようやく用意した俺のパラダイスもこれでおしまいか。やばい、泣きそう。
部活の申請には最低部長を含めた三人の部員がいる。こうして園芸部の活動をしてるくらいだ、当然うちにもあと二人部員がいる。いるんだが、幽霊なんだよなぁ。
あいつらが土弄りしているとこなんて部長の俺でさえ一度も見たことがないもん。
さらっと見られただけで一発アウトでしょこれ。うつむいた俺の背中を厚い手が撫でる。
そんなに優しくされたら俺――おい待て、手が背中から尻に向かっていっているぞ!
鷲掴みにされるギリギリで先輩の魔の手から逃れた。抜け目のない人だなもう。
「落ち込むな、由仁くぅん。本当はよくないんだがなぁ、特別に視察の日を教えよぅ」
そういって泥だらけの作業着から一枚の紙切れを取り出した。
こう見えても能木先輩は農業科の頭として生徒会の役員も務めている。裏事情には詳しい。
真面目な人だからルールを破るマネは嫌がるはずだが、そこまでして俺のことを?
「いいんですか、こんなことして」
「なあに。教えるな、と言われているわけじゃあない。それに俺にできるのはこれくらいだぞぉ、由仁くぅん。視察から外してもらうようには口ぞえできんからなぁ」
「いや十分ですよ、ありがとうございます」
素直に紙切れを受け取って中を見た。げぇっ、あと三日でどうにかしろと!?
結局これバッドエンドルート直行じゃねーか。人生に使えるチートとかないのかな。
「また君の野菜を食べさせてくれよぉ。それじゃあ頑張ってなあ。がっはっはぁ」
「ハイ、ガンバリマス」
大手を振って出て行く先輩を外まで見送って深く頭を下げる。
カタコトになったのは『君の』に強くアクセントを置かれたからだ。
そういや今日フッた子の友達が「やっぱ噂通りホモなんだよ、きもーい」とかいってたっけ。
……うるせえ。俺は女の子が大好きだ!
ただ、ただ『処女』じゃないと体が受け付けないだけなんだぁっー。
されど魂の声は声にならず。虚しさに肩が落ちるばかり。
「みぃーちゃったぁ、みぃーちゃったぁ~」
聞きなれた猫撫で声がベンチの後ろから聞こえてくる。ぴょこ、とおかっぱ頭が飛び出た。
「あやしぃ二人を~みぃーちゃったぁ~。めくるめく愛の密会みぃっちゃたぁ~」
「いきなり出てくんなよ、びっくりすんだろ、多千夏」
くるくるくるくる器用に回りながらベンチに隠れきれる小さな姿が現れた。
彼女は普通科の二年生、噂の幽霊部員の一人目、百合多千夏(ゆりたちか)。ゆにふぁーむの名づけ親でもある。猫みたく愛らしく、すばしっこく、気まぐれでかなり『イタい』女の子だ。
丸っこい顔にパッツンヘアーが良く似合っていてだいぶ幼く見える。
肉づきの良い体とのアンバランスさがイケナイ感情を掻きたてるだろう。その筋の人は。
「あぁ、農業科の重鎮、むさ苦しく男らしい能木陽と、普通科イケメンのツートップが一人、美男子長角由仁、似ても似つかぬ二人の密会! 柔らかな土のベッドで二人は抱き合い、もつれあい、絡み合い、そしてぇ~ったぁいっ」
「妄想を口に出すな!」
すぱーんと平手で後頭部を叩く。触っても俺の股間に変化はなし。でも興味もなし!
多千夏は気軽に触れられる唯一といってもいい女の子でもあった。なんでかっていうと、彼女は『男同士』は好きでも、『男』は恋愛対象にならない。恋をする相手は『女の子』だ。
生粋のBL好きであり混じりっけなしのレズ。
お互いに守備範囲外だからこそ友達としてうまくやっていける。
もうひとつ、多千夏の面倒くさいところが――。
「んもー暴力はんたーい! 愛する一途くんに密会のことバラしちゃうぞ~」
「密会じゃねえし一途を愛してなんかいねえよ!」
「またまたぁ。嫉妬で荒れ狂う一途、二人の間で揺れ動く由仁。ああだが彼らは離れられない。お互いの蜜の味をっもがっもがががっ」
「あー少し黙れ」
こいつは男同士がいるのを見るとすぐ自分の妄想世界にどっぷり浸かる。
それだけならご自由にどうぞってもんだが、タチが悪いことに全部口からだだ漏れなんだよ。
おかげで周りはどん引き。浮いちゃうから友達ができずぼっちでいるところを、部員集めしていたときに声をかけたのが知り合ったきっかけ。
俺ともう一人の幽霊部員が引かないからって遠慮がねえ。
最近じゃこうして強引に口を塞いでいる。他人が見たら、通報もんだよ。
しばらくもごもごしていたが諦めたのかようやく黙る。手を離すとぜえぜえ息を吸った。
「こりたか」
「はぁ、はぁっ……今ね、能木先輩が由仁くんを押し倒して――」
こいつの頭ん中で俺は丸裸にされて……もういやっ、これ以上は聞けない聞きたくないっ。
耳を全力で押さえつけながら俺は一途を探すことにして歩き出した。
多千夏は細めた目をキラキラ輝かしながら猫背を真っ直ぐ伸ばしてはしゃいでいる。
無駄に声がでかいからいやでも聞こえんだよなぁ。
でも、能木先輩のあの優しさや俺に触れる手つきは本当に本当は。
ぶんぶんと頭を振って忍び込んできた妄想を追い出しながら、多千夏に向き直った。
腕を掴んで引き寄せる。むにむにした柔肌にドキっとしないと言えばウソ。
「一途どこにいる? 部活のことで大事な話があんだけど」
「さあねえ~。多分女の子に追っかけ回されてるんじゃないの。はっ、そうか、由仁くんはこれから愛する一途くんを救い出しにいくんですね!? ナイトだ、ああ、白銀のナイトと捕らわれの男姫ッ。美男子と美男子の濃厚なトゥルーラブストォーリィ~きゃー大好物ぅ!」
「お前にも関係あっから一緒にこい」
再びくるくる回りだした彼女の手を引っ張って連れて行く。
まるでコマを散歩しているみたいだ。相変わらず妄想垂れ流しだし。自重しろ。
☆ ☆ ☆
普通科校舎の正面玄関に男なら飛び込まずにいられない人だかり。
手招きするようにふわふわ揺れるチェックのスカート、ミニスカート、超ミニスカート!
どいつもこいつも短すぎる。なのにギリギリ見えそうで見えないもどかしさ。
黄色い声とスマホのシャッター音が混ざり合って爆発していた。
きゃあきゃあパシャパシャ。きゃあパシャパシャ。
アイドルの出待ちってこんな感じなんだろうなーと遠くから見守っている。
多千夏は涎を拭いながら駆け出したい気持ちを必死に抑えているようだった。
女の子が大好物だから目の前にある大量のエサに飛びつきたいんだろう。
よしよしと頭を撫でてみるがぞんざいに振り払われた。ひどい。
二分くらいすると女子と女子の隙間から一人の男子生徒が飛び出した。羨ましい、いや、怨めしい。彼はこちらに気づくと全力疾走で向かってくる。追撃する女子軍団。
あんなのにもみくちゃにされてみたいもんだ。男子の夢だろ、夢。ハーレム。
猛烈な勢いで走ってくるのが学園一の美男子と評判の明日葉一途(あしたばいちず)その人だ。ぱっと見では地味な苦学生にも見える。
美容院とは無縁のぼさぼさに伸ばした黒髪に太い黒縁眼鏡。ちなみに伊達なんだぜ、あれ。
背丈はほどほどだが体は引き締まっている。全体的にスタイルが良くて、顔立ちも整っていた。どんだけ本人が無造作を気取ろうとも、ダサく見えるように伊達眼鏡をかけようとも、素材が一級品だとぜーんぶ逆効果。
ぼさぼさヘアーは自然体でカッコイイ!
伊達眼鏡は親近感を持ててステキ!
ズボンからはみ出たしわだらけのシャツは母性本能をくすぐられてイヤン!
イケメンに目が眩んだ女子の思考回路なんてこんなもんさ。
美少女を選り取り見取りできる立場なクセにこともあろうか一途に彼女はいない。
なぜならば。
一途は俺らの前まで来ると立ち止まって肩で息をした。
後ろから迫り来る女子が奪わんと狙う唇がへの字に曲がり、開口一番。
「あのクソビッチどもふざけやがって!」
「どうどう、聞こえるぞ」
「知るかよ! どいつもこいつもべたべた触りまくりやがって、だからビッチなんだ、死ね!」
これだよ。稀代のイケメンくんの正体はあろうことか重度の『処女厨』で『二次元オタク』。
何かとあればビッチビッチと暴言を吐きまくる。相手が本当にそうなのかは関係ない。彼にとって三次元の女はごく一部を除いてもれなくビッチなのだ。特に自分を好む連中は。
モテ続けた結果、女子の闇を垣間見てしまったという噂が流れるくらいだ。
女子に対して嫌悪感丸出しだし、暴言も吐くのに、どうしてか嫌われることはない。
いや本当は知ってるよ。イケメンは正義だってね。
荒々しさはワイルドという表現で好意的に解釈され、追いかけ回す原動力に変わる。
こんな体でさえなければ喜んで盾になってやるんだが、いかんせん俺もねぇ。
「あぁっ、あぁぁっ~! 愛する二人の行方を阻む、女、女、女。誰に理解されずとも、二人の間には海より深く、空より広い愛があるぅ。さあ由仁よ、一途の手を取って最果てへと逃避行をするのだ。誰もいない場所で、甘く、熱く、とろける愛を育もうぞぉ~!」
「こいつはあきねーな」
女の子から俺ら二人に標的が移り、多千夏が妄想の世界へレッツゴー。
俺よりもドライな一途は怒ることもせず呆れて頭を軽く小突いただけだ。
「ああ、そうだ。お前ら二人話が」
言いかけて言葉を呑む。諦めていない女子の軍団が土埃を巻き上げて急接近!
警報警報ッ。このままでは俺も巻き込まれて股間のアレがアレでアレになってしまう。
一途も気づいて振り返った。きゃあきゃあいいながら近づく女子に唾を吐く。
まだ距離があるから届かないけどなんてやつだ。さらに一言。
「ビッチがっ」
「とにかくどっか落ち着ける場所に」
「あっ今日新作の発売日じゃん。やっべ、急ぐぞ、由仁!」
「はあ!? お、おいひっぱんな――」
「きゃあああっ、今度は一途くんが攻めで由仁くんが受けなのね!? そうなのね、そっちだったのね、私ったら早とちりテヘ。積極さに欠ける由仁に業を煮やして、強引にその体を奪いにいく一途ッ。ああ、イイ、すごくイイ展開じゃ~ん」
奪わせねえよ!とツッコミを口に出す暇もなく多千夏の小さな姿がどんどん縮んでいく。
その場で悶えているから女子軍団の足止めに一役買っていた。ナイス、じゃなくてさ。
野郎と手をつなぐ趣味はないので一途の手を払ってとりあえずついて行く。
あの真剣な形相。声をかけるだけ無駄だってはっきり分かんだね。
結局流れでカミザシティを横断するモノレールに飛び乗ってしまった。学生証が定期を兼ねているから自然と入れちゃう。
席に座って深呼吸。ようやく落ち着けた。
基本的に神座中央学園の関係者しか使わない駅だからガラガラ。周囲に女の影はなしっと。
「なんだよ急に。俺、部活のことで大事な話があるんだけど」
「はあ? 部活のことなんて知らねーよ。お前が部長なんだから勝手にしろ」
こんなクソ自分勝手な奴のどこが良いんだ。女心はわかりませぬ。
だいたい部活がなくなったら困るのは一途も多千夏も同じだぞ?
神座学園高校の規律の一つに生徒は『必ず部活か委員会のどちらかに所属すること』というものがある。必ず、だ。例外は許されず、よって帰宅部なんて生易しいもんはない。
まあサボったりゴマかしたりで似たような奴はいるけどな。こいつとかあいつとか。
でもそれだって俺が部長の園芸部だからできることだ。
一途ときたら女子と見れば『ビッチ!』と断定して拒絶するし。
多千夏ときたら男が二人いたら妄想せずにはいられず喋らないと死んじゃうっていうし。
よーは。二人ともコミュ障みたいなもんで、ほかの部活や委員会でやってけるわけがない。
だからやる気もない園芸部の幽霊部員になったんだろ。思い出せ。
え? 俺はどうなんだって? ……同然、行き場を失くしちまう。むしろ俺のショックが一番大きいだろ常識的に考えて。ああ、菜園(パラダイス)が没収されるなんていやだ!
そんなことを上の空で考えていたらスネを蹴り上げられた。
「いってぇな!」
「おい聞いてんのか、俺の話。今日はな、“ヴィア”の最新アルバムの発売日なんだよ。し・か・も、ライブDVD付の限定版だぞ!? 売り切れたらどうするんだバカヤロー」
「んなこと俺が知るかっ。一人で買いに行けよ」
「そりゃあお前さ、なあ?」
すっと差し出される掌。くいくいと二度三度閉じたり開いたり。
なにかねこの卑しい手つきは。物欲しげに見上げる伊達眼鏡の奥の瞳は。
女の子ならイチコロな甘い視線がこの俺に効くとでも?
俺はケツのポケットに入れっぱなしだった古い飴玉を落としてやった。
「ちげえよ! 頼む、か」
「やだね」
投げ返された飴玉をキャッチしてまたポケットに捻じ込む。次はいつ出てくるやら。
そもそも最初から勘づいてはいた。イケメンに反して重症患者なほど二次元が大好きな一途は、やたらアニメのDVDだのブルーレイだのフィギュアだのなんだのを買い漁っていた。
バイトしてるわけでもあるまいし、仕送りが多くてもいずれは足りなくなる。
底を尽くたびに貸せ貸せ言われたら嫌でも分かるわ。
律儀なところはあるからちゃんと返してもらってるよ。
だからって毎回甘やかしていたら一途ちゃんの教育によろしくないからね、オホホ。
「なあなあ頼むよ、な? 今手元にないんだよーすぐ返すよー」
「おろせばいいじゃん」
「時間がもったいないだろ、売り切れたらどうすんだ!? いいかお前、ヴィアちゃんはなぁ」
あーはじまった。大好きな二次元を語らずにはいられない病。
多千夏とどっこいどっこいだよ。延々と続く『ヴィア』の情報を右から左に聞き流しつつ、窓の外に広がる高層ビル群をぼけーっと眺めた。再開発ってすげー。
ヴィアっていうのは今流行りの『ヴァーチャルアイドル』の名称らしい。それなら『ヴァア』じゃねえかって笑ったら膝を折られかけたので二度と言いません。
一途曰く、ヴィアは『永遠の処女』らしい。そりゃそうだ、ヴァーチャルだもの。アホくさ。
俺を説得しようと差し出したスマホを見ると目に痛いくらいド派手なピンクな髪と同色のドレスを着た女の子がウィンクをした。精巧な3Dモデリングにより生身に近く、それでいて二次元の境界を越えない質感を再現。最新鋭人工知能による自然な会話まで出来るんだってさ。
二次元界の歌姫であり踊り子であり天使であり……と語り終える前に駅に着いた。
「頼む、頼むってば、この通り! 神様仏様由仁様! ヴィアちゃんの素晴らしさがお前だって分かっただろう!?」
「離せっ、離せよ、恥ずかしいだろ」
シャツの裾を掴んでずるずる引きずられる一途に注目が集まってしまう。
男は『うるさいクソガキが何やってんだ死ね』っていう殺意を向けてくる、女は『なにあの子ちょっとヤバくない』とスタホを取り出す。一緒になると保護者になるしかないんだよな。
「わーったよ貸してやるって。そのかわり飯おごれよ」
「すぐ返すんだから別にいいだろ。ケチかお前は」
甘くするとつけあがるんだから。差し出された手にチョップをかましてホームに戻る。
「じゃ俺帰るから。あとで部屋来いよ。部活の話するぞ」
「すいません、すいませんでした! おごります、おごりますから早く!」
「……ほんと、なんでこいつはモテるんだか」
「生まれついてイケメンだからな。悲劇だぜ」
ふっと自嘲の笑みとでもいうべき顔をして颯爽と走っていく背中を睨む俺。
自分でいいやがったぞあいつ。自覚はあるんだな。むかつく。
んで押し切られちゃう自分にも嫌気がするね。甘いんだよなー俺ってば。
☆ ☆ ☆
もじもじしながら八階建ての複合オタクショップ向かいの駐車場で待つこと三十分。
なるべく視線を避けながら股間の角を押し込む。静まれ、俺の角よ!
一途と一緒に店内に入ったまではよかったが、狭い店内にひしめきあうオタクの群れ。仲にはコスプレイヤーの可愛い女の子もそりゃいますよね。
で、俺がこうなったってことはお察しだよ。オタクだってリア充だ、ぺっ。
金を押しつけて外に出てきたんだが、遅いな。結構人いたし、こんなもんかね~。
少しずつほっこり顔のオタクたちが吐き出されてきた。その中にいたいた、イケメンくん。
「おーい、こっちだ」
手を振ると今まで見たことのない優しい笑顔で大事そうに袋を抱え込んでいる。
目の中にハートが浮かびそうな満面の笑みが、逆に怖い。
「買えたんだな」
「ああ、助かったよ、ありがとう。最後の一個だった。さ、帰って見るぞー」
何事もなく駅に向かおうとする一途の襟を逃がさすキャッチ。リリースはせんぞ。
かるーく首を絞めてやる。ギブギブと腕を叩いてきたので隙を見て袋を奪った。
「てめえ何しやがる、ぶっ殺すぞ!」
「おっとこいつは人質だ。いやモノジチか? まあなんでもいい。ちゃーんと金を返して飯をおごるまでは預からせてもらう」
「友達が信用できないっていうのか?」
「普通に帰ろうとしたクソヤローはどこのどいつだっけ」
きゅっと袋を締めつけると一途が悲鳴をあげた。ははあん。こいつの弱点めっけ。
俺は悪魔じゃないのでほどほどでやめてやった。うわ、泣きそう。
「分かったからやめてくれ。大人しく要求に従うっ」
「それじゃあ俺が悪役みたいだろ」
「モノジチ取るやつが正義の味方なのか?」
「うーん一本取られた。とにかく腹減ったよ。なんか探そうぜ」
「そこに牛丼屋が――」
「却下。ファミレスもファーストフードもダメ。さあ、行くぞー」
「俺のわずかな残金が……」
歯を食いしばって金をおろす背中は哀愁があって面白かった。あとで多千夏に教えてやろ。
カミザシティは再開発の手が進み、一箇所で終生を暮らし楽しめる街のモデルシティとして発展を遂げた。おかげで最新の技術が優先的に流れてくるし、ありとあらゆるものが揃っているしで町の外に出る必要がないくらい。
さっきまでいたのはオタク系のショップやメイドカフェなどの要素が詰め込まれた通称オタ区画。今向かってるのは飲食街ってところ。
和洋中はもちろんファミレスから高級料亭までなんでもござれ。
さすがに系統別に区画整理はされているが気ままに歩くだけで何でも食べられる。
中途半端な時間だから目につくのは同じ学生ばっかりだ。
うちの制服を着ているグループが多い。他にも学校はあるんだけど規模が違うからな。
さっきからチッチッチッチッ傍で舌打ちが聞こえるのは一途が不機嫌なせい。
金を渋っているわけじゃない。自分に群がってくる好意の視線に苛立ってるんだ。
学生が多いっていってもほとんどが女子グループ。男子はゲーセンにでも行ってんのかね。
さも当然の権利が如くスマホを取り出しては一途の顔を『露骨』に盗撮した。
俺も自分のスマホを取り出してSNSサイト“ウィスパー”を開く。
これは地域に特化したSNSで細かく地域を設定することができる。それこそ番地まで。そこから近い地域の人間同士を繋ぎ合わせて、周囲の情報をピックアップ。全世界に広がるネットにありながらあえて地域に絞った独自性がウケて大ヒット。
そりゃあ知らない町より地元の話のほうが気になるもんな。
で、一途と出歩いたときは大抵――あったあった。
既にウィスパーで一途の顔写真がバラまかれている。さっきの盗撮女子がささやいたとおぼしきコメントがこちら。
『やばい一途くん発見! 超イケメンでやばい!』
写真に関していえばこれでもないくらい不機嫌な顔をしているが見えてないんだ。
次々アップされる写真と返信のコメント。忍び寄る女子の足音に一途がポロリ。
「クソビッチが、張り倒すぞ」
「やめやめ、逆効果だって。あいつらはお前に押し倒されたいんだから」
「だからビッチはクソなんだよ。俺は逃げるぞ由仁。止めてくれるな」
言うなり身をひるがえして路地に飛び込んだ。あっ、と声をあげて女子グループが追う。
そう、いいよ。俺は無視ね、完全に無視なんだ。あっそ、ふーん。興味ないし。
言葉とは裏腹に指がスマホをなぞる。あっ、俺の写真も流出してる!
クソームカツクナーショウゾウケンノシンガイダゾー。
にやつくほっぺを持ち上げならコメントをちらりと覗き見た。
『こっちにもイケメンがいた! 目が赤くてうさぎみたい』
あ、うん。草食なのは合ってるけどうさぎね。まあ髪白いからしょうがないよね。
さらに次のコメント。
『でも一途くんのがカッコイイよねぇ。あ、逃げちゃった。追いかける!』
『そうだね!』×48。
この、そうだね、っていうのは同意を示したときに押すボタン。
おっかしいなー空が滲んで見えるぞー。すげえいい天気なのに、雨降ってる?
虚しくなった俺はスマホをポケットにしまって一途に奢らせる店を探すことにした。
たっかいところにしよ。これはささやかな復讐、という名の八つ当たりである。
☆ ☆ ☆
名店というのはいつだって、どこだって、路地裏にある。
夕方によくやってる料理店を紹介する番組だってそうだろ?
味は一流、値段も一流。だからこそ人目を避ける。俺には、分かるぜ。
得意気な顔でひと気のない方へ足を進めてみたものの一軒も開いてない。
だってここは居酒屋通りだもの。マヌケさ加減に溜息が漏れちゃうわぁ~。
ぐーぐーなるお腹を撫でながらぐったりと下を向く。
落ちた視線の先で風に揺れる雑草。瑞々しく青々しい。う、美味そう……。
「ごくり」
唾を飲む音の生々しいこと。俺は導かれるように雑草の前にしゃがみこんだ。
雑草という名の草はない。そんなことは知ってるが、この草が何かは知らない。まあ街中に生えるような草に毒気があるもんなんて、ないだろ。うん、きっとない。
勝手に納得しておもむろにぶちり。引き千切った草を口の中に放り込む。
むしゃむしゃむしゃ。苦味と青臭さが口の中に広がった。この味こそが自然の味!
雑草をむしるのに夢中で痛々しい視線に気づくのが遅れた。はっと右を見る。
「こんに」
言い終わる前にお店の前に立っていた女将さん風の女性はドアを勢いよく閉めた。
間違いなく変人を見下す目だ。頬がひくひく痙攣してたもん。
通報されても文句はいえないので素早く退散。あーあ、またやっちまった。
俺は小さい頃から庭に生えている草や道端の草を無造作に食んでいた。ほとんど無意識で、本能がそうさせる。小学校の頃、体育の途中でお腹が空いたからってそこらの草を食べたときのクラスメイトと先生の目……忘れられない。
この習性を目の当たりにして去っていた女の子や友達は数知れず。
一途や多千夏をバカにすることはできないよなぁ。
そういや一途はどうしてんだろ。無事に逃げられただろうか。
確認しようとスマホに手を伸ばす。そのとき、言い争う男女の声が聞こえてきた。
「……めて」
「いい……」
ふむ。怪しい雲行きだ。耳を澄ませてみると一本向こう側の通りにいるらしい。
店と店の間にどうにか通り抜けられそうな細い路がある。俺は躊躇なく踏み込む。
足元に転がるゴミ袋を蹴り飛ばし、うろうろするネズミを追い払う。
俺の中に潜む悪魔と天使が耳元でささやいた。
女の子を助ければムフフな展開になるかもしれないぜブラザー、と小悪魔。
困っている女の子を見捨てては人にあらず、助けましょう兄弟、と小天使。
あれこいつら悪魔と天使なのに意見一致してんじゃん。
ようやく出口が見えたと思ったら張り出したパイプに引っかかる。
「ぐう」
「なんだよ、お前」
ごもっともです、チャラ男Aくん。ヒーローにしてはダサすぎるよ。
素直に回り道すればよかった。反省しつつ状況確認。
人通りの少ない路地でウチの制服を着た女の子を囲む三人のチャラ男たち。Aは濁った金髪、Bは汚い茶髪、Cは伸びた黒髪。シャツははだけているし、ネックレスやピアスはしているし、古典的だった。最先端を行くカミザシティでは珍しいレトロ不良だ。写真撮りたい。
「よいしょっと」
にらまれているけど無視してどうにか通りに飛び出す。ふう。
汚れを手で払いながら咳払いをひとつ。では改めまして。
「彼女、嫌がってるだろ。やめろよ」
「プッ何かっこつけちゃってんのこいつ」
「ぎゃはははは、だせえ!」
BとCが腹を抱えて笑う。頬がぽっと赤く染まった。うっせーなー。
情けなさを噛み締めながら女の子を庇うように前に出た。ちらりと流し目。
……なんだ、一途が言うところの“ビッチ”じゃん。
大胆に開いた胸元からは豊満なバストがこぼれそう。赤いブラ紐が見えちゃってますよ?
スカートは膝丈の半分くらいか。風が吹いたらチラじゃ済まないな。生足が眩しくて直視できません。代わりに顔を見よう。化粧は意外と控えめだ。
ただ肩にかかる茶髪をかきあげる指には、極彩色のネイルがキラリ。
こいつは非処女だ、諦めろ、と小悪魔。
情けは人のためならずですよと小天使。
どうみても不良くんたちのご同類だけど同校生を見捨てるわけにはいかないわな。
不審者に向ける眼差しから顔をそむけながら女の子に声をかける。
「ここは俺に任せて行きなよ。からまれてんでしょ」
「まあそうだけど。あなたは、何?」
「何って……正義の味方、かな」
「ざけてんじゃねえぞ!」
まあふざけてるよね。不良Aが問答無用とばかりに掴みかかってきた。
鉄分が足りてないなあ。野菜食え、野菜。と思いながらさっと横に避けて足払い。
すってんころりんAくんは無様にもゴミ袋の山に突っ込みました。くさそう。
「ほらいまのうちに。俺なら大丈夫だから」
「てめえ!」
BとCも向かってきた。手をひらひらさせていると、女の子はこくりと頷いて俺が出てきた細い路地に体を捻じ込んだ。ああ柔らかそうな二つの丘が潰れてなんかこうあれな感じに。
うっとりしちゃったせいで拳をもろに顔面に貰った。おお神よ、これが天罰か。
続いて太ももを蹴られた。残念、頑丈さには自信があるのだ、特に足は。
「ってぇ、なんだこいつ!?」
蹴りを入れたCが痛みに顔を歪めながら片足でぴょんぴょん飛び跳ねてる。
最初の一発で唇が切れたみたいだけど指先で血を拭ってる間に痛みは消えた。
不良三人組は恐る恐るといった感じで後退し始めている。不気味だろ?
「うちの生徒に二度と手ぇ出すなよ。失せな」
「くそっ! 覚えてろ!」
テンプレな捨て台詞を吐いて不良は逃げ出した! ふん、絵に描いた小物め。
かくいう俺もくっさいこと言っちゃった。ハズい。一途の影響だな。
誰もいなくなって思う。なーにやってんだ俺。
はっきりいって助けに入ったのは下心ありき。すいません。
可憐な少女を悪漢から颯爽と救う長角由仁。その勇姿に惚れずにはいられないっ。
『助けてくれてありがとうございます、抱いて!』
という桃色妄想は弾けて消えた。チャラ男とチャラ子のいざこざは興味ないわ!
派手な髪色のせいで覚えられちゃいそうだしなぁ。絡まれたら面倒だなー。
そんなことを思う自分の情けなさに嫌な気分になる。行動原理が性欲だけか俺は。
何気なく空を見上げた。一面の青、輝く太陽、泳ぐ雲。心が洗われるね。
そうさ、理由はどうであれ俺は女の子を助けたんだ。
やらない善よりやる偽善ってどっかの誰かが叫んでるんだからいいじゃん。
大事なことなので二回思いました。
しみじみしているとポケットの中のスマホが震えだした。なんだよこんな時に。
画面には『明日葉一途』の文字が。あ、忘れてた。
『おい由仁! お前どこにいんだよ!?』
「黄昏れてたよ」
『……は? 厨二病にでもかかったか』
「そうそう。まさにそれ。ギャルっぽい女の子がチャラ男に絡まれててさ。助けたところなんだよ。こう、ロマンスでも起きないかな~と思って。やっぱ俺ってサイテーかなぁ」
『ああお前はサイテーだよ。んなことより俺を助けろ、俺を!』
一途の怒声の節々に黄色い声が割り込んできていた。どうやら追い詰められているらしい。
助けたいのは山々だけど間違って触ったら俺の股間がおかんむりだしぃ。
なんて言えないので代替案を提示。
「しかたないから寮に帰るか」
『そうだ、それがいい。最初からそうすりゃ、クソッ。あんのクソビッチども手を組みやがった……囲まれたっ。やべえ俺の貞操がやべえよ、助けろ由仁!』
「俺先に帰ってるわ。今度ちゃんと奢れよ」
「おまっ、このひとで」
ピッと無慈悲に切ってやった。あいつはあれで体鍛えてるからだいじょーぶ。
なんか自分の浅ましさを思い知った気がして沈んじゃうなー。
俺だって『処女』か『処女』かで判断なんかしたくないんだ。多分きっと恐らく。
一途とは違うと思っている。確信は、ない。けどこれは血の宿命であって――。
「はあ。彼女欲しい」
まあ結局はこれなんだよな。しょうがないじゃん、思春期だもんね。
☆ ☆ ☆
「ハメんなよ! さっきからずるいぞ」
「ハメてねーから。お前が下手クソなだけだ」
「え!? ちょっと、どっちがハメるの!? ハメられちゃうの!? きゃぁ~私の前でそんなだいたぁ~ん、でも激しいのも嫌いじゃないから、どんどんヤっちゃっていいよ?」
「あのさ、お前ら話聞いてた? このままだと園芸部廃部になるんだけど」
「あぁ~クソッ、やってられるかこんなもん」
俺の部屋に集うは幽霊部員の一途と多千夏。三人集まっても文殊の知恵は出ず。
隅っこに追いやられた古い型のテレビの小さな画面に1PWIN!の文字が輝く。
三戦全敗の一途はふてくされてコントローラーを壁に投げつけた。子供かっ。へこんだら俺が弁償させられんだぞ。
多千夏はベッドに上がりこみ、枕に顔を埋めて両足をばたばた叩きつけている。
あんまり激しいから白と青の縞々が垣間見えた。慣れたもんで気づかないふり。
口に出すなと言われたからか枕に向かって叫んでいる。聞こえないけど、お前の涎で俺の枕が……その筋のやつに売りつけるぞバカヤロー。
部活の行く末について話し合うつもりで二人を呼び出したのに、このザマさ。
テーブルの上には校内にあるコンビニで買ったお菓子やおにぎりが散乱している。
どうせ片付けるのは俺なんだよなぁ。
「なにやってんの」
一途がプレイボックス4からストリートマスター7のディスクを抜いて代わりに何かを入れた。すぐに軽快なサウンドと電子的な美声が大音量で響く。
「BGMあったほうが盛り上がるだろ?」
「お前が聴きたいだけだろ、それ」
奴の手からリモコンをひったくって一気に音量を下げる。これじゃ話せないわ!
「アップテンポな曲をバックに激しくバックですね!? 大胆ですなあ」
「なあ少しは真面目にやれよ。廃部になったらお前らだって困るだろうが」
呆れながら大好物のサラダロールを手に取る。慎重に海苔を外して丁寧に巻く。
ここがうまくいかないと全てが台無しだ。野菜のしゃきしゃき感と濃厚なマヨネーズの酸味と甘味のコラボレーションは筆舌に尽しがたい。太巻きを頬張る俺を、多千夏が凝視する。
「なんふぁ?」
「にひひ。そうやって一途くんのモノも咥えてるんだね。やっらしぃなぁ~」
「ぶぼばっ」
半分まで一気にかじりついていたのが仇になった。強烈なボディブローを食らって散弾銃のようにご飯と具が吐き出される。さすがに反則技だろそれ!?
一途ときたら冷静そのもので心底うっとうしそうにこちらを見ながらおにぎりを食べている。
「きたねえな。ちゃんと拭けよ」
「ああ悪い……ってここ俺の部屋だからな!?」
「まぁまぁお茶でも飲んで落ち着いて。で、どんな具合です、彼のモノは。ひひひ」
ベッドから身を乗り出した多千夏がこーいお茶を取って渡した。
顔の近くで囁かれた言葉に今度は耐え切ってゲンコツを一発おみまい。これでこいつが非処女だったら毎回えらい目に合ってるな。
「お前は平気なわけ?」
「俺らだって女の子で妄想すんだろ。それと同じだ」
「その通りでーす! 妄想は男の子の特権じゃないんだぞー!」
なぜ俺は孤立してるんだ。ま、まあ確かに一途の言うことも一理ある。
男子ともなれば同級生をオカズにすることだって、なあ?
つーかみんなの前で口にする奴はいないだろ。疑われて嫌われてぼっち一直線だぞ。
あ、そうか。だから多千夏は友達いないんだった。点が繋がって線になった。じゃなくて!
「俺とお前がホモだって噂の原因もこいつだしな。もう慣れた」
「えへへ。熱く語っておきましたぜ!」
ぐっと親指を立てて誇らしげに胸を揺らす多千夏。可愛いのは可愛いんだよなぁ。
当人のひとりがこれじゃあ噂が長引くのも無理ないぜ。俺はもう何も言うまい。
そもそも! 今回は部活について話すために集まったんだ!
「よく聞け。生徒会の視察はヒジョーに厳しいと評判だ。園芸部がちゃんと活動してるってところを見せなきゃ一発アウト。分かってるよな?」
「知ってる知ってる。友達のBL同好会も廃部にされちゃってさ。理解ないよねぇ」
「そもそも同好会は許可得てないだろ、自業自得」
「なんですとぉー!」
「なんだよ」
キーキーじゃれあう一途と多千夏を引っ剥がす。聞き分けのないガキめ。
「廃部になったら別の部活か委員会に参加しなきゃいけない。お前らはそれでいいのか、ん? よそでやっていけるのかね、キミたちは。どうなんだね」
「まるで俺と多千夏がコミュ障みたいな言い方だな」
「そうだそうだ、失礼だぞー」
はあ。頭がいてえ。こいつら自分のことが分かってないのか。
園芸部が出来る前は二人とも当然、違う部活に所属にしていた。一途はオタク系の部活にいたらしいが、あまりのイケメンぶりに居場所がなくなったと聞く。多千夏は妄想癖を包み隠さなかったためどん引きされて追放されたらしい。
俺もヨソでやっていける自信はない。こんな気さくな変人はこいつらくらいだろ。
園芸部がなくなれば三人で過ごす時間も減る。居場所のない場所で過ごす苦痛といったら。
黙ったまままじまじ眺めていると、二人とも事の深刻さに気づいたらしい。
「まあでも、違うとこ探すのも面倒か」
「二人のラブストーリーは私の生き甲斐だよ!?なくなるなんてありえないですゾ」
「だろ? 三日後に視察があるから、ちゃんと来いよ」
言いながらスマホにメールを送っておく。すぐ忘れるからな。
具体的に何をどうするかまで煮詰めたかったが期待するだけヤボだったらしい。
もう一途は話すことがないとばかりにリズムに合わせて体を揺らしてる。
多千夏は自分のカバンからお気に入りのBL小説を取り出して読み始めた。
お前ら、ここは俺の部屋だからな!?
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