第2話 界軍入隊試験(2)

 カレンは探索の準備と本部への連絡を兼ねて、30分の休憩を指示した。

 指示を聞いた受験者たちは、地べたにへたり込んでしまった。


 桔梗も他の受験と同様に川のほとりで倒れこんだ。

 グループ内に知り合いのいない桔梗は、風に流されていく雲を眺めていた。

 すると、受験者たちが試験について話しているのが聞こえてきたのであった。


「実はもう俺たちって不合格らしいぜ」

「まじかよ……じゃあ何でこんなことさせるんだ?」

魔獣レイドを倒したとかで、稀に合格になることがあるらしい……」

「どんな強運だよ」

「何にしても今年は無理だろうがな」

「ああ、カレンがいるからな」

「来年他の部隊を受けるのが無難ってわけだ」


 桔梗にとってはどうでもいい話だったのか、相変わらず空を見上げていた。

 心ここに在らずといった様子で、何か考え込んでいるかのような雰囲気があった。

 

「はい、集合」


 その掛け声で、受験者たちは急いでカレンのもとへ駆け寄った。

 準備を終えたカレンは、先ほどと違い背中にライフルを背負っていた。 


「予定通りエリアCに入るぞ」

 

 エリアCとは、人間界と聖地の間にある領域のことであり、本来海を指すのだが、第二コロニーだけは陸地を指していた。

 聖地と人間界が陸で繋がっているため、魔獣が聖地から進行してくる可能性は極めて高い。

だからカレンは万が一のことを考え、自分の得意な武器であるライフルを準備したのであった。


 そして彼らはカレンの後を追うようにして関所の門を潜り、大草原のエリアCへと足を踏み入れた。

 すると、彼らの前には地平線が見えるほどの草原が広がっていた。


「今から一時間ほどエリアCを探索する……予定だったが、正直面倒だ。だからお前ら、好きにしていいぞ。お前らもその方がいいだろ?」

 

 カレンの一言に受験者の大半が唖然としてしまった。

 そんな中、受験者の一人が質問を投げかけた。


「あの~試験の方はどうなるんでしょうか?」

「何だお前、聞いてなかったのか? 好きなようにしていいつったろ。こっちで適当に採点してやっから何かやってろ」


 それを聞いた受験者たちは一斉に行動を開始した。

 模擬戦を行う者たちもいれば、射撃や剣術を披露する者もいた。

 少数ではあったが、疲労で動けずに木陰で休む者も見受けられた。


 桔梗はというと。

 疲労が取れていない訳ではなかったが、草原に寝転がっていた。

 先ほどと同じように雲を眺めていた。


「お前は何もしなくていいのか?」


 カレンは一人だけ何もしていない桔梗が不思議だった。

 彼女は全員落とすつもりで、自分が楽な採点方法を択んだのだが、思いのほか退屈であったため暇つぶしに桔梗に話しかけることにしたのだった。


「ちゃんと指示に従って好きなようにしてますよ。何か問題でも?」

「いいや、何の問題もねぇよ。人間時には諦めが感じな時もあるしな」


 話しながらも、カレンは木に凭れるようにして受験者たちを観察していた。

 桔梗はカレンのそんな様子を見て、寝転んだまま話すのはさすがに失礼だと思い、体を起こして彼女を見上げながら話し続けた。


「俺は界軍に入隊したくて試験を受けたんじゃないんですよ」

「じゃあ何で受けたんだ?」

「ここに母親がいるって聞いて会いに来ただけなんですけど、手違いで参加しちゃったんですよね」

「何だその理由……」

「自分でもそう思いますよ」


 桔梗は今朝のことを思い出すと自分の間抜けさが恥ずかしく思えた。

 それと同時に、過去を気にして後悔する悪い癖が出てしまったと自省するのであった。


「会えるといいな」

「えっ?」

「母親にな」

「そうですね……」


 カレンの口調や態度から怖い人だという印象を持っていた桔梗だったが、案外良い人なのかもしれないと思い始めていた。


「この試験が終わったら聞いといてやろうか?」

「本当ですか!?」

「ああ、それでお前の名前は何って言うんだ?」

「桔梗です」

「桔梗か……分かった。後で聞いて回って――ってそんなことするより、母親の名前を聞いた方が早かったな」


 カレンとしては話を広げ、長引かせることで時間を潰そうとしていただけだった。 

 そのため本当に桔梗の母親を探すかどうかは、結局のところ彼女の気分次第であったのだ。


「母さんの名前は――」

「大佐!」


 関所の方から勢いよく走ってくる職員のただならぬ叫び、声が辺りに響き渡った。

 あまりの迫力に、受験者たちは思わず手を止めてしまうほど動揺した。


「どうした?」


 そんな中で、カレンは冷静に応答した。


「大変です! 人食いスズメバチがこちらに接近中です」

「ちっ、こんな時にかよ……んで数は?」

「およそ30です」

「30か……ちょっと多いな」


 面倒事は嫌いなカレンであったが試験監督の仕事と比べればそれほど嫌ではなかった。

 それに加え、退院して間もないカレンは、肩ならしには丁度いい敵ぐらいに思っていたのだ。


「それと、奴らは聖地からではなく人間界からこちらへやって来ている模様です。おそらく、海を渡って人間界に降り立った後、ここを通って帰るつもりなのでしょう」

「んで、肝心の聖地の方は?」

「今のところ異常ありません」

「わかった……ったく、他の部隊のやつらさぼりやがって」


 愚痴を溢しながらも、カレンはライフルにエーテルエネルギーを込め始めた。

 ライフルの銃口からは赤いエーテルの光が煌く。


「試験は中止だ! 死にたくなかったら、あたしの場所から離れろ」


 ただ事ではないことをすでに悟っていた受験者たちは、カレンの後ろから離れるように聖地の方へと、即座に走り出した。

 もちろんカレンからある程度の距離を取っていれば問題ないことぐらい、彼らも理解していた。


「お前も早く行け! 巻き添えになるぞ」

「僕はまだ死にたくないんでここにいますよ」


 意味の分からないことを言う桔梗に対して言いたいことは山ほどあったのだが、カレンにそんな暇などすでになかった。

 なぜなら、遙か彼方を飛行する魔獣レイドの姿をカレンの目は捉えていたのだ。

 カレンはその魔獣の群れに向けて照準を合わせる。


「エネルギー充填率120%。目標人食いスズメバチ。発射!」


 限界までライフルにエネルギーが溜まったのを確認したカレンはその引き金を引いた。

 その衝撃が爆風となってカレンの周りを吹き飛ばす。

 爆音と共に放たれたレーザーのような光線は魔獣の群れを貫いた。

 肉片となった魔獣の残骸が地面へと落下していく。

 

「2、3匹撃ち漏らしたから、後の処理は任せたぞ」

「はっ……はい……」


 先ほどの連絡員が関所に駆けて行くのを見送ったカレンは、避難した受験者たちを呼び戻そうと後ろを振り返ったその時、地面から揺れを感じた。

 それは地震によるものでもなければ、先ほどカレンの放ったライフルの影響でもない。

 カレンの眼孔には、聖地の方から地中を進んで接近してくる何ものかの生物が映し出されていた。


「早く戻れ!」


 カレンが叫んだ時には、その生物は受験者たちの足元にまで接近していた。

 次の瞬間、受験者たちは一瞬にして視界から消えてしまった。

 

「エンペラー……アリゲーター……」

 そこには、彼らを呑み込んだ皇帝鰐エンペラーアリゲーターの口が地中から姿を現していたのだ。

 それはまるで塔のように高いが、見えているのは口の部分だけだ。

 皇帝鰐エンペラーアリゲーターは彼らを呑み込んだまま地中深くへと消えていった。

 これにはさすがのカレンも言葉が出なかった。

 

「まさか地中から来るとは……」


 桔梗の発したその言葉で、カレンはようやく我に返った。


「お前、あいつが来るのを分かってたのか?」

「そんなわけないじゃないですか」

「だったらお前。どうしてあの時、この場に残ったりしたんだ?」

「風が変だったというか、嫌な予感がしたというか、とにかく曖昧なものですよ。もちろんはっきりと分かったのはカレンさんと同じくらいですけど」


 カレンには桔梗の言っていることが嘘には思えなかった。

 どんな生物がどこに来るのか分かっているなら、もっと安全な策を取れていたはずだ。

 下手をすれば自分たちも餌食になっていたかもしれない。

 そう考えて桔梗が分かっていたのは胸騒ぎがする程度であったのだと、カレンは納得したのであった。


「そうか……とにかく戻ろう」


 当然試験は中止となり、急いで本部に戻ることとなった。

 結局、生存者は受験者64名中12名だけであった。

 監督の二人を足しても14人にしかならない。

 あまりの悲惨な結果に誰もが沈みかえっていた。


「まさか、こんなことになるとは……」

「そうだな」


 落ち込んだ様子のカレンを慰めようと、カレンと同じ監督役を命じられていた男性が話しかけた。

 カレンはそれに機械のように答えるだけであった。


「やはりさっきのですか?」

「ああ、もしかしたら皇帝鰐に命令されて、あの蜂たちは囮か、私たちを追い込む役だったんじゃないかってな」

「まさか……やつらにそんな知識はないはずですよ」

「だといいんだがな……」


 人食いスズメバチの方は関所の職員たちが後処理をしたため、その点については何の問題もなかった。

 しかしカレンには、魔獣たちのタイミングの良さが気がかりだった。

――魔獣にアリスに黒鬼か

 

 聖地で何か良からぬ事が起き始めているのではないか。 

 そんな不安を抱えたまま、カレンたちは界軍第二部隊の本部へと帰還していった

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