もちろん、世界には序列がある。
殻半ひよこ
敷島晴海の事情-Ⅰ
もちろん、
判定の為の項目は、まず何より
そんな具合に生徒たちは、【どの階層に所属するのか】を雰囲気とかで割り振られる。
で、その大雑把な括りによって、得られるものがそりゃあ大袈裟に違うのさ。
有体に言えば、【環境】ってやつが。
これがどうにも馬鹿にならない。
どころか多分、世界で一番おっかない。
そのことを、骨身に沁みて知っている。
だからあたしは惜しまない。
その為の努力を惜しまない。
やれることならなんでもするし、
飾れるものは、ド派手に使う。
「紹介するね! この人が、あたしの彼氏の、
「どもっ。いつも
放課後の校門前、あたしが連れてきた四人のクラスメイトに彼はフランクに挨拶した。
センスのいいブレザー……
同じ
口さがない連中がほざくところの、【円芭は渡鹿島の上位互換】――時には教師・顧問も【打倒】と口を滑らしてしまうぐらいに、目の上のたんこぶなのだ。
「卒業後は同じ大学に行こうな、とか話してて、放課後とか休みとかは一緒に勉強とかもするんすよ。よかったら、今度皆も一緒にどうかな?」
つまり、それだけ厄介な敵だからこそ、
敵である時には目障りだった能力が、自分たちの為に発揮される有益となれば。
掌返しに、価格が変わる。
「うっし、じゃあ今日は親睦会っつーことで、俺の行き付けの喫茶店に招待させて貰っていい? もち、今日は出会いの記念で全部オゴり! いやよかった、男女二人だけだとケーキも頼みづらくって! ホールで注文しとけばさ、隠れてこっそり摘めるもんな!」
爽やかな笑顔、人懐っこい喋り方。
それで、けりがついていくのがはっきりと見て取れた。
――ま、そも悲しいかな、共学ではないシマジョの面々は、普段同年代の異性と関わる機会が無い。
加えて、相手がイケメンで、明るくユーモアもあって、しかも【円芭校生】というステータスまでついているとくれば、イチコロにもなるだろう――あわよくば、この彼をきっかけに、他の男子を紹介してもらえるかもしれない、という下心もあったりして。
「お、それいいね本条くん! いいかな、みんな?」
四つの首が揃って頷く。
その態度、その目であたしは安心する。
一番乗り気で、ヒトの彼氏だって言ってるのに馴れ馴れしく肩を寄せ、『本条くんって円芭ではどんなトモダチと遊んでんのー?』とズケズケ尋ねていく宮岸さん。
彼女、今朝までは『ハルミって何かノリ違うよねー』とか言ってたんだけどなー。
ともあれ、これでひとつ壁を越えた。
【円芭生のイケメン彼氏を持つ女】としての認識がこの四人に――二年でも取り分け影響力を持つ生徒に刻まれたのを確認し、いつだって不安定な自分の足場に、ひとまずの感触を得る
。
それじゃあまあ。
甘い汁は啜らせますので、明日から拡散お願いします、4chスピーカーさん。
■
喫茶店では終わらなかった。
その後カラオケをハシゴして、解放されたのは七時半。本格的な夜の入口で、四人はそれぞれに媚び媚びのリアクションを残して帰っていった。
「あんたはいいの?」
繁華街から抜けたあたりで尋ねるも、質問の意図を分かりかねたらしく、小さく眉が顰められる。
「門限とか。心配される、っつーか叱られたりするんじゃない?」
「ああ」
合点がいったように本条は笑い、
「ウチ、結果主義だから。やることやれなきゃどんな事情があっても許さないけど、逆に、こなすとこだけこなしてりゃあ、後は知ったこっちゃないってさ」
あたしは曖昧な返答しか出来なかった。覚えてるのと違うね、という言葉は、ギリギリのところで飲み込んだ。
駅のコインロッカーから大き目の鞄を取り出して、本条はそのまま近くの寂れた公園のトイレに入る。
「んじゃ、ちょっと見張っといてね。シックヨロー」
数分後。
周囲を窺う様子も無く、むしろこっちが冷や冷やするほど堂々と、そこから出てきた。
着替えを終えて、出てきた。
凛々しく、
背の高い、
険の強い目をした、
制服姿の女の子が。
「では、本日はここまでね。ご利用ありがとうございました、
人懐っこさの欠片も無い、冷静で、事務的で、淡々とした声。
当たり前の、透き通った、ガール・ソプラノ。
「また御用命の際はいつでもどうぞ。私はあなたに、逆らえない立場ですから」
その背中が、夜の中へ遠ざかる。
あたしはそれをただ見送る。
阻めないその足取りと、躊躇いの無い別れを、あたし一人の為だけの喪失感を噛み締めている。
私立円芭高校特別進学科二年、本条文弥――
――こと、本名、
男装趣味の、女の子。
■
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