3. まさかの? マスコット界へ?


   ※   ※   ※



『人を幸せにできるマスコット……?』

『そそ。それがプロマスコット試験合格の絶対条件』

『合格の条件……』

『んでもってそれは、限りなく普遍的な幸せでなくてはならない』

『大人から子供までみんなが幸せに、ということですか?』

『そんだけじゃないわよ。老若男女問わず、本土から外国まで地球全ての人間。そしてマスコット達自身まで』

『そんなに……』

『いくら美しい声で歌うセルメントでも、そんだけじゃプロ資格である三ツ星はあげらんない。アンタは直にそれを見たんでしょ』

『はい……でも、なぜそれを?』

『ちょ。今はさ、んなことどうでもいーの。それより私が言いたいのは――』

『アンタが思っている以上に、この島は残酷で現実的ってことよ』



   ※   ※   ※



 今日は年に一度の休園日。

「ふふっ」

 わたしはベットで寝っ転がりながらマスコットフォンを眺めています。

 電話アプリのフレンド一覧には、3の数字。タッチして中を開くと――

「デンデンさん、ミミさん、ピエロさん」

 3つ。マスコットさんの名前が並んでいます。

 毎朝、ピエロさんについて行って一緒にトレーニングをして、お昼時にはミミさんのレストランで接客のお手伝いをして、まかないをふたりで食べる。

 そんな日々を続けているうちに、わたしのマスコットタブレットが自然と反応したのです。

「たった一週間でタイ記録……!」

 思い返せば本土にいた時、わたしが友達だと思えた人は3人だけでした。

 まあ、その友達も本物の友達だったかどうか、定かではありませんでしたが……。

「やったよー」

 とにかく、その7年間の大記録にたった一週間で追いついたのです。

 これは快挙です。

「わー」

 それにしても、マスコットさん達は本当に親切です。

 髪の色で陰口を言われることはありません。

 島の人間だからという理由で仲間外れにされることもありません。

 不自然に声を荒らげて、事を大きくして、わたしをかばったつもりでいる先生もいません。

 なんてこの島は、素晴らしいところなんでしょう。

『アンタが思っている以上に、この島は残酷で現実的ってことよ』

 引っかかっているのは、あの日突然現れた黒い髪のぶっきらぼうさんが言っていたことです。

 確かに、わたしにもこの島を疑っていた時がありました。

 けれど、今ならそれは違うと言えます。

 だって、あの日のショーは確かにすごく感動して、心がほんわかしましたし。

 このタブレットが示すように、友達は確実に増えているわけですし。

「だよね……」

 そういえば、あれ以来あの人に一度も会っていません。

 あの時も、話すだけ話したらすぐどこかへ行ってしまいました。

 一体なんだったのでしょう。



   ※   ※   ※



 翌日の朝食の席。

 今日もピエロさんとマラソンをして、そのあとデンデンさんと一緒にミミさんのところに行って――

「……さて、今日はいつもとひと味違うことをしてもらうわ」

 なんて頭の中でプランを立てていたその斜め上の話を、お母様が切り出しました。

「ミントは今まで、この島のマスコットに関わる仕事について学んできたわね」

「はい」

「今日は、それ以外の大切な仕事を知ってもらう日にするわ」

「それ以外の大切な仕事?」

「厳密には私と"私のセルメントを原動力とする保守・管理システム"が行っている業務。と言ったほうがいいわね」

「ホシュカンリ……?」

 なんのことやら、わかりません。

「まあいいわ。この島に住んでいる人間は、ミントと私だけ。というのは分かっているわよね」

「あ、はい」

 言われて見れば、この島に住んでいる人間はお母様とわたしだけです。

 毎朝10時から夜の11時まで、たくさんのお客さんが来ているので、全然そんな感じはしませんでしたが。

「でもね、それって"正式な住民は"二人だけという話で、わたしたち以外にもこの島の人間はいるの」

「あーランドのホテルに泊まっている人はたくさんいますもんね」

 ランド内には大きなホテルがいくつかあります。どれもマスコットさんたちによる最高のおもてなしが受けられる最上級のホテルです。中にはそこで一か月、寝泊りする人もいるんだとか。

「いいえ、そうではなくて。この島には私達以外にも関係者が在駐してるの」

「関係者……って、そうなんですか!?」

「そりゃね。ここはゲーツ一族の独立国家ではないもの。よって本土政府の監査役が常に3人、城の地下室でこの島を監視しているわ」

「カンサヤク……?」

「とは言っても、彼らはどうあがいてもセルメントが使えないから、実質この島の人間は私達2人だけだと言っても、過言ではないけれど」

「あーうーん……?」

「あくまで彼らは見てるだけってことね。私達が危ないことや悪いことをしないかって警戒してるの」

「ふむふむ」

 なんだか難しい話ですけど、この島にはわたしたち以外に本土の人が3人いて、その人たちにこの島は見張られてる。

 という感じで合っているはずです。

「今日はその監査役に会って、いろいろ教えてもらうのよ」

「なるほど……って、その人たちに!?」

「そうよ」

 なんだか話を聞く限り、本土の学校で言う生活指導の先生みたいな、マッチョで怖い人が登場する予感しかしないのですが……。

 これは、大丈夫なんでしょうか。

「今までみたいにマスコットさんやお母様に教えてもらうんじゃダメなの……?」

 そして何より、もう本土の人間とは関わりたくないというのが本音です。

「私もそう思っていたんだけどね。客観的指導も必要だって本土政府がうるさいのよ」

「そんな……」

 しかし、これは本土の命令だから仕方なくそうするしかないみたいです。

「……わかりました」



   ※   ※   ※

 


 そう返事はしたものの――

「うーん……」

 わたしはいつもよりゆっくりちまちまと朝ごはんを食べながら、本当に地下に行くべきかどうか悩んでいました。

 お母様は、わたしが地下に行くことにノリ気ではないようでしたし、嫌だと言って意地を張れば、なんとか別の方法を考えてくれそうな雰囲気もあったからです。

「でも……」

 でも。

 地下に行けば、お母様が言っていた難しい言葉の意味を学べる可能性は高い気がします。

 それどころか、お母様が望んでいないようなことも知れるのかもしれません。

 つまり、地下へ行けば、わたしの願いへと一歩近づくのではないでしょうか。

 リンボへの重要な手がかりが得られそうな気がするのです。

「クマ太郎……」

 そう。

 わたしはもう決めたんです。

「よし」

 そこに少しでも近づけるなら――



   ※   ※   ※



 40分ほどかけてお茶碗一杯のお米をかみしめ、最後に残った牛乳を一気に飲み干すと、わたしはひとりエレベーターに乗り込み、お母様に言われたとおり"B7"と書かれたスイッチを押しました。

「いってらっしゃい」

「いってきます」

 ドアが閉まり、わたしを乗せた四角い空間が動き出しました。

「……」

 数字の表記がゆっくりと1からB1に切り替わり、目を閉じて開くとそれはもうB2に変わっていました。

「……」

 増えていく数字がB4からB5に変わろうとしたその時。

「……っ」

 とつぜん足の力が抜け、その場にしゃがみ込まずにはいられなくなりました。壁の角にすがりつくようにして腰を下ろします。

「……」

 すると、今度は頭が重くなってきました。

「……え」

 圧迫されていく意識の中。

………

……

 津波のように一気に押し寄せてきたのは、本土で過ごした9年間の記憶でした。

「気持ち悪い…………」

 それも何故か、嫌な思い出ばかりがグルグルと渦を巻いて。

「……、…………っ」

 途絶えそうな意識がハッと生き返ったのは、震える指先に上着の出っ張りが引っかかった時でした。

 これは、胸ポケット。

 ここの内ポケットには……そうだ。

 クマ太郎にもらったあの写真が。

「……」

 そっと胸に手を当てて、目をつむります。

 取り出さなくても写真の情景は思い出すことができます。

 嫌な記憶の波をせき止めるように、その美しい情景を必死に頭の中に浮かべるのです。

「……そうだ」

 腕をそっと下ろしてズボンのポケットに手を突っ込むと、マスコットタブレットをまさぐり出して、電話帳のアプリを開きます。

「……っ」

 そして"新規登録"のボタンをタッチ。

 開かれたまっさらな記入欄に――

「…………やった」

 わたしは思うがままに文字を打ち込みました。

 ――ピーン、ポーン。

 書き終わって一息つくと、タイミングを計ったかのようにドアが開きました。

 不思議と、もう頭痛はしません。

 膝に力も入るようなので、ゆっくりと立ち上がります。

「行こう」

 大丈夫。

 だってわたしはたった今、この島で友達記録を"更新"していたことに気づいたんですから。

 そもそも"タイ記録"ではなかったのです。

「待っててね」

 握りしめたマスコットタブレット。

 電話アプリの友達の登録数は4。

 わたしの決心は、その数字を本物にすること。

「クマ太郎」

 それを叶えに行くため、わたしはエレベーターの外に大きく足を踏み出しました。

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