10 ピカピカのタイツ


 大抵、彼女たちは若作りだった。

 ごたぶんにもれず向こう端の女もそうだ。


 流行のメイクと十歳は下のトレンドを追うファッション。

 それでいて眉の形や小物の扱いなど、所々に隠しきれない古さがあって、容姿と服装にちぐはぐな印象がつきまとう。

 窮屈そうに二の腕によった服のシワと、下っ腹のぽっこりでドーム型に変形したAラインスカートから、痩せてはいても加齢特有のラインの崩れは一目瞭然いちもくりょうぜんだ。

 若作りする程かえって崩れが際立つというのに。

 小奇麗にしているように見えてネイルはところどころげているし、ハイヒールのつま先には泥のはねあとがそのまま。

 ファッションのツメの甘さが、そのまま彼女のゆるさを物語っているようにも見えて、何か痛ましいものを眺めているような気分になる。

 いい歳して男漁り。


 ──痛々しい。


 分かってる。

 誰だって歳は取るのだ。

 別に加齢を笑うつもりもバカにするつもりもない。

 ただ“ワタシ”はステキに歳を重ねたい。

 そう思うだけだ。


 ──ああはなりたくない。


   ◆◆◆


 『彼』は来た。


 大幅に遅刻して。


 時間がないからと会話も早々に切り上げ、二人はホテルにチェックインした。

 その後に続く一連の流れを“トレース”しながら、わたしは気が気ではなかった。

 アパートに帰宅して夕食もそこそこに、さっそく取り掛かった“トレース”で行き当たった男女のアレコレ。

 わたしは赤面してしまう。

 “トレース”にはわたしの感性も混ざっている。

 体験を“共有”しているのだ。

 だから文体には常に『わたしっぽさ』がある。

 まるで経験したことのない自分の日記のような気恥ずかしさから、性的な描写には大きな抵抗があった。

 もちろんチカへの罪悪感と申し訳なさもある。

 それでも右手は勝手に文字をつづっていく。

 きわどい描写が延々えんえんと続いて、気まずさと緊張のあまり額と掌にじっとりと汗がにじんだ。


 “トレース”を中断するべきか?


 指示を、あるいは救いを求め、わたしはイルマに視線を投げかける。

 彼は例のごとくテーブルの向こう側から何食わぬ顔で補足情報を書き足していた。

 宇宙人を自称するイルマ。

 人間ではない彼には人間性が存在しない。

 だからわたしと“タンデム”を組むことで、わたしの感性から人間性を借り受けているのだそうだ。

 引き換えに、わたしは“混線”の感度の飛躍的な向上──時系列を越えた記憶へのアクセスが可能になった。

 まさに翻訳の相棒──“タンデム・パートナー”というわけだ。


 そう説明は受けていても、正直、意味不明だった。

 確かに“混線”の感度は向上したけれど、“タンデム”を組むからといって、とりたてて儀式じみた何かがあったわけでもなく、ただそう聞いているだけにすぎないのだ。

 そもそも『人間性が存在しない』という意味がよくわからない。

 一見したところ、イルマはタコ足の火星人ではないし、頭に触覚が生えていたりもしないし、ピカピカとした銀色のタイツを着てUFOから降りてきたりもしない。

 ごく普通の青年だった。


 それでもアクロバティックな描写のアレコレに、点数や満足度のパーセンテージを平然と書き込んでいるのは、さすがと言うべきか。

 気もそぞろにチラチラとイルマを盗み視ていると、「あのー」と彼が迷惑そうに口を開いた。


 「僕を視姦しかんしないでください」

 「してないし!」


 全力で否定する。


 「冗談です」


 確信犯的に笑うと、イルマはおもむろに席を立った。


 「そろそろ休憩にしましょう」


 そう言ってキッチンへ向かう。


 冷蔵庫を覗き込むイルマの背中を眺めながら、わたしは心底ほっとした。

 



 結局、“トレース”はそこで終了した。

 再開しようとした矢先、ドアをノックする音が部屋に響いた。

 返事をする暇もないまま勢いよくドアが押し開かれ、「じゃーん」という古風な擬音ぎおんと一緒にチカが現れたのだ。


 「よかったー。まだ起きてた」


 チカは嬉しそうな笑顔でツカツカと上がり込んでくる。

 買い物帰りなのか手には持ちきれない程の紙袋とコンビニ袋。

 どさり、とテーブルにおろされた袋から、大量のお酒とツマミが溢れだした。


 「せっかくの週末。ボロアパートで腐ってちゃだめよー」


 返事も聞かずにチカは缶チューハイをわたしとイルマに押し付ける。


 「お姐さんのおごりだから呑みなさい」


 有無を言わさぬ勢いだ。

 チカが愛用しているローザの香水に混じって、アルコールの匂いがする。

 酔っぱらっているのだ。

 そうでなければ夜の十時過ぎに押しかけてくるような人ではなかったし、「じゃーん」なんて口が裂けても言わないだろう。

 すっかり出来上がった様子のチカが、どっかりとテーブルに陣取ると同時に、乱雑に積まれた袋から缶のいくつかが転がり落ちる。

 缶を拾うどさくさに紛れて、わたしはノートを片付けた。


 「酔ってます?」

 「ちょっとね」


 バーで呑んでいたけどつまらなくなったのだ、とチカは笑う。

 虚ろな笑いだった。

 待ち合わせでもなければチカはバーで一人呑みしない。

 その彼女が夜更け前に帰宅。


 すっぽかされたのだろう。

 『彼』に。

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