『勝敗』
矢口晃
第1話
ある国に、二人の腕のいい料理人がいました。ある日国王は、二人を城に呼び寄せて次のように言いました。
「二人のうちどちらが国一番の料理人か、勝負をして決めよう」
二人の料理人は、驚いて目を見合わせました。王様はさも愉快そうに笑いながら、続けて言いました。
「あさってのお昼までに、それぞれ最高のプリンを作ってお城まで持ってくるのじゃ。わしが食べて、どちらが国一番の料理人か決定しよう」
さて、二人の料理人はお城を出ると大慌てで自分のお店に戻ると、さっそくおいしいプリンの作製にとりかかりました。しかし、どんなに一生懸命作っても、普段以上においしく、王様に認めてもらえるようなプリンを作ることは、二人ともなかなかできません。
二人の料理人は、それぞれのお店でうんうんと頭を悩ませていました。
「そうだ」
そのうち、もの料理人が何かをひらめいたようにそう言いました。
「最高のプリンを作るためには、最高の牛乳が必要だ。普段お店で使っている牛乳を使ったのでは、普段以上のプリンを作ることができないのは当たり前だ」
そう思った料理人は、さっそく旅の支度を整えると、遠く離れた牧場まで、最高の牛乳を探しに歩き始めました。
一方、もう一人の料理人は、普も段使っている材料で、どうにか普段よりもおいしいプリンを作ろうと試行錯誤しました。
最高の牛乳を探しにでかけた料理人は、いくつもの森や松林を抜け、いつしか自分もまったく見覚えのないところまで来てしまいました。しかし、その先にきっと素晴らしい牧場があるはずだと信じて、料理人はどんどん歩き続けました。
さて、約束の日です。自分の店でおいしいプリンを作ろうと努力していた料理人は、とうとう最後に、一個のプリンを作り上げました。しかしそれは、普段自分のお店で売っているプリンと、何ら変わったところはありません。
料理人は、できあがった普段どおりのプリンを見ながら、あきらめたようにこう口のなかでつぶやきました。
「二日間考えぬいたけれど、とうとうこれ以上のプリンを作りあげることができなかった。しかしそれが今の私の実力ということだ。こんなプリンを持って行ったら、きっともう一人の料理人には負けてしまうだろう。それでもしかたがない。私には、私のプリンしか作ることができないのだから」
そう言うと料理人は出来上がったばかりのぷるぷるのプリンを大事そうに籠の中にしまうと、お昼に遅れないようにお城へと向かいました。
さて、お城では王様が今か今かと二人の料理人がそろうのをまっています。そこへ、先ほど店を出た料理人が到着しました。
王様は、嬉しそうに料理人にこう尋ねました。
「おいしいプリンを作ることはできたか」
料理人は王様の前に両手をついてお辞儀をしながら、
「はい。自分のできる精一杯の努力はしました。自分に作ることのできる最高のプリンを作って参りました」
と答えました。
王様は、
「そうか、そうか。それは食べるのが楽しみじゃ。もう一人の料理人も、早く来ないかのう」
とそわそわと待ち遠しそうに言いました。
それから三十分ばかりして、とうとう約束の時間になりました。それでも、もう一人の料理人が王様の前に現れることはありませんでした。
「いったいどうしたというのじゃ」
王様も不思議そうな面持ちで、周りにいる家来たちに尋ねました。しかし、誰ももう一人の料理人のお城に来ない理由を知っている者はありませんでした。
いったい、どうしたというのでしょうか。最高の牛乳を求めて遠くの牧場まででかけて行ったあの料理人は、どうして王様の前に姿を見せなかったのでしょう。
実は、料理人は途中で道を見失ってしまったのです。そして帰る道が分からず途方に暮れている間に、とうとう約束の時間を過ぎてしまったのです。
王様は待ちきれなくなって、とうとうこう言いました。
「よろしい。ではお前の持って来たプリンを食べよう」
王様の前にひざまずいていた料理人は、籠の中に入れてきたプリンを、うやうやしく王様の前に差し出しました。王様はそれをスプーンですくって一口口の中に入れると、すかざす、
「うまい!」
と言いました。
「こんなうまいプリンを作れるのは、この国でお前だけだ。よってお前をこの国一番の料理人と認定しよう」
そう王様がいうと、周りで見ていた家来たちが一斉に拍手を始めました。お城の中の、天井の高い大広間に、大勢の人たちの拍手の音が盛大に鳴り響きました。そしてプリンを作ってきた料理人は、王様から様々なご褒美をもらいました。
普段の実力以上の力を出そうと背伸びをした料理人は、とうとうその力を少しも王様に見せつけることができずに、負けてしまいました。
一方、普段通りの実力で勝負に臨んだ料理人は、見事その勝負に勝つことができたのです。
『勝敗』 矢口晃 @yaguti
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