会いたい
碧夜
第1話 幼馴染?
「こんにちは」
「こ、こんにちは……」
「とりあえず、ご飯でも食べようか?」
「あ、あぁ、はい、そうですね……」
一体なぜ、こんなことになってしまったのだろう。
この、本名すら知らない男と会うことになってしまうなんて……。
事の始まりは、今から1年前。
いつもと繰り返しの毎日にうんざりしていた私は暇つぶしに、と思いチャットをすることにした。至って健全な、普通の会話を楽しむものである。
そこで出会ったのが、この男。
自分でも驚くくらい気の合う人だった。
価値観というか、考え方というか、そういうものが一致するような相手。
一緒に居たら、絶対楽しいと思える相手。
だからこそ、会いたくはなかったのだけれども。
つい、仕事で彼の住んでいる場所の近くに行くなんて言ってしまったがために、こんなことになってしまった。
「えっと、改めて自己紹介でもする?」
「あ、はい……」
「俺は
真由はすらっとしていて、顔立ちも整っている美しい人だった。
一挙一同が絵になるくらい、私の目には眩しく映った。
なぜ、こんな人がこんなことをしているのだろう。
「で、君の番」
「あ、私は春です、一応本名……」
気まずい沈黙が流れる。
私の緊張は、きっと真由にも伝わってる。
真由はこういうことに慣れているのだろうか。
「今日は、来てくれてありがとう」
コーヒーカップをテーブルに置き、真由は話した。
「本当のこと言うと、来ないんじゃないかなって思ってたよ」
真由はそう言って笑った。その笑顔が私の心に刺さる。
ええ、本当は来るつもりなんてなかったんです。
あなたに会うつもりなんて、1mmも無かったんです。
ただ、私は――
「断れなかっただけ、でしょ? 知ってる」
真由は笑った。先ほどとは違う寂し気な目で。
私は、この人のことを知ってる……?
そこで初めて、今まで真由の目を見る余裕も無かったことに気がついた。
真由の目は、どこかで見たことのある目。
あれは、どこでだっただろう。
「……ごめんごめん、ちょっと無神経だったかな」
「あ、いや、そういうことでは……」
真由を見ていると、なんだか懐かしい気持ちになった。
よく見ていると、真由の姿が幼馴染と重なった。
高校までずっと一緒だった幼馴染。
卒業してからは、一度も会っていない。彼女はいま、何をしているのだろうか。
「……会いたい……」
思わず口から出た言葉に、真由は驚いていた。
何かを言おうとして、言葉が出ない様子でいる。
「ご、ごめんなさい、ちょっと昔のこと思い出しちゃって」
「……昔のことって?」
「ちょっとした、私の後悔のこと……」
誰にも言うつもりは無かった。一生自分の中に隠しておくつもりだった。
それを真由に話そうと思った理由は、ひとえに真由が幼馴染に似ていたからだと思う。
「今でも、時々彼女のことを思い出すんだけどね……」
彼女とはいつも一緒にいた。どこに行くにも、何をするにも。物心ついたときから、すぐそばに。小学校、中学校、高校、ほとんど毎日一緒に居た。
ただ、彼女と僕が一緒にいることで、僕と彼女が付き合ってるなんて噂も流れたりした。僕はまんざらでもなかったけれど、僕も彼女もそれを口に出すことはなかった。
彼女のことは好きだったけれど、それ以上に僕は自分のことが大切だった。
僕は元からこの姿が好きではなかった。
なぜ、男に生まれたのか。なぜ、女じゃないのか。
気がついたら、そんなことを考えるようになっていた。
別に、恋愛対象が男というわけではなかったのだけれど。
そんな考えがあったから、彼女とどうこうなるつもりはなかった。
きっと彼女もそうだったのだと思う。
そんな関係も高校を卒業するときに終わってしまった。
卒業式に彼女から告白されたのだ。
ただ、僕はそれに応えなかった。
応えられなかった。
僕は彼女と一緒に居ることよりも、自分が自分でいることを選んだ。
彼女から離れることを選んでしまった。
僕の選択は――
「正しかった、ん、だろうか……」
気がつくと、涙が溢れていた。
彼女と離れて、初めて彼女のことがこんなにも好きだったことに気がついた。
どうして、もっと考えなかったんだろう。
どうして、彼女から離れてしまったんだろう。
どうして、どうして、どうして……。
「ごめん、真由子……」
真由はハンカチを取り出して、私に手渡した。
「……ありがとう」
「いや、辛いこと話させちゃったね」
彼も悲しそうな顔をしていた。
彼は私の涙が止まるまで、静かに傍で見守ってくれていた。
「ごめんなさい、もう大丈夫……」
「そっか……、じゃあそろそろ行く?」
「うん、ありがとう」
お店を出て、私は彼と一緒にいるのが申し訳なくなってしまった。
彼も、それを察してくれたみたいで、今日はもう帰ろうと言ってくれた。
私は黙ってそれに頷いた。
お互いに、何も話さずに歩いていく。
なんで、こんな話をしてしまったのだろうか。
今更冷静になって、考えてしまう。
あれ、もしかして普通に気持ち悪いとか思われてる?
どうしよう、だから会うのなんて嫌だったのに。
そんなことを考えていると、彼と別れる道まできてしまった。
「……それじゃあ、また……」
「うん、また」
「今日は、えっと、その……」
「大丈夫、気持ち悪いとか思ってないから」
「え……?」
「君ってさ、本当にわかりやすいよね」
彼はそう言って笑った。
お互いに手を振って、反対の道を行く。
なんだか、気恥ずかしくなって、走り出したい気分だ。
何歩か歩いて、後ろから声が聞こえた。
「春斗!!!」
すぐに振り返る。真由が私に向かって叫んでいた。
「知ってたよ!全部!!」
「なん、で……」
「春斗って、わかりやすいんだよ!昔から!!」
思わず彼の元へ走り出した。
気がつかなかった、だってそうでしょ?
真由子も自分と同じだったなんて。
私だって、こんなに変わってるのに。
「ずっと、会いたかった……会いたかったんだ……!!」
「俺もそうだよ」
「ずっと後悔してた……!」
「それはさっき聞いた」
「ごめん、本当に、ごめん……」
「謝らないでよ、俺はさ、会えて嬉しいんだ」
「うん……」
「折角こうして会えたんだから、また一緒にいよう?」
「いいの……?」
「もちろん!」
これまでの間を埋めるように、私達は話をした。
今までの後悔も、全部上書きするくらい。
君に会えてよかった。
そう言って笑う真由は、昔と何も変わっていなかった。
会いたい 碧夜 @heath_snow
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