顔チート転生

ラ王

プロローグ あるブサメンの死

 通学路で女子グループの横を通り過ぎようとしたところで、彼女たちの会話が耳に入り込んできた。


「危ねっ、東野に接触するところだった!」

「うっわ、セーフだった? まさか当たってないよね!?」

「だいじょぶだいじょぶ、ギリギリセーフ!」

「にしてもさあ、ブサメンは三日で慣れるとかいうけどあれ嘘だよね、あたし東野の顔、四月から何度も見ても気持ち悪くなるもん」

「ねー、ほんとにいるんだあんなキモ男って感じ」

「不細工があたしらと同じ教室で同じ空気吸うなっての!」

「ねー!」


 歩調を速めたので会話の後半はあまり聞き取れなかったが、おおよそこんなところだろう。


 どうやら俺は不細工、ブサメンに分類される人間らしい。


 思えば昔からこうだった。


 幼稚園のお遊戯会では、ペアを組んだ女の子にほぼ百パーセントの確率で泣かれてしまい、俺だけ先生と一緒に踊る羽目になった。ついでにその若い女の先生もちょっと顔が引きつっていたように思う。


 小学校低学年の頃は、席替えで俺の隣になった女の子にほぼ百パーセントの確率で以下略。担任は厳しい人だったので「東野がキモいから嫌だ」という理由での席順の変更を認めなかったが、毎日ずっと涙目で睨まれ続けた俺もたいがい針の筵だった。


 小学校高学年の頃から嫌がらせがあからさまになってきた。靴やランドセルにゴミが入っているなどザラ、「東野にいきなり叩かれた」と女子に濡れ衣を着せられそうになったことも一度や二度ではなく、加えて担任に説教された女子たちの恨みはますます俺に向かうのだ。


 中学校時代がいちばんキツかった。恋に恋する女子中学生にはモテない男などいくらでもおもちゃにして良い存在のようだから。それでも男子しかいない剣道部に入ったので、部活の時間だけは心穏やかに過ごせた。県大会上位まで進んでも女子の応援などとは無縁だったが。


 高校は男子校に進みたかったが、通学可能域にあった唯一の男子校が共学校になってしまった。しかも制服が可愛いとかで入学してみたらむしろ女子のほうが多かった。彼女たちの態度は冒頭参照。


(……別に、今に始まったことじゃないさ)


 俺とて何もせずにただ女子に罵倒されていたわけではない。


 幼稚園や小学校低学年の頃はともかく、顔のせいだと理解できるようになってからは、姿勢や丁寧な話し方を祖父に習って実践してみた。髪もきちんと整えて、服もなるべく清潔を保つようにして、汗臭さが目立たないようにして。女子が困っているところに出くわせば積極的に手助けするようにもしてみた。


 だが女子たちの目線がまったく和らぐことはなく、むしろ「オシャレ気取りキモっ」という反応が返ってくるだけだったのだが。


「おう、東野!」


 ……と、物思いにふけっていた俺は肩を叩かれて我に返った。


「これから部の奴らとカラオケ行くんだけど、お前も一緒に行かね?」


 声をかけてきたのは剣道部の友人だった。この顔のせいで人見知りしがちな俺を何くれと気に掛けて誘ってくれる、俺には得がたいほどの友人である。いつもならば一も二もなく頷いていたのだが、


「悪いが、今日は祖父さんの道場に……」


 俺は足を止めて振り返りながら答えた。誘ってくれるのはありがたいが、今日は剣道師範の祖父が稽古を付けてくれる日なのだ。また日を改めて──……


「────!!」


 そこで俺は目を見開いた。


 俺の視界には部の友人、そしてやや離れた場所にさきほど追い越した女子三名。女子たちは話に夢中になっているのか車道にはみ出しているのに気付いておらず、──そこに車が急速に近づいてくる。


(あの車……)


 まったく減速する気配がないし、ふらふらとしてどこか危うげだ。まるで通学路を歩く高校生たちの姿がまったく見えていないかのような。


「危な──……」


 とっさに声を上げたものの、彼女たちは目もくれようとしなかった。


 それはそうだろう。女たちにとって俺の存在はどうでもいい以下だ。俺の声など塵芥にも劣るのだ。彼女たちが俺に耳を傾けず、そのせいで事故に遭ったとして、それは彼女たちの責任だ。俺のせいではない。俺は注意を促したのだから。


 ……でも。


「くそッ!!」

「あ、おい東野!?」


 俺はほとんど無意識のうちに駆け出していた。


 昔、泣くばかりの幼い俺に祖父は言ったものだった。


 ──本当に悲しいのは、顔ではなく姿勢が醜くなることだ。拗ねて背の曲がった色男よりも堂々と背筋を伸ばした醜男ぶおとこのほうがよほど良いものさ。人を恨まないのは辛いことかもしれないけれども、己を恥じなくてはならない真似はするな。そうすれば真っ直ぐにしていられるから。


 俺はブサメンだ。それは認めよう。

 だがそれでも、だからこそ、心まで醜くなりたくはないのだ。


「きゃっ……!?」

「アンタなに……」


 女子たちのもとに駆け寄って歩道の端に突き飛ばす。

 だが、ほっとしたその一瞬の間に車は目前にまで迫っている。


 俺がに見たのは、目を見開いている運転手、そして突然の出来事に呆然としている女子たちの顔だった。


(俺の葬式でも、あいつら顔がキモいって言うのかな)


 なすすべもなく宙を舞いながら他人事のように考える。


(別に感謝されるために助けたわけじゃない。構わないさ)

(でも)


(もしも、生まれ変われることがあるとしたら、次はもうちょっとイケメンになれると良いなあ──……)


 そこで俺の意識は闇に沈んだ。

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