第10話ミャンマー シェタゴンパヤー

「ハロー、日本人デスヨネ?」


僕は一度シカトしたのだが、男は食い下がってもう一度話し掛けてきた。


こんな絵に描いた様な胡散臭い奴がいるなんて。僕はすっかり驚いていた。


実はトーキョーゲストハウスにあった旅人の情報交換ノートに詐欺師の特徴を書いた項目があった。


情報交換ノートとはそのままで、ゲストハウスに立ち寄った旅人たちが体験した事柄を思い思いに書き残していくものである。


そこに、よくいる詐欺師の特徴として以下のものが挙げられていた。


その1、やたら日本語が上手い。


その2、やたら近付いてくる。


その3、昼間からプラプラしててどう見ても無職っぽいのに小綺麗な格好をしてる。


なんてこった。目の前にいる男は全部当てはまっているではないか。


このままここを出て行こうと思ったがせっかく時間をかけてわざわざ見に来たのに、こんな奴の為に立ち去るのはいささか腑に落ちなかった。


僕は男の質問に答える事にした。


「日本人だよ」


そう言うと男はパアッと表情を明るくさせた。それがまた何とも言えずムカつく顔だった。


「オオ!ヤッパリ!スバラシイ!」


「え?」


男はいきなり僕の手を握り、強制握手をかましてきた。


「ワタシ、日本人ダイスキデス!アリガト、アリガト」


「ああそう。サンキュ」


そう言って僕が先に行こうとすると、男は急いで追いかけてきた。


「オオ、ワタシ日本人、コノ、シェタゴンパヤー、案内シテマス。案内サセテクダサイ」


仮に、これから初めての海外に行くという方がこのエッセイを読んでいたら是非覚えておいていただきたい事がある。


もし日本でこんな事があったら絶対怪しいと思うだろうなって事に遭遇したら、それが海外であろうと変わらずに怪しいと思って欲しい。簡単な事だ。今目の前で起きている現象が新宿歌舞伎町で起こっていると置き換えてみる。アナタは絶対に怪しいと思うだろう。


言っておくが日本が好きで日本語が得意で親切な金持ちの外国人なんて滅多にいない(ゼロではない)。そういう事を言う奴についていったり、言う事を鵜呑みにするのはトラブルの原因である。


コイツは絶対に詐欺師だ。僕はそう確信していた。ならこの外敵をどう追っ払うべきか。僕はあらかじめ考えておいた詐欺師撃退法を試してみる事にした。


「オネガイデス。案内サセテクダサイ」


詐欺師と思しき男は更に詰め寄ってきた。


「なんで?」


「?」


「なんで案内したいの?」


「ワタシ、日本人スキダカラ」


「どうして?」


「?」


「どうして日本人が好きなの?」


「アーソレハ‥」


男は昔日本人に親切にしてもらったとか、日本人の女の子と付き合っていた事があるとか。取って付けた様な理由を言い出したが、完全にしどろもどろであった。


どうやら僕の行った「質問攻め作戦」は成功の様である。


「ダカラアナタ、ワタシ、シェタゴンパヤー。案内サセテクダサイ」


「ふーん」


「プリーズ」


男は目の前で手を擦り合わせ懇願してくる。もう一押しだ!とでも思っているのか。


バカめ!


「でもさ、だからって案内する意味はわからないな」


「エ?」


「なんで?なんでその結論に至ったの?」


「ケツロ?waht?」


男は少し焦りだした。


「なんでそう思ったかっていう事」


「昔日本人ガワタシ、親切シテモラッテ」


「いやだけどそれじゃお金にならないよね?どうやって生活してるの?仕事は?」


「‥‥‥」


男は黙り込み、突然不機嫌な顔になった。


「日本人の為に色々しようとするのはありがたいけど、ちゃんと働いた方が良いよ。僕はお金持ってないからお礼もできないし。あとね、日本人はみんな働き者だから、働かない人は嫌いだよ」


多少の嘘を絡めつつ、僕は詐欺師にとどめを刺した。


「◯▽××∠&¥」


男は何か言葉を言って足早に去っていった。何と言ったかはまるで聞き取れなかったがその雰囲気からして、侮蔑の言葉を吐き捨てたんだろうと僕は思った。


正直一瞬だけ、もしかして本当に彼は良い青年で自分の貴重な時間を削って日本人を案内する奇特な人なのではとも思った。しかしその考えは去り際の彼の邪悪で憎悪に歪んだ顔を見て早々に消し飛んだ。僕は間違ってはいなかったのだ。


僕は内心に冷える物を感じて、まるで興味の無いシェタゴンパヤーを後にして足早に宿へと帰ったのだった。


続く

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