第23話 球技祭 その1


 球技祭当日。

 僕の腕が完治してから一週間もたっていない。その間に、僕はこれまでの時間を取り戻すように、練習に取り組んだ。僕は筋力体力諸々無いし運動神経もあまり良くないけど、コツや技術的な面で努力すればどうにかカバーできる部分がバスケットボールにはあった。もともと手先は器用だったからボールの扱いになれるのは早くて助かった。レイアップシュートは出来ないけど、フリースローはかなり練習したから上手く練習と同じ位置取りをすれば三ポイントも狙えるかもしれない。それは夢見すぎかもしれないが。勝つのは別として三ポイントシュートが出来たら会場は相当盛り上がってくれることだろう。

 午前中の授業を終えた僕たちは、午後から始まる球技祭に備え昼ご飯の前に体操服に着替えた。昼飯を軽く済ますと僕は昌平と最後の練習をするために体育館に一足先に向かうことにした。

 体育館に行くとそこにはまだ誰もいない。球技祭の準備は午前中に終わっているようでバスケットボールの得点板、それにボールが置いてあった。


「ほらよ颯太」

「おっと……ありがと」


 昌平が片手でボールの入ったかごの中から一つボールを取り出し投げる。

 貰ったボールをその場で二、三回つく。ボールの感じは練習してきたときより硬いような気がする。球技祭前にバスケ部員か誰かが空気を入れたんだろう。寧ろこの空気が入った状態こそがちゃんとしたボールであるのかもしれない。練習のときもボールをきちんと選んで練習しておけばよかった。

 まずは二人でパスの練習からめて、最終確認として僕はフリースロー、昌平はレイアップの練習に取り掛かる。

 ゴールネットから大股で三歩。そこが僕が今まで一番練習してきた距離だ。

 僕はボールを胸の前に構え、指先に集中した後ボールを放つ。ボールは大きな放物線を描きネットに吸い込まれる。よし、今日も良い調子だ。まあここからあと一歩でも下がったら入らなくなっちゃうんだけどね。前に昌平このことを言ったら「それって本当に運動出来ないやつっぽいな!」と無邪気に返されたことがあったな。

 見ると昌平の方も調子がいいようだ。レイアップシュートが次々と決まり見ているこっちも気持ちがいいほどだ。調子に乗ってダンクシュートに挑戦するが、本当に調子がいいからダンクが決まっ……た?


「……って、昌平ダンクできるの!? 背は高いから不可能じゃないとは思ったけど凄いな」

「おう、ダンクできるぜ。どう俺、カッコいいっしょ!!」

「カッコいい、カッコいい。ダンクなんて決めたら会場盛り上がるだろうな」

「颯太もそう思う? じゃあちょっと挑戦してみっかな!」


 昌平は照れながら鼻の下を擦る。照れてはいるがしっかりと彼からは自信のようなものを感じた。


「でも、ダンクに挑戦してばっかりだと試合に負けちゃうかもしれないよ?」

「それはあるな! でも球技『祭』なんだし、盛り上がった方が良いんじゃね?」

「昌平……球技祭の勝敗が生徒会選挙に繋がっていること忘れちゃったの?」

「あ! 完全に忘れてたわ! ありがとな、颯太。ダンクは狙える時に狙うぐらいにしとくかー」

「そうしておいた方が良いかもね」


 全く昌平は忘れっぽいんだか、なんだか。これから生徒会長になろうとしているというのに忘れっぽいのはあまり良くないんじゃないかな。生徒のことを色々と把握してないといけないと思うし。でも、昌平にはきっと別の個性があって、それは生徒会長になった時にも役に立つんだと思う。全く昌平はブレないな。


 練習に集中しているのもあり、時間が過ぎるのが早い。ふと体育館の時計を見ると時刻は一時丁度。自分の腕時計を見ても時刻は変わらなかった。


「そろそろ開会式が始まるよ、昌平。片付けして行こうよ」


 昌平は僕に応えると、開会式が行われるグランドに向かった。



「君たち! ニューヨークに行きたいかー!!」

「会長それはこの前の文化祭でやりました」

「いいじゃないか副会長くん。盛り上がるんだし!」


 朝礼台の上に立つ綾菜先輩はそう言ってグランドで整列している生徒を見渡すが、あまり生徒の方は盛り上がっている様子では無かった。盛り上がっては無いがちらほらと笑い声が聞こえるので、所謂滑りネタというやつなんだろう。

 現生徒会長の綾菜先輩は球技祭の開会式の司会を務めている。生徒会長になると色々な式の司会を任される……わけでは無く、綾菜先輩が好きでやっているみたいだ。割と生徒から好評で、そんな中司会をしたいなどと言う人が現れるわけもなく、結局先輩が司会をしているというのもあるかもしれない。

 先輩が式を進めている間に人影が僕たちに迫る。人影は昌平の肩を叩く。


「痛って! ……って、大地かよ」

「おう! 昌平元気してっか? 宣戦布告に来たぜー」


 昌平の対立候補兼友人の井上大地が隣のクラスからやってきた。ストレートに目的を伝えてくる辺り、あまり彼のことを知らないが彼の性格を表しているように思えた。彼は確かに不良ではあるけど、悪いやつではないのかもしれない。

 昌平は井上と軽く握手を交わすと、今日までどれくらい練習してきただの俺はダンクができるだのそんなの俺もできるだの、バスケの話をしていたかと思えば今週の宿題を見せてくれだのそもそも宿題俺もやってないだの日常の話に変わりもう何の話をしに来たのやら。とりあえず僕もまだやってないから土日でやらなきゃなとぼやぼやと考えてしまった。


「兎に角、今日は正々堂々行こうぜ。大地、決勝で」

「待て、それ俺が言いてぇ。昌平、決勝で決着を付けようぜ!」

「おい! 言わせろよ!」

「言わせろじゃないよ! ちゃんと生徒会長の話を聞いてね、次 期 候 補 者 た ち ! !」


 二人の会話はいつの間にか声のボリュームが大きくなっていて、綾菜先輩の所まで届くほどになってしまっていた。綾菜先輩が怒った瞬間に光の速さで自分の列に戻った井上大地と光の速さで土下座体勢を取った昌平に校庭の生徒たちはクスクスと笑う。昌平の土下座は結構な頻度で行われるからもう礼とかこもってないな。

 昌平たちが話している間に開会式は終わってしまったようで、先輩が最後に一言


「それじゃあ皆、怪我とかしないように気を付けてね~! 球技祭始め~!!」


 とゆるい感じで、僕らの球技祭はスタートした。

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