第4話 タイ ランプトリ ヌードル屋

蒸し暑さに目覚めると天井で大きなファンがブンブンと回っていた。


汗がTシャツにへばりついて気持ちが悪い。喉がカラカラに渇いていたが何しろバカに甘いコーヒーしか買ってないし、ソレもかなりヌルい。気だるさを振り切って僕はベッドから起き上がる。ひとまずコンビニに行こう。


フロントまで降りると昨日と同じ少女が受け付けで何かを読んでいた。相変わらずイヤフォンをしていたし朝の挨拶をする習慣もなさそうだから何も言わずに外へ出た。


喉が渇いて目が覚めて飲み物を買いに近所のコンビニへいく。ビーサンとTシャツと短パンで。これだけだと日本の日常と変わらない様に聞こえるだろう。 しかしセブンイレブンで売ってる物は知らない物ばかり。値札に書いてある数字は読めても文字は読めない。


ドリンクコーナーにはペプシやコーラ、セブンアップなんかの見慣れた商品はあるけれど僕の好きな爽健美茶やミネラル麦茶はない。代わりにガムシロップを大さじ8杯くらいぶち込んだ甘さの緑茶がある。常夏の国の飲み物はめっぽう甘いか水。そのどちらかしかない(これはもちろん僕が旅行した当時の話で今は違うかもしれない)


異国にいるという事実がこれでもかと言わんばかりに押し寄せてくる。自分で望んだ事とは言え慣れるまでは少し辛かった。


いきなり騙されたという事もあったがそれ以上にそれを愚痴る相手がいないのがストレスだった。しかもまだ二日目。参ってしまう。


なんだかお腹の調子も良くないのでひとまず朝ごはんは抜きにしてゲータレードとタバコを購入した。


コンビニを出てプラプラと歩きながら周辺を散策してみるこにした。


まだ朝早い時間帯だからだろうか。シャッターの降りている建物が多い。開いているのはマッサージの店とゲストハウスばかり。


特に目ぼしい店もなく、ただ昨夜のバカ騒ぎの余韻であろう酒と汚物の匂いが混じった小道を歩いている。そうするとどうしようもなく孤独に襲われた。とにかく早く日本人のいる宿に行きたかった。


しばらく歩いていたら公園らしき場所を発見した。そこにはなんだか薄汚れたカフェオレみたいな色の川が流れていて、その周りにぽつぽつと人が座って煙草をふかしている。「微笑みの国」とはまだ思えなかったけど、日本より随分時間がゆっくり経過しているのは解ってきた。僕は公園を後にする。ちなみにこの時見たカフェオレ色の川がかの有名な「チャオプラヤ川」だったのだがその時の僕は知る由もない。


ゲストハウスに帰る途中でふと開いている店を見つけた。もう既に客が何人かいて、皆どんぶりを抱えて何かを食べている。よく見るとどうやらラーメンの様な食べ物らしい。


二日目にして、ようやくテンションの上がる事が起きた。僕は子供の頃から無類の麺好きで、ラーメンは勿論だが、そばにうどんにパスタにフォー、何でもござれの麺食い人なのである。


さっそく食べてみようと思ったのだが店にかかっていた時計をみるともう既に十時半を過ぎていた。チェックアウトは十一時。クソ真面目な僕はひとまず帰ってからまたここに来れば良いと思い直し、朝ラーメンは諦める事にした。


ゲストハウスに戻って受け付けに行き、僕のとっておき英会話第二弾が炸裂させた。


「もう一泊したいのですが」


「もちろん。203ね」


「イエス」


「じゃ、前金で250バーツね」


「イエス」


こうして僕は難なく二日目の宿を確保した。ひと仕事終わった気分でとても清々しかったのを覚えている。


良い感じにお腹も空いてきたので先ほど見つけたヌードル屋に行く事にした。時刻もちょうどお昼時である。


件のヌードル屋はゲストハウスから歩いて五分の場所にある。宿を確保してすっかり自信を持った僕はずんずんと店の中に入っていった。


席に着くと英語表記のメニューを出される。しかし何が何だかさっぱり解らないのでひとまず一番オーソドックスそうな麺とコーラをもらう。ここら辺は指差しでオーケイなので楽に注文できた。相手も観光地で商売してるだけあって慣れている。


即座に出されたコーラを飲みながら待っていると程なくしてヌードルが提供される。


着丼!


どーですこのヌメり。スープが脂でテカテカ。麺も小麦粉なんだかなんだかよく分からない中太麺。具は菜っ葉系の野菜と牛肉。見た目は台湾の牛肉麺に酷似している。


覚悟を決めて一口すすると……美味い。コレが普通に美味い。見た目のまんま、少しコッテリした牛肉系のスープで味はそこまで濃くないけど麺もコシがあってよく絡んでいる。牛肉も柔らかく煮込んであって味はそこまで着いてないけど食べやすい。あっと言う間に完食。さすがにスープは飲まなかったけど、これはもう一度食べたい味だと思えた。


タイに来て、初めて食べた料理がコレで良かったと思う。


牛肉麺は30バーツ。値段もまあまあ。満足。


すっかり気分の良くなった僕はチャオプラヤ川を眺めながら食後の一服。最高のひと時を味わう。片手にはセブンで買った甘いコーヒー。


昨日騙されたことなんてすっかり忘れて僕はタイという国が少しだけ好きになり始めていた。しかし、大変なのはここからだった。


その日も僕はやっぱり夜は外出もせず、ゲストハウスで本を読んで早めに眠りについた。外は相変わらずバカ騒ぎを夜通し続けていた。


続く

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