携帯電話
「うわっ!お前、遂に手に入れたの!?」
「凄いだろ?やっと念願のNZ46UNが手に入ったんだ。」
「どうやって手に入れた?こんな代物、誰も手に出来ないと思ってた。どうせまた、親父のコネを使ったんだろ?」
「お前は、エクスかリバーの伝説を知らないのか?」
「はっ!?」
華やかな夜の街で、3人の若者が馴染みの高級店で酒を酌み交わしていた。
1人がほろ酔いになるとカバンの中から携帯電話を取り出し、仲間の2人に自慢し始めた。
「岩に刺さって誰にも抜けなかった剣を、アーサー王だけが手に出来たんだ。つまり、俺が携帯を選んだ訳じゃない。携帯が俺を選んだのさ。俺には、この携帯を手にする資格があったのさ。」
「……。それを言うならカリブルヌスだろ?エクスカリバーは、湖で手に入れた剣だ。」
「………。お前、何言ってんの?」
「良いか?諸説があるにせよカリブルヌスとエクスカリバーは……」
「……知らねえよ。そんな事。とにかく!俺はこの、至高の携帯を手に入れたんだ!今日は気分が良い!パーッと騒ごうぜ!」
時は近未来。携帯電話が、通話よりもコンピューターとしての役割を多く果たす時代だ。
「お楽しみのところ済みません。身分確認がしたいのですが…。」
「また警察かよ?はい、これ。」
混沌とざわめく夜の世界。それに紛れて未成年が飲酒をする。警察はそんな輩を取り締まる為に、特にこの街の巡回を怠らなかった。今日も多くの店を回り、3人の若者のテーブルでも検問を行った。
童顔である3人の若者は、面倒臭そうに警察の要請に応じ、携帯電話を差し出した。
「……。本人確認が取れました。ご協力に感謝致します。深酒には、充分ご注意を。」
「毎回毎回、面倒臭いぜ。顔見りゃ分かるだろ?」
「時として、成人の携帯電話を拝借する人達もいるんです。」
「?チップが合わないじゃないか?」
「身内はDNAが似ているので、時として誤作動を起こすんです。」
「マジ!?せめて3年前に教えて欲しかった!」
警察は携帯電話を通して彼らの年齢と本人確認を行った後、敬礼と共に去って行った。
確認したのはそれだけではない。過去の犯罪歴や学歴、家族構成なども全てチェックした。
この国では満5才から、携帯電話の所持が義務付けられている。貧困な人々には国が物品を支給し、だが裕福な人々は、常に機能が高い携帯電話を求め続けた。
「お勘定は、この携帯で。」
「お客様!物凄い携帯電話をお持ちで!」
「…まあね。俺は、選ばれた人間だから。」
程よく酒を楽しんだ3人は、店を後にする事にした。勿論、会計も携帯電話で行われる。所謂電子マネーだ。
「若いのに…ここで遊んで行くの?」
「未成年じゃないし、お金もあるさ。」
「……。確かに…。変な病気も持っていないしね…。」
「それじゃ、あんたの事もチェックさせてくれよ。」
「……。心配性なのね?」
「義務だろ?」
「はいはい。」
その後、3人は異性と戯れる事にした。携帯電話は身分証明証や財布の役割だけでなく、個々人の健康管理もチェックした。全て、国から義務付けられているのだ。
「それじゃ…帰るとするか?」
「俺はもう少し楽しんでからにする。お前達は先に帰れよ。」
「携帯を自慢したいんだな?深酒には気を付けろよ?」
「携帯が教えてくれるさ。」
充分に夜を楽しんだ3人だったが、今日の主役になりたい若者は、もう少し街に残ると言う。
彼は2人と別れた後、別の高級店に向かった。
「もう1杯!」
「お客様、そろそろ限界かと…。携帯電話から、警告音が鳴っていますよ?」
この国が国民に義務付けたのは、携帯電話の所持だけではない。体に特殊なチップを埋め込み、携帯電話と連動させていた。健康管理を始め飲酒の度合いや喜怒哀楽が、全て携帯電話のモニターなどに反映されるのだ。
だから携帯電話が盗難に遭っても、中にある電子マネーが盗まれる事もない。埋め込まれたチップから読み取れる生体反応が一致しなければ、携帯電話は機能しないのだ。
詐欺被害もなくなった。携帯電話が、正確無比な嘘発見器になるのだ。裁判も形式だけが残り、恋愛もスムーズだ。
「違う違う。この携帯、壊れてんだよ。一滴でも酒を飲むと、警告音が鳴っちゃうの。」
「…でしたらお客様、先ずは携帯電話を修理してからご来店下さい。このままでは、私達はお酒を売れません。」
国の法は徹底している。飲酒過多の警告音を聞いた店が酒を売ると、犯罪行為になってしまうのだ。
全ては携帯電話の恩恵だ。
この国は携帯電話で管理され、携帯電話なくしては何も出来ないのだ。
「修理なんて……明日やるよ。だから…もう一杯!」
「困ります。それは出来ません。法で定められています。」
携帯電話の修理は必須だ。それが故障したとなると、所持者の存在も証明出来ないのだ。
「何だと!?お前はこの携帯が目に入らないのか!?最新の、超レアな携帯だぞ!?」
「それは存じておりますが、だからこそ怪しいです。そんな携帯が、故障したとは思えません。」
「五月蝿い!さっさと酒を持って来い!持って来ないんだったら…」
「!お客様!何を!?」
若者は酔っていた。最高の携帯電話を手に入れ、我を失っていた。
若者は店員を押しのけ、棚に並ぶボトルを勝手に開け、飲みたいだけの酒を飲み始めた。
「けっ、警察を!このままじゃ、私達が逮捕されてしまう!」
焦った店員は、急いで警察に通報した。
「…………。あれっ?ここは?」
「やっと目が覚めたか?留置所の中だ。昨日は、携帯電話の忠告も聞かずに無茶をしたようだな?……?それとも……。」
次の日の昼、若者は目を覚ました。側には警官が2人いたが、若者との間を鉄格子が遮っていた。
「……お前…ひょっとして不法入国者か!?」
「……はっ?」
警官の1人が、若者の正体を怪しんだ。全てが携帯電話で管理されるこの国に置いて、携帯電話の忠告も聞かずに飲酒する事など有り得ないのだ。
「不法入国者の場合、最悪なら死刑だぞ!?どうして携帯電話を所持していない!?」
「えっ!?あれっ!?携帯がない!」
「それがなければ、犯罪を起こされても管理出来ない!何が目的で入国した!?」
これがこの国の弱点である。全てを携帯電話が管理している分だけ、携帯電話を所持していない者の管理が不可能なのである。物を盗んだり人を殺したりした時に携帯電話が感知する不安定な感情が、警察のネットワークに転送されないのだ。
「あっ!あんたは昨日の!」
法を知る故に焦る若者の目に、もう片方の警官の顔が映った。
「???」
「俺だよ!昨日、酒場で年齢確認された…ほらっ!3人組の!」
昨日、若者が最初に訪れた店で出会った警官だった。
「???いや、記憶にないな。検問に向かったのは覚えているけど…人の顔なんて、わざわざ見ないからね…。」
「えっ!?あっ!それじゃ、最新の携帯を持ってた男だよ!」
「はははっ!公務員の僕達が、携帯電話に興味あるはずないだろ?国から支給の、旧型を持たされるんだから。」
「そんな……。」
この国では、携帯電話が全てを管理する。その存在なしに、国は成立しないのである。
「嘘をついているな?」
更に焦り始めた若者を、最初の警官が怪しみ始めた。
「嘘じゃない!携帯を見てもらえば…。あっ…。」
だが疑惑を解きたくても、証明してくれる携帯電話がない。
「それじゃ…身元を保証してくれる人はいるかい?」
片方の警官は、依然として優しい態度で若者に接した。
「身元…?」
「家に電話して、両親から携帯電話を拝借すれば一発だろ?友達や知り合いでも良い。親族関係や交友関係のデータベースから、君の身元が分かるじゃないか?」
「そうかっ!」
若者はその言葉に、顔を明るくさせた。
だが…
「……………。」
「?どうしたんだい?」
「………。電話番号なんて…知りません。」
「はっ?」
「だって、5才の時から持ってる携帯ですよ?そこに、全てのデータが自動で入力されるんですよ!?覚える必要なんてないじゃないですか!?」
若者は所謂、依存症だった。
「だったら、家の住所は?」
「………分かりません。」
「……。両親や友達の名前は?」
「???それも…分かりません。」
「はっ!???そんな事、有り得る訳ないだろ!?」
「本当に分からないんです!あれっ…!おかしいな…?両親の顔も思い出せない…。」
「……。先輩、やっぱりこいつ…怪しいですね?」
どうやら若者は、一時的な記憶喪失に陥っていた。深酒が過ぎ、留置所に運ばれる前に転倒し、頭を強く打ったのだ。
「記憶がないんです!きっと、お酒が過ぎたせいです!」
「馬鹿を言うんじゃない!さっき君は、僕の顔を見て知った顔だと言ったじゃないか!?」
「……それは…本当なんです…。」
頼み綱だと思えた記憶も、今では逆効果となった。
「申し訳ないが…君を、不法入国者として報告する。」
「待って下さい!僕は本当に、この国の人間なんです!あっ!体に入ったチップを調べて下さい!この国の人間なら、誰しもが埋め込まれているでしょ!?」
「……。ますます怪しいな。不法滞在者がよく使う言い訳だよ。チップなんて、不正に横流しされた物が市場に出回っている。仮に体内にチップがあったとしても、それは証拠にならない。」
「そんな!」
「まぁ…君が違反者として逮捕されるのは、これから12時間後の事だ。本当にこの国の人間だと言うなら、失ったって主張する記憶を、さっさと取り戻すんだね。」
「………。」
(思い出せ!思い出せ!思い出すんだ!)
それから11時間、若者は二日酔いから来る頭痛に耐えながら、失った記憶を取り戻そうと必死になった。
『良いか?』
(?これはっ!?)
そしてやっと、少しの記憶を思い出した。
(?会話は思い出せるのに、顔や名前が思い出せない!)
それは昨日の出来事。3人で酒を楽しんでいる際、仲間の1人から聞いた説明だった。
『良いか?諸説があるにせよカリブルヌスとエクスカリバーは、同じようで違う剣だ。お前が言うのはカリブルヌスさ。岩から引き抜かれて多くの敵勢を倒したけど、結局は折れて使い物にならなくなった。アーサー王が剣の力に頼り過ぎて、無理をさせたんだ。』
(………。)
『剣だけじゃなく、自分の強さも必要だと反省を誓ったアーサー王は、湖の精霊にカリブルヌスを修理してもらう。EXってのは、英語でREと同じような意味で、『修理された』、『~から、新たに出た』って言う意味なんだ。』EXカリブルヌスが訛って、エクスカリバーになったんだ。つまりカリブルヌスを強化した剣が…』
『……知らねえよ。そんな事。とにかく!』
(…………。)
未だ会話しか思い出せない若者にも、仲間が教えてくれようとした事は分かった。後は湖に向かい、妖精に会うだけなのだ。
(妖精は、親や友達だ。だけど湖は……何処にあるんだ!?)
若者は周囲を見渡した。そして自分を囲う冷たい鉄格子を両手で掴み、腰を落とした。
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