逢魔奇譚 Unreadable Books
レライエ
第1話破滅、その始まり
「知ってますか?【読めない本】っていう本」
その言葉に、僕は現実に引き戻された。
読んでいた本から顔を上げ、店内に目を向ける。一瞬焦点が合わず、数回瞬きをした。
そして首を傾げた。
狭い店内はいつものように、黴臭い古本と本棚、そこに入りきらなかった本の山で埋め尽くされ、足の踏み場はゲームの高難易度くらい少ない有り様。
その数少ない隙間に、少女は立っていた。
「………」
僕は眉を寄せる。
客は他にはいない。声を出したのは少女だろうし、その相手は自分に間違いないだろう。
けれど、僕は返事が出来なかった。
だって少女は僕を見ていなかった。
手にした文庫本に視線を注いでいて、僕からはその横顔しか見えなかったのだ。
自分で切ったのだろう毛先の乱れた短い黒髪の少女は、横目ですら僕の方を見てない。ただ静かに、無感情な瞳を文字へと注いでいるだけだ。
単なる独り言か、或いは空耳の可能性さえある。だから僕は返事をするかどうか、少し迷ってしまったのだ。
けれど、少女はそれ以上何も言わず動きもせず、僕は諦めて口を開いた。
「何か、探し物ですか?」
「【読めない本】です。知りませんか?」
「うーん」どうやら僕への呼び掛けで間違いはなかったようだ。視線こそ向けないが答えてくれたし。「知らないわけじゃないけど。どう言えばいいか、そういう謂れのある本って多いんだ」
僕は本を置くと、少女に身体ごと向き直る。「鍵がかかってたり接着されてたり、文字が読めないとか現代では失われたとか、あとは読むと気が狂うなんていうのもそうじゃないかな」
古今東西、逸話のある本は幾らでもある。
心当たりがないのではなく、ありすぎて困る。
「では、それはどうでしょう?」
「それ?それって」
視線も指も動かさない少女の言う【それ】が何の事か解らず、僕は手元に視線を下ろす。
「………あ」
目の前に、一枚の紙切れが載っていた。
僕は首を傾げた。先刻置いた本の横に、そんなものあったろうか。
「おにいさん、全然気付かないから。ずっと本読んでる。店員としては駄目じゃないですか?」
「うぅ………」
成る程何の事はない、少女は紙を置いたが返事がないから呆れて本を読んでいたのだろう。僕は羞恥を誤魔化すように慌ててその紙を手に取った。
「え、えっと、どれどれ?」
最初は、苦笑しながら。直ぐに、その文面に夢中になる。
「『葬儀屋であれ、墓泥棒でなく。商人であれ、客でなく。取り出し持ち去る者読む事叶わず、取り戻し持ち込む者その資格在り。だが心せよ、それは資格に過ぎず、許可に非ず』………これは」
「それがヒントです」
「うわっ?」
いつの間にか、少女は僕の目の前に立っていた。座る僕を、硝子玉めいた瞳で見下ろしている。
「そこに、商人であれって書いてあるでしょう」少女は僕の動揺を気に留めず、淡々と言葉を紡ぐ。「だから、本屋さんなら知っているかと思いまして。業者同士しか知らないような………」
僕は、違和感に顔をひそめる。
少女は物静かで、肌は蒼白を通り越して土気色だ。熱心な探し物にしては、外見的な熱中が足りなすぎる気がした。
だからかもしれない。
「………さあ、僕は単なるバイトだから」
そんな風に、すげなく首を振ったのは。
「そうですか」
やはりそれほど執着も見せず、少女は引き下がった。
その手には、紙は握られていない。
「それは差し上げます。もし良ければ、他の方にでも尋ねてもらえたらと思います」
「………そう、それはどうも」
「はい、では」
一礼すると、少女はさっさと店を出ていく。本の山には掠りもしなかった。
何だったのか。僕は首を傾げながら、それでも、貰った紙を放すことは無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます