第5話 この辱めをどうしてくれるの?
午後の授業は、家庭科室にて調理自習だ。
ひそひそひそ、とどこぞから聞こえてくる話し声を無視して、ボウルの中の生クリームを泡立てる。
今日の献立は好物のクレープで、本来ならウキウキ気分で調理に臨んでいるはずが、あたしのストレスは最高潮に達していた。
先ほどは思い返すだけで胃がキリキリするぐらい最悪だった。
「取り込み中に悪いが上を見てみろって」
と、ヒガシに言われて顔をあげてみると、中庭に面した校舎の窓から人の顔があちこち目について、こちらの様子を窺っていたのである!
とりわけあたしのクラス周辺は大量だったのは気のせいではないはずだ!
そして今の己の姿はというと……西園寺と向き合って手を取られているではないか。
(え……ちょっと待ってよ、これ傍から見たらラブシーンだと思われるんじゃね?)
なんて頭に血がのぼって思わず奇声をあげながらその場を走り去ってしまったわけだが、そんな光景も周囲にはほほえましく映ったらしくって、教室に戻ったら「おめでとう! 丸く収まってよかったね!」とみんなから祝福されてしまった。
いやいや全然めでたくないから。悪夢のようだから。
もちろんあれは誤解だと抗議して必死に訴えてみたものの、忌々しいことに、あいつは見た目だけは大変よろしいのである。
不幸にもテレているのだと勘違いされて――もしかしたらあたしが嫌がってるのをわかっててそう言ってるのかもしれないが、ツンデレの称号を頂いてしまった。屈辱の極みッ!
そして悪夢はそれだけでは終わらなかった。
ほどなくして西園寺も帰って来て、再びキザなセリフをはくもんだからクラス内は色めき立ち、あたしは羞恥で卒倒しかけた。
予鈴のチャイムが救ってくれなければ、ほんとうに倒れていたかもねっっ!!!
そんな訳ですっかりやさぐれてしまったあたしは、目をすわらせながら一刻もはやく学校から立ち去ろうと計画中だ。
ここはもう片時も気の抜けない戦場と化した。
帰りのホームルームが終わったら、誰にも話しかけられないうちに急いで脱出をはかろう。
などと考えていると、すぐとなりの調理台に立っていた別の班の女子生徒がつつつ……とあたしのそばに寄ってきた。
そして、ひそめた声を楽しげにはずませて訊ねてくる。
「鈴木さん、話があるのだけどちょっといいかな?」
声の主は、朝あたしの顔を弄った奥野さんであった。
授業中は反則だろー! と思ったが化粧してもらった恩がある手前、あまりに邪険にすることもできなくて了承した。本音をいえばイヤなのだがしゃーない。
完成させた生クリームを同じ班の子にあとは任せたとばかりに託して、改めて奥野さんと向き合う。
「それで、話って何?」
「ごめんね、授業中に。でも後になると彼がいると思って」
“彼”とは西園寺のことを指すのだろう。今いちばん聞きたくない名前であった。
その彼とやらは先ほど家庭科の先生につき添われて保健室へと連れてかれた。
西園寺はあたしと同じ班で包丁担当係りだったが、こっちばかり見ながら果物を切るもんで、さっくり手まで切ってやんの。ばかめ。
そして怪我した指をこちらに差し出して「あれ、イベントが始まらない…」と呟いていたが、いったい何を期待していたのだろうか。わかりたくないです。
嫌なことを思い出してあたしが顔をしかめていると、奥野さんはこちらの様子を窺いながら話を続けた。
「あのね、明日からも化粧は必要でしょ? ……当分は変装してくるでしょ?」
「ああ、うん。――そういえばどうしようかな」
そうだった。すっかり気が抜けてしまっていたけど、まだ何も終わってなかったんだ。
西園寺は復讐対象を失ったと思って、「今度は愛に生きる!」なんてたわごとを口走っていた訳だけど、これで正体知ったらどう出るんだろうな。
怒り狂うのは間違いないだろうが、その後の行動がまったく予測できん。もしかしたら殴られるだけじゃ済まないかも……。
まずいな。ママにおねだりでもしてみるか。でも化粧道具っていくらするんだろ?
どうしたもんだかと思い悩んでいたら、奥野さんがにこりと笑いながら話しかけてきた。
「そう思ってね、私の使いかけの道具でよければ一式貸してあげるよ。教室にもどった時にこっそり手渡しするから後で少しだけ時間とれる?」
「えっ、悪いよ。自分で用意するし(ママが)」
「高いものは入ってないから遠慮しないで。というかお近づきになれた記念にもらってくれると嬉しい」
「でも悪いよ……」
あたしが返事をしぶると、奥野さんは手をひらひらさせて押し通すように言った。
「いいからいいから。ふふっ、ほんと言うとね、ずっと鈴木さんと話してみたかったんだぁ。だって鈴木さんって綺麗なんだもん!」
ぶはっ。何これほめ殺し!?
生クリーム渡しといてよかったよ。あやうく唾が入るところだった。
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