お忍び学園生活記(仮)

祈影 星来

第1章-1 学園生活の始まり

 ある日の中庭にて。

「……きゃーっ‼」

 中庭で上がった悲鳴は、しかし決して鬼気迫るものではなかった。

 そのような声は、この学園内にいる者ならば誰でも一度は耳にしたことがあるだろう。

 誰かが上げた悲鳴が合図ででもあったかのように、校舎の窓には見物客がひしめき合う。中には中庭まで降りていく者までいる。

 そんな彼らの視線の先に居るのは……

「はは、……困ったなぁ」

 そうぼやいて、一人の青年は苦笑した。

 彼の名は、カイン・ハイネ。学園の、言わば人気者だ。

「カイン様っ、本日は何かご予定はおありですのっ?」

「もしお暇がおありでしたら、是非わたくし達のお茶会にいらして頂けませんか?」

「あら、抜け駆けは禁止ですわよ。ね、カイン様。わたくしのお家で舟を浮かべる予定ですのよ。よかったらご一緒にいかがですか?」

 カインはすぐに、女子生徒の群れに取り囲まれて、身動きが出来なくなってしまった。

「んと、申し訳ないのだけれど、今日は先約があるんだ。ついでに言っておくと、今週の予定はもう空いてな――」

 女子生徒の波に揉まれながらも、カインはどうにか返答を返す。

 それを聞いた周囲の生徒たちは嘆息を漏らした。

「「「そんなぁ」」」

 外の国の血が入っているカインは、外見も綺麗と評すに相応しいもので、物珍しさも手伝っているのか、女子生徒たちから好意の標的にされているのだ。魅了されて寄って来るのは、女子生徒だけではなく、そのことによってさらに彼の人気は大きいものになっていた。

 事の始まりは、数週間前――



 学園に編入生が来る、という話が持ち上がり、どんな編入生が来るのだろうかと学園の生徒たちがざわめき出した頃のことだったか。

 その人物は唐突に現れた。

 中庭に佇むその人物を、最初に見つけたのは誰だったか。

 その存在が周囲の人間に認識されてからの騒然ぶりは、教師たちが目を瞠るものだった。

 その編入生というのがまさに……

「……ハイネ?」

 誰かが彼の名を呼んで、その声の方を振り返った彼は、ふわりと微笑んで言った。

「やだな、カイル。僕のことはカインって呼んでよ」

 それが、カインが初めて学園に来た日のこと。



 カインは外の国から来たのだが、幼い頃はこの学園がある国で過ごしていた。

 だから話すことや読み書きにも支障は無く、彼はすぐに学園に馴染んだ。

 そしてこの学園には、昔のカイン・ハイネを知る幼馴染み達も通っていた。

 それが、カインが初めて現れた日に中庭で、誰も知らないはずの彼の名を呼んだ人物。

「ちょっと良いか? 空けてくれー」

「カイン、大丈夫?」

 現れた二人の男子生徒に、カインの周りにいた女子生徒たちは掻き分けられて、渋々といった様子だったがバラバラと散っていく。これがこの二人でなかったら、女子生徒達からの手痛い反撃を受けていたことだろう。

「う、うん。ありがとうリオン、カイル。毎回ごめんね」

「カインは悪くないでしょう?」

「そーそ。カインが謝るこたぁねぇんだよっ♪」

 リオンにポンポンと背を叩かれて、カインは笑顔になって頷いた。

「うん」

「オレらがちょっと離れただけでこれだもんなぁ。んじゃ行くかー」

 リオンの声に、三人は苦笑しながら歩き出す。

 カインの幼馴染みであるこの二人、カイルとリオンも、カインが来る以前から学園では顔が広く知られている存在であった。

 細身で成人近い男子にしては小さめな身体、綺麗な容姿を持つカインがそこに加わったことで、彼らのファンクラブはさらに需要を増していた。

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