御稲荷様の景色から

S.Lime

第一部「Egoism Phantasma」

プロローグ

彼女の素顔(1)

 とある小さな村の小さな稲荷神社。そこには一匹の雌狐が棲んでいた。


 彼女は神社を寝ぐらとし、自由奔放に生き長らえること数千年あまり。

 管理者が存命だったころは「まだ」立派だったこの寝ぐらも、随分と廃墟さが様になってきた。

 そして、この神社から一望できる小さい集落も、今となっては誰も住んではいない。

 この世界には、もう私しか居ないんだなと感じることが多くなった。


 ★ ★ ★ ★ ★


 数千年生きた彼女は「仙狐」となり、神通力を宿していた。

 その神通力と呼ばれる不思議な力で、人間の女性として生きたこともあった。そして、とある男性に恋もした。彼と最期となる別れの時に契りを交わそうとしたが、結局は残念な結果となった。それも今となっては美しい思い出になったと受け止めている。

 毎日が平和だったから数千年も生きた、という訳ではない。

 激動の時もあれば、健やかなる時もあった。彼女の一生は波瀾万丈にして、それでいて必死にもがき苦しみ生き抜いた結果。

 「願いは力となりて、御霊に加護を与えん」

 思い返せば、守りたいものを守るために必死になっていたような気がする。それでも私の一生は悪く無かったと思えた。

 そして、それもようやく終わる。

 私の最期の願い。それは天寿を全うすること。彼女は願うべくして、天寿を迎える。

 ああ、ようやく全てが終わるのだ。

 とても眠い。徐々に瞼が重くなる。視界がぼやける。襲いかかる安堵感。

 意識が徐々に薄れていく最中、自分の吐息が弱々しく身体に響く。

 この目を完全に閉じてしまえば、次に目覚めることは無いだろう。それでも一秒でも長く「この世」という美しい景色を見ていたかった。

 これが私の最期に見た景色だった。

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