#10 じゅ、じゅうまんえんですか

「さて、話をしようか」


「はい」


 生徒会長から【朱雀祭】の勧誘を受けた次の日、僕は担任の南雲先生から放課後に呼び出しを受けていた。転校初日は先生たちから注目を浴びているわけでもなかったのに、神宮寺恭也に【デュエル】で勝って以来たくさんの教師から注目を浴びているような気がする。

 今職人室に入っただけでも、先生たちからの視線をいくつか感じるのだ。


「まずは逢坂、ここのところ私が忙しくまともに話もできていなかったが……神宮寺恭也に勝利したこと、本当におめでとう」


「ありがとうございます。でも、それは南雲先生のルクスを使わせていただいたからです。僕が従来のルクスを使っていたら、きっと勝負になっていなかった」


 それは事実だ。

 先生が自身のルクス――【黒姫】を使わせてくれたから、僕は神宮寺恭也に勝てた。なりふり構わなければ最初に渡されたレベルのルクスでも勝てたのかもしれないが、相当苦戦していただろうことは想像に難くない。

 そんな僕の言葉を特に気にすることもなく、先生はふっと笑ってから言葉を続けた。


「さて、今回お前に話すことは大きく分けて二つだ。一つは正当な手続きを踏んで行われた【デュエル】によって神宮寺恭也を打倒したことによる【番号持ちナンバーズ入りについての話】。もう一つは【朱雀祭の話】」


「……どちらも一ツ橋先輩から少しだけ話を聞きました」


「なるほど。ならば大筋は理解しているということでいいか?」


「はい」


 僕が軽く頷くと、南雲先生は手間が省けて良かったとでも言わんばかりにクスリと笑った。

 それから僕に何枚かの紙が束になったものを手渡してくる。何やら膨大な数の文字が詰め込まれているようだが……。

 

「これは?」


「逢坂世良専用のルクスを制作することに関しての書類だ」


「……え、番号持ちナンバーズの話は……?」


「そう急くな。関係はある。お前は全く意図していなかったかもしれないが、今回お前が神宮寺恭也――つまり、【国立第一魔法学園の二番手セカンドを倒した】という事実は、予想以上にセンセーショナルなものになっている。彼に抑圧されていた学園生も多いことから、生徒の中からは【逢坂世良を二番手セカンドに】という声も多い。これは担任を受け持つ私からすればとても嬉しいことなのだが、同時に少し問題もあってな」


「というと?」


「これから学園の顔になるであろうお前が専用のルクスを持っていないこと。お前が学園のパンフレットなどに乗る時に、学園支給のルクスでは格好がつかないし、他校への牽制にもならない。また、我が校の生徒たちにも示しがつかないという理由もある。

 あと、お前が本当に番号持ちナンバーズ入りするかどうかは未定だ。お堅い上の方がうるさくてね。転入生に二番手セカンドを持っていかれるのが気に食わないのだろう」


「なるほど。まぁ番号持ちナンバーズについてはそこまでこだわるわけじゃないんで、別に入らなくても大丈夫です」


「そして、今回の勝利を称えて――少し汚い話にはなってしまうのだが――今回の勝利を受けて、お前に報奨金を出す意見が今朝職員会議で可決された。口座に振り込むか?」


「いえ、できればキャッシュでお願いします」


 現在無一文である僕には非常に有難い話だった。


「む……? わかった。では今渡してしまっても構わないか?」


「はい」


「ふむ。これだ」


 机の中から封筒を取り出したかと思うと、それを僕に手渡してきた。

 そーっと中を覗き込んでみる。中には一、二、三……。


「じゅ、じゅうまんえんですか……?」


 一時的に言語レベルが幼稚園児レベルにまで下がってしまったまである。

 思わず封筒を胸に抱きしめてしまった。


「ヨーロッパにいた時はどうだったかわからないが、日本の魔法界は汚いぞ、逢坂」


 先生は吐き捨てるように語った。

 教師という生徒を導く立場の人間から、一体どれほどの人間の私利私欲を見てきたのか……僕には想像できそうもない。 

 普段生徒たちに見せないであろう憎悪の籠った表情をすぐに隠し、それから困ったように笑う。


「いかんな、これでは教師失格だ。

 放課後にL-ツーにて魔力の測定などを行うらしい。これは大変に名誉なことだぞ。うちのクラスで専用のルクスを持っているのは、アリア=レクイエムズと佐伯龍雅だけだ。レクイエムズは元々使っていたルクスをそのままうちに持ち込んでいるようだが」

  

 先生は一旦そこで話を打ち切り、机の上に置いてあったホットコーヒーに口をつける。


「まぁ、お前の同意がなければ話は白紙に戻るわけだから、別に必要ないと思うのであれば断っても構わない。おそらく完成品は私のルクスとほぼ同等のスペック程度のはずだしな。……しかし、私のルクスをそうそう貸すわけにもいかないのでな。できれば、私としても作って欲しいというのが本音だ」


「なるほど……」


 一枚目に僕の署名が必要なものがあった。同意書、というやつか。まぁ、寮の部屋に置いてあるルクスをそうそう使うというわけにもいかない僕にとっては、これはむしろありがたい申し込みなのかもしれない。


「……わかりました。作ることにします」


「うむ、そうしてくれると助かるよ。少し癖の強い男だが、まぁ悪い奴でもない」


 先生は僕にボールペンを手渡してくれる。これで署名をしろということだろうか。

 名前を書きながら先生の言葉に応じる。

 

「はぁ。いつの放課後に行けばいいんですか?」


「なんなら今日でも構わないそうだぞ」


「それなら、早い方がいいですね。行ってきます」


「うむ。……逢坂」


「はい?」


「神宮寺を倒してくれたこと……心から礼を言う。ありがとう」


「――はい」

 

 背中を向けつつ返事をして、僕は職員室をあとにした。 


 職員室から出て、校内にある案内に従いながらL-ツーまで歩いていく。

 夕暮れ時だからか、外から差し込むオレンジ色の光が廊下を一番向こうまで染め上げていて――それは何とも幻想的な光景だった。

途中なんどか迷ったり違うところのドアを開けたりしながら、なんとかL-Ⅰ《ワン》に辿り着く。

 一度ノックをすると、中から「はーい」と間延びした声が聞こえてくる。

 ドアを開けると、そこは――町工場ほどの大きさはあろうか。用途もわからない大小様々な機械が稼働していて、僕の行くべき道を作るかのように、左右に並んでいた。そして、壁に備え付けられてあるカプセルの中には、ぱっと見では数えられないほどのルクスが液体の中で眠っていた。そして、そのルクスたちの中央、僕の視線の先に――一人の男性がいた。

 その姿は、まるで亡骸に囲まれて玉座に座る亡国の王。


「やぁ、逢坂クン……だったかな。ルクスを作りに来てくれたのかい? 私は須藤すどう。今回キミのルクスの制作をすることになっている者だ」


 シャープなフチなし眼鏡をかけ、黒髪をきちんとワックスで整えたハンサムな人だ。身長もそこそこあるし、ルックスだけ見ればモデルのようだが。インテリ系という印象か。

 とてもこの人が癖強そうには見えない。


「あァッ……素敵だ! 実に美しい! 君の戦いぶりを見せてもらったよ逢坂クンッ、君は実にエレガントでビューティフルだ。正確無比で無駄のない魔法の発動、そして一撃の威力。どれをとっても君は当代のエースといって差し支えない。願わくば、全力の君が一ツ橋クンと【デュエル】をしているところを見てみたいものだ!」


 前言撤回、結構癖は強そうだ。


「ンッ、どうしたというんだい? この学園で自分の専用の特注ルクスを持てるのは選ばれた人間だけだ。確かに、一般の生徒のルクスもその人物用にカスタマイズされてはいる。だが、本人用にチューンナップされ、デザインまで本人の好みにできるのは番号持ちナンバーズだけだ」


「まぁ、そうみたいですね」


「まずは君の体の検査をさせてもらっていいかい? なに、怖がることはないとも。計測するのは魔力の瞬間最大量と平均量、そして最低量。属性は闇だということはわかっているけれど、一応確かめさせてくれ」


「はい」


「それでは、ここでこの服に着替えてくれるかい?」


「わかりました」


 薄めの生地の――ちょうど入院している人が着るような服を渡され、試着室のようなところに案内されてカーテンを閉められる。

 まぁ大人しく従う以外に選択肢があるわけでもないので、とりあえず着替えることにする。

 更衣自体はすぐに終わるので、ちゃっちゃと着替えて外に出る。


「ふむ……取り立ててガタイが良いというわけでもないが、しっかり引き締まった体をしているね……」


 背中や腕回りなどを撫で回される。ちょっと手つきがいやらしい気がしないでもない。


「よし。それではここに寝てくれ」


 診察台の上に寝る。

 

 天井から仰々しい機械がアームのように下りてきて、僕の両腕の手首に絡みついてくる。一瞬遅れて両足首にも同じ機械が巻き付く。

 うーん、なんだか気持ち悪いな。魔法使いなら誰しも一度はこういった精密な検査を行うが、慣れることはできないな。


「それでは逢坂クン、一度本気で魔力を込めてみてくれたまえ」


 本気……本気ね。

 一体この装置がどこまで耐えてくれるかわからないし、下手をすると装置を爆破して大爆発を引き起こしかねないので、そこそこに留めておく必要はありそうだが……。

 とりあえず、目算ではあるが、この前神宮寺恭也に放った【黒の空隙】くらいの魔力を出してみよう。


「……っ」


「おぉ……素晴らしい!! 素晴らしいぞ、逢坂クン! エクレントだ!! この魔力……既に神宮寺クンに勝るとも劣らない! だが、まだまだこんなものではないだろう!? キミの……キミの力を、さらに私に見せてくれたまえ!」


「はいはい」


 【黒の衝撃】レベルの魔力を送り込んでみる。とはいっても、【黒の空隙】と目で見てわかるほどの違いが生まれるというわけではないと思う……が?

 次の瞬間、機械が一瞬大きく黒い光を溢れさせたかと思うと、鼓膜が破けるかと思うほどの大音量のアラーム音とともに動作を停止した。


「う、うるさかった……」


「む?」


 ちょっとやりすぎてしまったかもしれないが、黙っておこう。相変わらず細かい魔力の調整がうまくいかないなぁ……。全力を出せるルクスなしだとここまでひどいとは思わなかった。


「まさか機械がキミの魔力に負けるとはな……。それほどまでに強い魔力だというのか? いや、これは一ツ橋クンの魔力ですら問題なく測ることができる。それならば……キミの魔力は元々このような機械に相性が悪いのかもしれない」


「そうなんですか?」


「人によってはこういうことがあったりする。今まではどうだったんだい?」


「これまでは特に問題なく測れてましたけど……」


「ほう。となると、これはまた興味深いね。しかし、機械で測れないのではどうしようもないわけだが……」


「ルクス……そうだ。南雲先生のものと同等のスペックのものを作ることはできますか?」


「南雲先生、か。確か彼女も日本刀型のルクスを使用していたね。【黒姫】か。だが、キミはそれでいいのかい? 本当に当人に合ったルクスでなければ、キミのその才覚も宝の持ち腐れというものだ」


「ルクスには僕が合わせるんで大丈夫です。

 先生のものと全く同じスペックで……欲を言えば、ほんの少しだけ刀身を長くして欲しいんです」


「なるほど。それならば今すぐにでもできよう。刀の長さについてはキミが指示してくれたまえ」


「了解です」


 その後、須藤さんと一緒にルクス制作を進め、その日の夜遅くまで作業は続くのだった。


 それからまた数日。

 休日になり、特に予定もないので、今日はかねてから考えていた神宮寺恭也のお見舞い兼事情聴取的なものに行くことにした。

 バスの時間等々もあるので、今はまだ自室で準備を整えているところだ。瑞樹は横で課題を終わらせている。

 天気は快晴、絶好のお見舞い日和である。どちらかというと彼とは絶交したいけど、まぁそんなことを言っていられる余裕もない。


「……逢坂」


――国際魔法テロ組織【アストラル】。

 始まりはわからない。だが、近年急激に台頭してきた国際的なテロ組織である。彼らの目的は【魔法によって生じた社会的格差を是正すること】。以前に南雲先生が言っていたが、先進国は魔法の研究が進んでいるとともに魔法に対する差別も相当なものがある。

 魔法使いは生活水準がかなり高い。

 先進諸国は、生後の検査で、その子が魔法使いとしての適性を持つかどうかをすぐに判断できる。そして、一定の年齢になれば、国からのスカウトを受けてエスカレーター制の魔法学園に入学できる。その家族も援助を受けることができる。自分の家は頑張って働いて暮らしているのに、隣の家は魔法使いの子が生まれたから何もしないでもお金がもらえる……となれば、面白くないのは自明だ。

 ちなみに、経済的理由と聞けば途上国の方が差別は大きいように思えるが、実は途上国で生まれた魔法使いは自分の才能に気づかないまま一生を終えるために差別など元からないに等しい。そして運良く己の魔法の才覚に気づいた者は、村民総出で前途を祝されるそうだ。その人が活躍すれば、その国も有名になるから……経済的な問題……あるいは、単純に祝福の気持ちだろう。

 魔法は膨大にして莫大なお金を生み出すし、消費する。


「逢坂?」


――例えばルクス。

魔法使いが魔法を使うための必需品だが、技術が発達している国での生産が主になっている。最近は多国籍企業として本社を先進国に置き、製造工場は新興国に置くというのが一般的になっているために解消されつつあるが、そのルクスだって立派に貿易で取引される重要な売り物なのである。現に、最高級の製造ラインで生産された高機能なルクスは日本にとって非常な重要な輸出品だ。


――例えば魔法学園。

 優秀な魔法使いを数多く輩出する機関であり、世界中に同じようなスクールがあるが、これも国策の一つ。魔法に関する法律によって、【魔法を取り扱う学校は、国の認可が下りた場合にしか設立することはできない】とかなんとかで制限されている。つまり実質、魔法学園は国立のものしかない、ということである。全国にある。千九百四十八年まで存在したナンバースクールを前身とし(当然旧制であるナンバースクールにも魔法科は存在した)、現在の第一から第八まであるナンバースクールが開校されたのである。

 ちなみに、魔法学園を卒業した生徒はどうするのかと問われれば、進路は多岐に渡る。自衛官となり、国を防衛する任に就く者もいれば、魔法に関する企業に就職する者もいる。魔法を研究する職に就く者もいる。ほとんどの人は、生涯に渡って魔法に関わり続ける。それが、ある意味では魔法使いの宿命でもある。この傾向は、はみ出し者を良しとしない日本に特に強く見られる。


 過去には、アメリカ行きの飛行機を数人の魔法使いで雷属性の魔法でハイジャックして乗っ取り、ビルに衝突させるなどの事件があった。戦後最悪のテロと言われたこの事件によって、飛行機はじめ公共交通機関に乗る際の魔法の取り締まりは過剰と言われるほど厳格になった。まぁ……魔法使いを飛行機に乗せる、というのは、それだけでも爆弾を積んでいるようなものだから、仕方ないといえばそうなのかもしれない。

 同時に、【アストラル】は様々な裏社会の仕事を請け負っているとの噂もある。マフィアなどの要人の警護、暗殺、麻薬などの禁止された薬物の密輸、売買……。挙げればキリがないほどだ。

 各国に支部を持ち、日本ではまだ目立った活動こそないもののその裾野は確実に広がっているだろう。

――って、僕今からそんなヤバい組織の構成員と会うんだよな。殺されそう。でもルクスの携帯の許可なんてそうそう下りないしなぁ……。

 まぁいっか。なんとかなるでしょ。


「……さか。逢坂」


「うん?」


 顔を上げると、そこには瑞樹がいた。


「さっきから呼んでんのに全然返事しないたァどういうことでィ」


「ご、ごめん。考え事をしてたんだ」


「はァ。仕方ねェ。……お見舞いに行くんでさァ?」


「そうそう。ルクス、どうしようかなって。さすがに南雲先生のものは持っていくわけにいかないし、そもそも僕が使えるルクスは刀だから、あんなん持ちだす許可下りるわけないよなーって」


 さすがに刀を持ち歩くわけにはいかない。

 ルクスは魔力を通していない状態であっても日本刀であることに変わりはないので、そのままでも十分な殺傷能力を持つ。


「……あァ。んじゃあ、手首につけるブレス型の奴でどーでィ? 無系統の魔法、それも初歩の初歩しか使えねェけど、まァないよりマシってところか」 


「借りられるの?」


「俺が前に使ってたもんでいいなら、だけど」


「全然構わないよ。ありがとう」


「へいへい。どこにやったかな、っと」


 そう言って、瑞樹はゴソゴソと自分の荷物を漁りだす。

 大きめのボストンバッグのポケットの中からそれを取り出し、僕に手渡ししてくる。

 

「これって申請はどうすればいいの?」


「外出する時に寮の受付で書類書けば大丈夫でィ。咎められるようなものでもねェから、書類さえ出せば良いはずでさァ」


「りょーかい! ありがとう」


 お礼を言ってから、手首にブレス型のルクスを装着する。

 僕の魔力を読み取り、内部から鈍く光る。つまり、適応したということだ。


「そーいや、電車賃とかはあるんでさァ?」


「うん。二番手セカンドに勝ったからって、学園からお金がもらえたんだ」


 我ながら汚い話だ。

 実力があれば、例え未成年の人間だとしてもそれだけの利権や責任が付きまとうのは、良いのか悪いのか。


「……よし、それじゃあ行ってくるよ」


「おー、門限までには戻ってこいよ」


「はいはーい」


 自室を出て、ロビーへと向かう。

 階段を使って降りて、一階の受付で外出申請とルクスの携帯申請を出す。特に怪しまれることもなく通過できた。

 さて、ここからはバスでの移動になる。

 バスで三十分ほど揺られた先にある街の中心にあるターミナルビルのすぐそばに県下ナンバーワンの病院があり、そこに神宮寺恭也は入院しているということだった。

 ターミナルビルについてからは、お見舞いにと果物を買う。ちょうどバスケットに入ったものがあったので、それにする。どれも美味しそうで僕が食べたいくらいだが。というか、僕にお見舞いをもらうまでもなく神宮寺恭也なら金もあるだろうし、買わなくてもいいんじゃね、とか思ったりしないでもないけど。まぁいいや。買っとこう。


「財布の中身がゴリゴリ削られていくなぁ……」



 まぁ、この程度の出費なら痛くないけど。

 果物の入ったバスケットを持って、病院まで徒歩で向かう。

 エントランスから入ってみれば、きちんと掃除のなされた小綺麗な病院だった。設備も最新とのことで、病院のパンフレット的なものに病院が採用している最新の医療機器の名前がこれでもかと記されていた。

 受付の看護師さんに、彼がどこに入院しているかを聞き、名簿に名前を書いてからエレベーターに乗って彼が入院しているという五階の部屋に向かう。

 途中何度か看護婦さんたちとすれ違い、その度に会釈をする。廊下から窓を通して外を見てみれば、天気は気持ちの良い快晴だ。

 ……神宮寺恭也、起きてるかなぁ。

 そんな些末な疑念を抱えつつ、彼の部屋の前まで来る。僕を認証したのか、ドアは音もなく横にスライドしていった。ぱっと見、どうやら四人部屋らしい。迷惑かけてないかな。

 と思ったが、神宮寺恭也以外に人はいなかった。どうやら相部屋の人達は皆留守にされているらしい。

 僕から見て左側、窓に近い方。

 そこに彼がいた。来客に気づいたのだろう、僕の方を一瞥してから明らかに嫌そうな顔をした。


「……そんな顔されると傷つくんですけど?」


「オレを入院させたのは誰だと思ってやがる」


「さて、誰でしたっけ」


 言いながら、お見舞いの品をテーブルの上に置く。

 丸椅子を一個出し、座る。露骨に嫌そうな顔を崩してくれないのが少し悲しい。


「……さて。何か聞きたいことがあるんだろ?」


 僕の目的を察してくれているのか、半ば諦めの表情を浮かべつつ彼は言う。

 さて、それなら僕は遠慮なく質問していくだけだ。


「じゃあ、遠慮なく質問させてもらいますね。一つ目。神宮寺恭也。あなたは国際魔法テロ組織【アストラル】に所属している」


「……あぁ」


「二つ目。【アストラル】の日本での活動の規模は?」


「そこまでは知らねえよ。俺はギブアンドテイクの取引しかしてねえ」


「三つ目。あなたが取引していたものは? 女とかそういうのはいらないんで」


「は? そこまでは教える義務はねえな」


「そうですか。まぁ、そういうと思っていたので……」


 僕はにこりと笑ってから、手首につけたルクスを見せる。


「あらかじめ言っておきます。僕は今、わけあって魔力の細かい調整が下手なんですよ。それと、僕は闇属性の汎用魔法が全くと言っていいくらい使えないんです。だから無系統の魔法を使うしかないんですが……」


「テメェ、まさかッ」


「ええ。あなたが嘘を言ったり、黙ったりした場合、指を一本ずつ吹き飛ばしていきます」


「ッ……わかったよ、言うよ、言えばいいんだろッ。俺が取引していたモンは【アウルム】。――麻薬だ」


 【アウルム】。ラテン語で、金。

 麻薬を金だとでもいうつもりか。……ふざけている。


「四つ目。あなたはそれを服用したことは?」


「ねぇよ。ロクなもんじゃねえってのは散々聞いてたからな。ついでに言っておくが何のために【アウルム】を日本に持ち込ませてたのかは知らねえよ」


「そうですか。それでは、次――ッ!?」


 唐突だった。

 ガラスが割れたような音が鳴り響いて、僕は咄嗟にベッドの横に身を隠す。

 銃声だった。

 静寂を切り裂いたそれが何発か鳴り響いた後、それは終わって……。

 僕はゆっくり、のろのろと体を起こした。


「大丈夫……ですか……?」



 神宮寺恭也の様態が気になっておそるおそる問う、そこには……。


「ぅ……あ……」


――体には、何発も弾痕が残っていて――彼は、真っ赤な花を咲かせていた。

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エンジェルオブデス 雲母坂しずく @kirarazaka-shizuku

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