ショートケーキ

おおもり@小説準備中

ショートケーキ

 わたしはショートケーキの上の苺だ。

 そして妹はケーキ部分なのだろう。


 二卵性双生児として生まれついたわたしたち姉妹の区別は容易だった。

「美人の方がお姉ちゃん」

 たった十文字で終わるわたしたち姉妹の判別方法。

 幼い頃から近所のおばさん方は合言葉のようにわたしたちを見かけるとその言葉をいった。妹はその度に自分の容姿が悪くなっていく気がすると嫌がり、小学校高学年の頃にはわたしとは時間をずらして登下校をするようになった。

 中学生になった今ではテニス部に所属する妹は朝練のためにわたしが起きるより早く家を出る。それも毎朝髪を編みこみにしたりお団子を結ったり、最近では少し化粧までしてだ。

 なんとか寝癖だけを直して最低限の身だしなみだけで半分寝ぼけたように登校するわたしには信じられない。

 まだわたしのような垢抜けない女子が大半の田舎の中学校では当然妹は目立つ存在だ。テニス部でもレギュラーに選ばれるような明るく活動的な妹に好感を持つ男子は少なくない。

 目の前の男子生徒もその一人だった。

「――ごめん、俺が好きなの妹の方なんだ」

 ただそれだけのことなのに一瞬息ができなくなった。本人も余計なことまで口走ったと思っているのかばつの悪そうな表情。

 すでに日が落ちて外は暗く、電灯の付いた室内を窓硝子は鏡のように映していた。微妙な距離を保ったまま互いに突っ立ているままのわたしと男子生徒。

 ここにいるのが妹だったのなら、まったく別の展開が窓硝子に映ったのだろう。その妹より美人といわれる姿を、自分の顔を、睨むしかなかった。

 

「お姉ちゃんはさ、この苺みたいだよね」

 ショートケーキの苺をフォークでつつきながら妹が独り言のように呟く。妹がわたしのことをそう呼ぶときはたいてい皮肉が込められている。

「そうかもね」

 気のない返事を返して夕飯の皿を食洗機へ片付ける。

「ヘタもそのままで、ただ上に乗っけられただけなのに主役なんだからさ」

 コンプレックスらしい垂れ気味の目元を隠すように触りながら、キッチンのわたしをじろりと見た。

「派手な人はいいよね」

 わたしは思わず噴出しそうになりながら、言葉を返す。

「これだけ派手でもふられるけど?」

 妹のことが好きだと、よりにもよってわたしに告げた男子生徒の苦い顔が蘇える。

 こらえきれず笑ってしまう。自分が情けなくて、妹に敵うはずがないのに夢見た自分が恥ずかしくて。


 いつだったかテレビに映ったパティシエが得意気に言っていた。

 ショートケーキの苺は本当はただの引き立て役。主役の甘いスポンジやホイップクリームを美味しく食べるための酸味。

 妹は可愛い。わたしみたいな可愛くない引き立て役がいてちょうどいいくらいの甘ったるい主役。


「これだけ努力してもふられるよ?」

 わたしとよく似た口調でいった。

 よく見れば妹の目元も少し赤い。今度はわたしが妹のように目元を触った。いや、もうばれているか。

「そう、見る目がない奴だったんでしょ。どうせ」

 こんなに可愛い妹をふるなんて、なんて馬鹿なんだろう。

「そういえば、あんたのこと好きって男子知ってるけど」

「奇遇だね、わたしも姉の方が好きって男子知ってるよ」

「どうせ見る目のない奴でしょ」

「そうだね。わたしもそんな奴いらないわ」

 堪らずどちらともなく笑った。くすくすと笑い声が響く。

「見る目ないよね、わたしら」

「ホント、馬鹿みたい」

 笑った。自分を相手をお互いを笑った。

「で、わたしの分のケーキはどこ?」

「わたしのお腹の中――に、入る予定だったけど冷蔵庫の一番上の段」


 安物のショートケーキは苺だけではすっぱくて、ケーキ部分だけでは甘すぎた。

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