救難 ニート相談室

@pamphlet

第1話

夜の街の一角にぽつんと在る、辛口人生相談。だけど無料。そんな慈善事業を一人で行っている男はニートだった。そこに一人の相談者が現れた。


「こんにちは!」


入り口でニートの目を見ながら、その男ははっきりとした声で挨拶をした。


「声がでかいな。座って」


ニートはテーブルを挟んだ対面の椅子に男を導いた。


「失礼します!」


元気良く入ってきたこの男は、近くの大学に通う大学生である。彼もまた、どこにでもいる普通の悩める大学生なのであった。


ニートはまだ肩が張っている大学生にいくつか質問をした。サークルは何をやっているかとか、趣味は何かとか、とりとめのないものである。


そして、本題に入った。


「今日はどんな悩みを持ってきてるんだ?」


単刀直入である。


「……大学生活、このままじゃ終われないんです!」


「なんで? 単位が足りないから?」


「そういうことじゃないんです。大学には入りました。お蔭様で単位もまずまず取れています。サークルにも入りました。バイトもやっています。でも、何か足りない」


「うん」


「大学生活、もっと充実させたいんです」


「充実ねえ。君は今何年生だっけ?」


「二年です!」


「まだあと二年以上もあるじゃないか」


ニートらしい思考回路である。


「いえ、もう二年しかないんです! だらだら生きていたらあっという間に卒業です。僕はそういう人にはなりたくない!」


大学生らしい思考回路である。


「だらだら生きたくない、何か面白い事をしたいというわけか」


「はい。なんというかこう、熱くなりたいんです!」


「ビジョンが見えてこねえな」


「それなんです。大学生活、どんな事をすればいいか、先輩にアドバイスを頂きたく思っております!」


謙譲語を駆使し、ニートに教えを乞うた。


「先輩って」


「……人生の先輩ですから」


大学生は赤面しながらも自分の本当の気持ちを吐き出していった。


ニートは高校卒業後、二年間アルバイトをしていたが、それを辞めてから三年間無職である。だから年長者という点では確かに人生の先輩ではあった。しかし大学には行ってないので、大学生活で何をすればいいのか、具体的には分からない。だから人生という広い視座でもって大学生のすべきことを見つけていくようにする。


「まあいいよ」


「ありがとうございます! それで僕はどうしたらいいんでしょうか」


「とりあえず、就活で成功するような生き方を目指してみるのが良さそうだな」


ニートにとっても仕事探しは一大関心事であった。いくら現在は職探しを休止しているとはいえ、その辺の大学二年生よりは詳しいはずだ。


「立派な社会人になる為にはこの夏をどう過ごしたらいいんですか?」


大学生は立派になりたかったのだ。誇りを持てるような自分になりたい。いつも美味しい所を持っていかれる出遅れ人生から抜け出して、社会人になるに向けてスタートダッシュを切っておきたく思ったのだ。


「いい宗教団体があるぞ。うちの家に良く来るんだけど、お前に紹介してやろうか」


「うーん、宗教はいいものなんですけどね。縋れるものがある人間は、何も持たない人間より土壇場で強いですよね。だけど、僕の目指すのとはちょっと違うかもしれない。とりあえず資料だけ貰えますか?」


大学生は宗教に対し表面的な理解を示した。


「後でやるよ、家帰ればどっさりあるから」


「他には何をすれば熱くなれるんですかね?」


「熱くなる、ねえ」ニートはその単語がどうやら腑に落ちないようだった。「……そもそも熱くなるって何? あんまりピンと来ない単語だな」


「仲間とともに寝食を忘れて何かに打ち込み、生きてて良かったと思えるような、そんなことです」


「なんだろうな」


「あ、そうだ。例えば、社会人の先輩と関わって経験値を吸収したいな、と思うんです」


大学生のこれまた漠然とした願望に対し、「インターンシップに参加したらいいじゃん」と、一度もやってない事を薦めるニートであった。ニートの語彙は、主にインターネットのニュースサイトやSNSサイトによるものである。


「いいですね! 参考にします」


「なんか若干見えてきたかも。とにかくグループで何か活動がしたいわけだ」


「そういうことです! あとは、色んな人と繋がりたいと思います。大学の中にいると、どうしても似た者同士で仲良くなるじゃないですか。それはそれで楽しいんですけど、たまに寂しくなったりするんです」


「自分の壁の外側にいる人間と仲良くなれない事にか」


「はい。偏見を持たず、色んな人たちと触れたい。繋がりたい。若いうちに体力使って色んな所へ行きたい。そこで、色んな考え方、生き様を吸収したいんです」


大学生は吸収という単語がお好みらしい。


「あー、子供とか老人とか外国人とかでしょ?」


「はい。年齢が異なるだけでも、色んな文化を取り込めますよね」


大学生は世の中の核家族化を憂いていた。一方ニートは一人っ子で家が裕福だからこそニートを続けられている面があるため、必ずしも大学生の意見に合わせられないという姿勢を取っていた。


「夜の仕事をしている人とかとも会ってみたいです。キャバ嬢やホストですね。他には身体に不自由のある人とか。あとニートはとかホームレスとか。批判する人も多い人達ですが、僕はそういう人達とも一人の人間として付き合っていきたいです」


「……ああ、そうだね。広い世界を見た方が良いな。自分の生活圏の中で引き籠るのは不健康だよ」


そう言いながら、しまった、自分が無職である事を告げるタイミングを逃した、とニートは思った。


「今日相談をしたのも、人生相談をやっている人がどんな人なのかを知りたくて来た、というのに一つの理由があります」


「ほー、俺がどんな人間か分かったか?」


「少しだけ分かりましたが、まだまだ分からないことだらけです。昼間は何をされているんですか?」


「ふっ、それは自分で引き出してみろよ。調べたり尋ねたりすればなんでもすぐに情報が手に入ると思ったら大間違いだぞ。がんばれ大学生」


昼間がいつを指すのかにもよるが、午前中はほぼ間違いなく寝ている。それがニートのリアルである。


「頑張ります。とりあえず何をすればいいのか少しだけ分かりました。インターンシップ、キャバクラに行ってみる、ホームレス体験をする、ニート体験をする……」


大学生はこれまでの内容を反芻した。宗教には入りたくないので弾いたようだ。


「ニート体験をするにはまず大学を辞めなきゃいけないな、ハハハ」


ニートは本人にしか分からないブラックジョークを吐いてすぐに自己嫌悪に陥った。


「ホームレス体験をして節約すれば、キャバクラに行くお金が貯まる!」


そうすればホームレスの友達もキャバ嬢の友達も一気に出来るという算段だ。


「キャバ嬢友達にするのは簡単じゃない気がするな」


「友達にはなれなくても、キャバクラの空間とか世界観とか、裏社会を自分の中に取り込みたいんです」


「がんばれよ」


「考えるだけでわくわくしますね」


未来の話。夢のある話。大きな話。輝かしい話。それらはみな、人を明るくする話である。それはもう、ニートには眩しすぎるほどに。


「まだまだあるぞ。外国人留学生と英語で交流会」


「いいですね」


「紛争の続く南アフリカの貧困農村でボランティア」


「それはいい!」


「ベンチャー企業社長と就活大学生によるトークショー」


「すごい! やりたい!」


「ぱっと見地味だけど良く見たら実は美人の彼女をガチでプロデュース!」


「今すぐにでもやりたい!」


「クリエイティビティとリーダーシップを兼ね備えたビジネスパーソンがノマドワークで切り拓く次世代のソーシャルエンジニアリング」


「かっこいい! 実現する価値あります!」


ニートは大学生をおちょくった。大学生のテンションはどんどん上がって行ったが、ニートはそれに反比例するかのようにどんどん空しくなっていった。ニートは何故大学生をおちょくり、空しくならなければならなかったのか。それは、ニートもかつて大学生と同じような悩みを抱えていたからだ。


高校を卒業しコンビニでのバイトを初めて一年が過ぎた頃、ニートは金の為に時間を切り売りするだけの毎日に強い無力感・倦怠感を覚えていた。


バイトで自己実現ややりがいを見出せるほどの実力は働き出して二年目のニートには無かったし、そもそもシフトもあまり入れてもらえなかった。店長は自分の出勤時間のレジを華やかな女子高生で固め、深夜枠にニートなど汚いどころを追いやっていった。


ニートは昼間の空いた時間、インターネットをしたり、図書館に行ったり、別のコンビニで立ち読みしたり、散歩したりしながら、どうやったら今の生活を変えられるかをひたすら考えていた。


その過程で思い付いたのがボランティアであり、ベンチャービジネスであり、ホームレス体験である。しかし、どれもこれも実行に移す事なく、いや、あれこれと簡単には手を出したのだが、どれも長続きせず、自分自身に変えるにも至らず、そのままさらに一年が経過した。一年掛けて出た結論は、「とりあえず今のバイトを辞めてみよう」だった。


そして無職になってみて、確かにバイト時の苦痛は無くなった。時間も更に増えた。しかし、閉塞感はより一層強まり、それに加えて焦燥も季節を超える毎に大きくなっていった。時間があり過ぎかえって自由を持て余した。時間を無駄にするたび、周りの人間は何か意味のある事をして前に進んでいるように思い、自分を責め、後ろめたくなり、ますます何も出来なくなっていた。しかし、元のフリーター生活にも戻りたくなかった為、職探しを出来ずにいた。


そして今。ニートは突如として思い付いた人生相談という新たなチャンスに今後の人生を掛けた。夜の駅の一角で、人間の心の最深部と向き合う。簡単な事ではないだろう。自分より重い悩みを抱えている人間もいるだろう。しかし、そうやって自分を追い込むことで、生きる力を引き出す。そうすれば何かが変わるかもしれない。


こんな俺でも誰かの話を聞くことくらいはできる。せめて俺のようにならないでくれというメッセージだけでも伝えたい。俺と同じ轍を踏まないでほしい。そんな気持ちは相談者の皆に伝わるのだろうか。それで、皆がより力強い選択をして貰えるならば、俺の人生相談で誰かの人生にちょっとでも影響を与えられるならば、俺の人生にもまた光が射すのかもしれない。ニートにも、そんな気持ちがまだ残っていたのだ。


ニートが人生相談を無料で開いたのは、この人生相談の目的が、生き甲斐を見つけるため一点であったからだ。金を取ったら恐らく人は来ないだろうと踏んだのだ。ニートは親の金で必要最低限の生活を送られているので、あまり金欲が無かったということもあるが。


「色々案は出したぞ。結局どれをやってみたいんだ? ここで決めろ」


「うーん、何なんでしょうねえ」


「ホームレス体験か」


「親になんて説明しよう、うーん」


「トークショーか?」


「社長とのコネなんて無いですし……」


「キャバクラか?」


「それはお金が貯まったら行きます」


「お前の本当にやりたい事ってなんだ?」


「あるっちゃあるんですけど……」


「それをやったらいいじゃないか。ボランティアはやりたい事が無い奴にやらせとけよ」


「うーん……」


大学生の煮え切らない態度に、ニートはイライラしていた。これは一発かまさなきゃダメな場面だ。グズグズしている人間ってこんなにムカつくものなのか。ニートはあるだけの勇気を振り絞った。


「結局さ」


もう引き返せない。ニートは自分で自分の背中を押した。怒号の濁流が生まれた。


「お前は何もしたくねえんだよ! 苦労もせずに成功しようとしてる。そんな浅ましい考え方で何かができるなら、とっくに何か出来てるだろうが! お前は何も考えたくねえんだ! いつも近道ばかりしようとする。面倒な事からは逃げる。だから、だからお前はいつまでたってもダメなんだよ! お前が内心馬鹿にしてる社会人はな、お前がぐうたらしてる間に汗水垂らして仕事してるんだよ! 面白い事がしたいとか言ってねえでさっさと何かやれよ!」


ニートは、いつも自分が他人に言われている通りの事をそのまま口にした。お前が内心馬鹿にしてる社会人のくだりは、もはや大学生に向けてではなく、自分自身の怠惰へのメッセージであった。こういう事を自分が言う側になるとは。


大学生は、歯を喰いしばって、泣きそうになるのを堪えながら、下を向いた。今までの人生で怒られ慣れていなかったので、怯えきってしまったようだった。ニートも逆ギレされないだろうか、と心配し始め次の言葉が出なかった。そこから十秒ほど黙ってから、ようやく大学生が口を開いた。


「ありがとうございます」


「……え?」


ニートはまさかの反応に拍子抜けした。


「今までの人生経験の中で、僕の事を本気で叱ってくれる人はいませんでした。今日ここに来た一番の理由は、『辛口人生相談』という言葉に胸を打たれたからです。本当は、誰かに僕の事を叱ってほしかった……」


大学生は心のうちの最も恥ずかしい部分を告白した。


「怒って感謝されんなら楽なもんだな、はは」


ニートは、キレたことで心身ともに緊張していたが、それが大学生の言葉で緩和したこと、また自分が少々あざとさを感じながらも名付けた辛口人生相談というフレーズを評価された事で、小さく微笑んだ。


「ありがとうございました。……実は、前から気になっていたサークルがあったんです。それに入部してみようと思います」


「なんだ、やりたいこと、あったんじゃねえか」


「はい!」


 大学生もニートにつられ、笑い始めた。


「必ず入部します。本当に! ありがとうございました!」


「いや、決めるのはいつだってお前自身だ」


ニートは決め台詞を言い、大学生は深くお辞儀をして、夜の街から家へと帰って行った。ニートは身体の芯が熱くなっているのを感じた。


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