ウチのメイドはその辺で死んでいる

カトーミヤビ

第1話

 ちょっと前まで、俺の将来の夢は「自分だけのメイドさんを雇うこと」だった。

 俺はメイドさんが大好きだ。優しくてお淑やかで自分のために尽くしてくれる彼女たちの、

存在そのものが大好きなのだ。

 他人になんと言われようと、メイドさんは最高だ。

 だから、自分だけのメイドさんがずっと欲しかった。

 ……ちょっと前までは。






 夕暮れ時。

「ふ~んふ~ん、ふふんふ~ん♪」

 台所を覗くと、フィリが妙な鼻歌を歌っていた。

「ふんふんふ~ん、フ~ンコロガシ~♪」

「メシ作ってるときにそんな鼻歌はやめろ」

「あっ、ご主人!」

 振り向いたフィリは、ニコニコと満面の笑みを俺に向ける。

「どうかされましたか? ご飯はもうちょっとかかりますよー」

「いや、別に用はないけどさ」

 そう言って、俺は目の前の少女を改めて見た。

 ちょっと幼さの残る笑顔、ショートカットの髪は栗色、やや子供っぽい体型の身体を包んでいるのはシンプルなメイド服。

 メイド服。

「よ、用もないのにわたしに会いに来てくれるなんて……まさかご主人、わたしのことを……!?」

「用がなくても自分の家の台所にぐらい来るだろ」

「だ、だめですよご主人。わたしはメイドで、ご主人はご主人なんですから……」

 話聞けよ。

「そんなに見つめられたら、いけないとわかっているのに、わたしっ……ご、ご主人~(ハート)」

 ひらり。

「な、なんで避けるんですかっ、お互い合意の上だったのにっ」

「いつ合意したよ!?」

「うう、つれないですね……」

「いいから料理に集中しろ、怪我するだろ」

「わたしのことがそんなに心配なんですね、ご、ご主(略)」

 ひら(略)。

「合意!」

「してねえよ!」

 ああもう、ったく。

 鬱陶しいフィリをその場に残し、リビングへ戻った。

 まあ、心配は確かにしている。フィリが、というか、フィリが怪我しないかが心配なのだ。

 しばらくすると、フィリが次々に料理を運んできて、テーブルに皿が並ぶ。

「おまちどーさまでした、ご主人。今日はハンバーグですよー」

「ああ、サンキュ」

 並んだ料理はどれも美味そうだ。

「それじゃ、いただきましょうか。わたしも失礼してっと。いただきまーす」

「いただきます」

 予想に違わず、ハンバーグの味は最高だった。フィリの作る料理は、九割方どれも美味い。

 残りの一割はわけのわからない料理にチャレンジしたときで、どれもわけのわからない味がする。

「わあっ、ご主人っ、これすっごく美味しいですよっ」

 嬉しそうにそう言うフィリ。いや作ったのお前じゃないか、とちょっと苦笑。

「はふー、ごちそうさまでした」

「ごちそうさま。んじゃ皿運ぶわ」

「そんな、メイドの仕事をご主人に手伝っていただいては……あっ、でもそーゆーのって、何か新婚さんみたいですね、えへっ!」

「んじゃ全部お前に任すわメイドだからなお前メイドだもんなお前」

「うう……」

 しくしく、と口で言いながら、フィリは手際よく皿を積み重ねて台所へ。

 また変な鼻歌が聞こえてきて、とりあえず一息つく。珍しいことに今日はまだ「0回」だ。もっとも今のところは、なので、油断は出来ないけれど。

 しばらくぼんやりテレビを見ていると、フィリがお茶を淹れて持ってくる。

「はいご主人、お茶ですよー」

「ん、サンキュー」

 お茶をすすっていると、フィリが「何かお仕事はありますか?」と尋ねてきた。

「とりあえずはいいかな」

 俺が言わなくても、いつも家事はほとんど終わっているのだ。ちょっと全力でやりすぎるきらいはあるけど。

「了解です。それじゃあ……ご主人、ソファーに横になってください♪」

「やだ」

「わたしの必殺マッサージでご主人を元気バリバリにしてあげますからね! あっ……もうっ、ご主人ったら、どこが元気になってるんですか……? 仕方のないご主人ですね……って、な、なんでイヤなんですかー!」

「イヤに決まってんだろ」

 殺すのか元気にするのかどっちだ。

「ご主人いつもお疲れですから、わたしが楽にしてあげようと思ったのにぃ……」

「安楽死的な意味で?」

「快楽的だなんて、や、やっぱりご主人、わたしのことを……ああーっ♪」

 よーしもういい。

「しくしく……うう、ご主人はなんでこう冷たいんですかぁ……」

 急須を持ち、いじけながら歩き出したフィリは、足取りがふらふらとしていて。

「……おい、ちゃんと歩けよ?」

「何ですか、どうせわたしのことなんて、いつでも家事をやらせるだけの都合のいい女だと思ってるくせに」

 その通りだろ。

「だから、気をつけて歩……」

「いいんですいいんです、わたしなんてご主人のために尽くしたあげく捨てられる運命なんです。ああ、健気なわたし。こうなったら一人寂しく、ご主人の冷たいベッドを温めておく作業に入り……」

 とそのとき。

「……いっ、たあああああ!?」

 ふらふらしてたものだから、柱の角に足の小指をぶつけてフィリが叫ぶ。

 ああもう言わんこっちゃない!

「いったああああいいいいい~~~! ……がふっ」

「お、おいっ」

 そのまま突然倒れたフィリを、慌てて抱き留める。

 急須は上手いこと床にあったクッションに助けられたが、残ってたお茶とお茶っ葉でクッションはびしょ濡れだ。

「あーもう。おいフィリ?」

「…………」

「はあ……ったく」

 やれやれ、とその身体をソファーに寝かせる。

「だから言っただろーがよ、お前は」

「…………」

 返事はない。フィリの意識はなかった。いや、正確に言うと――生きてさえいなかった。

 つまり。

 死んでいる。

「……ふう」

 ため息をつき、急須とクッションをそれぞれ片付けてから、テーブルに戻る。湯飲みを手に、テレビに向き直った。

 そうして、お笑い芸人が米俵を担いだまま24時間生活する、という過酷な番組が始まったところで、ふいに。

「――ぷはぁ!」

 とソファーから声が聞こえ、目をやるとフィリがちょうど起き上がるところだった。

「よお。だから気をつけろって言っただろ」

 生き返ったフィリに、そう声をかける。

「あ、ご主人。いやー、びっくりしました。死ぬかと思いましたよー」

「……死んでたんだよバカ」



 フィリは俺が雇っているメイドだ。

 正確には雇っているというか養っていて、果たして本当にメイドなのかも定かじゃない。

 他にも色々と特徴があり、あれこれ話せば長くなるのだけれど、ただ一点。

 何よりも重要な、何よりもおかしいコイツの特徴は――


 すぐ死ぬのに、不死身。


 訳わからない?

 大丈夫。俺もだ。

 でも悲しいかな、これが俺の、日常なんだ。



「あれー、ご主人急須のお茶捨てちゃったんですかー? もったいないですよー」

「お前だお前」

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