第四話 屋内プールで水泳授業 ナンパ野郎って本当に実在するんだな

翌朝、六時半頃。

「この時期にウグイスが鳴くって変だなっと思ったら、目覚ましか」

「この目覚まし時計、私も欲しいな」

廉太郎と志穂美は、今朝は牧場の朝のメロディーではなく、ウグイスの形にデザインされた目覚まし時計の音で起こされた。

 三姉妹もすでに起床してここにはいなかった。

「今日は何も出なくてよかったよ」

「俺もホッとした」

 着替えは昨日とは逆に修平が三姉妹のお部屋カーテン裏、智景が寝室にて行い二人とも何事もなく制服へ着替え終えた。

そしてまたいっしょに茶の間へ。

今朝は鮭の塩焼き、出し巻き卵、漬物、麦とろご飯、びわ、味噌汁が並べられていた。

修平は朝食を取り終えた後、洗面所へ向かう途中、

「修平お兄さん、今は便所、誰も入ってへんじょ。今のうちに行っとき」

 柚歩から爽やかな笑顔でこう伝えられ、

「そうか。ありがとう」

修平はトイレへ。

 扉を開けると、

「うわっ、ごめんっ!」

 ぷるんっとしたお尻とご対面。修平は慌てて扉を閉める。

「あの、鍵かけなくてごめんなさい」

 今回は継実が制服姿で用を足していたのだ。出た後に照れくさそうに謝罪してくる。

「いやぁ、俺の方が悪かったって」

次からは絶対ノックするの忘れないようにしなきゃ。

 修平は昨日以上の罪悪感に駆られながら、用を足していく。

 梅乃ちゃんも、柚歩ちゃんも継実ちゃんも、すごくきれいなおしりだったな。いかん、いかん。俺、何てこと想像してるんだ。

 否応なく脳裏に浮かんで来てしまい、罪悪感に駆られた修平。

やはり年頃の男の子なのだ。

「ありゃりゃ、さっきの短い間に継実お姉さんが行っちゃったか。こりゃ想定外じゃ」

 柚歩はトイレに通じる廊下でくすくす笑っていた。

          ※

十時頃。三姉妹、智景、修平、森子は阿佐先生運転の八人乗りワンボックスカーに乗せてもらい、近隣の超大型商業施設、淡路フォーレストタウン併設の屋内プールを訪れた。屋外プールもあるが例年通り六月三〇日まで休業中だ。

ちなみに今日の分の給食は昨日のうちにキャンセル済み。お昼ごはんもここで済ますことにしたのだ。

みんなはガラス張り吹き抜け開放感たっぷりのドーム内へ。

プールゾーンへ向かう前に、修平以外はスイムショップへ立ち寄った。

「みんなはビキニとか紐パンとかTバックタイプの水着は着ないの?」

「森子ちゃん、高校生の私には過激過ぎるよ」

「わたしはこれは絶対無理。こんなの着たら修平君も目のやり場に困っちゃうよ」

「Tバックのは、お相撲さん以上におしり丸見えだね。あたしはワンピースタイプの方が好き」

「うちもそれが一番落ち着くじょ」

「みんなまだまだ子どもね。このタイプの方がトイレに行きたくなった時便利なのに。あっ、あの海パン、修平ちゃんにぴったりかも」

「みんな、授業で来てるってこと忘れないようにね。森子も」

 女の子みんなで楽しそうに商品を眺めている中、

なんとも手持ち無沙汰だ。

 修平は店外の休憩所ベンチで携帯電話をいじりながら待機。

「修平お兄ちゃーん、かっこいい海パン買って来たよ。ほら見て。アオダイショウさん柄。これ穿いてーっ!」

「修平お兄さん絶対似合うよ」

「修平ちゃん、ぜひ着てみて。男らしさが足りてないのをこれでカバーよ」

「俺、そんな派手なのは絶対着ないから。無駄遣いはダメだよ」

 五分ちょっとでみんな戻って来てくれた。

 いよいよプールゾーンへ。

やっぱ女の子達はまだ着替え終えてなかったか。

 修平が一番早く着替えを済ませ、プールサイドへ。膝上丈の豊高指定紺色競泳型水着を着用した。

南国風だな。確かにかなり広いけど、東京サマーランドの屋内プールには、少し及ばないかな。設備も、若干劣るな。予想は出来てたけど、カップルばっかりだな。平日だけど人多ぉ。明らかに小中学生だろって子達もいるし。創立記念日で学校休みなのかな? 

 こう思いながら前方に広がる光景を眺めていると、

「修平ちゃん、どう、似合う?」

 森子が露出たっぷりのレモン色ビキニ姿で目の前に現れ、ウィンクを交えて問いかけて来た。

「似合わない」

 修平はろくに見ずに即答する。

「ひどいな修平ちゃん。修平ちゃんは水泳得意?」

「いや、全然」

「修平ちゃんの高校も水泳の授業もうすぐ始まるでしょ? 特訓してあげよっか? ウチも水泳そんなに得意じゃないけど、クロールなら二百メートルくらいはノンストップで泳げるよ」

「べつにいいって」

「あぁん、もう。それじゃ、ウチといっしょにゴムボートに乗って遊ばない?」

「断る」

「修平ちゃん、照れなくっても。ねえ修平ちゃん、智景ちゃんって子、本当に修平ちゃんの彼女じゃないの?」

 森子はくすっと笑って、にやけ顔で質問してくる。

「ああ。ただの幼馴染のお友達なんだ」  

 修平はこの質問に慣れているかのように即答した。

「そっか。の○太くんとし○かちゃんみたいな関係ってわけか。ひょっとして、毎朝起こしに来てくれるとか?」

「それはないな。アニメやゲームの世界じゃあるまいし」

「ありゃりゃ。そりゃ期待外れだ。キスはもうしたん?」

「するわけないって」

「俯きながら答えてるとこが怪しい。絶対してるでしょ。正直に答えて」

「してない、してない」

「これはしてるなぁ。お顔に書いてあるよ」

 森子はにやっと笑う。

「森子、久野木君からかっちゃダメよ」

「あいてっ」

 続いてやって来た鼠色甚平&もんぺ姿のまま、靴下を脱いだだけの阿佐先生に後頭部をペチッと叩かれてしまった。

「先生はあそこのベンチで休んでおくけん。帰る時、呼びに来てね。まあ正午頃になったら先生の方から呼びにいくけど」

 阿佐先生はそう伝えて、プール隅の方のベンチのある場所へ向かっていく。

「阿佐先生、指導放棄じゃないですか?」

 修平は少し呆れる。

「ウチが姉ちゃんの代わりに先生するわ。さっきそう打ち合わせたんよ」

 森子は自信ありげな表情で伝えた。

「修平お兄ちゃん、やっぱりキングコブラさん柄の穿いてくれてなーい」

「修平くんにはそんな怖い柄のは似合わないと思うよ」

「修平君、お待たせしました」

「修平お兄さん、うちの学校の旧型スク水、似合っとるかな?」

 三姉妹と智景は、露出の少ない学校指定のスクール水着で修平と森子の目の前に現れた。

「……似合ってるよ」

 修平はあまり見ずに、社交辞令のように言ってあげた。

「今日は泳ぎまくるぞぉっ!」

「待って梅乃ちゃん。その前に準備運動よ。これは授業だからね。入念にストレッチをするわよ。みんなウチの後に続いてね。まずは膝屈伸から。いーち、にっ、さんっ!」

 森子はノリノリだ。

「いっち、に、さん」

 掛け声を出して楽しそうにこなしていく梅乃。

「……」

 継実は無言だが、やる気満々で森子の動きに合わせる。

「周りの人は全然やってないのに、なんか恥ずかしいな」

「うちも。めちゃくちゃ見られとるよね?」

「俺もだ。授業ってことだけど、こういう場所だしべつにやる必要なんてないよな?」

「こらこら智景ちゃんに柚歩ちゃんに修平ちゃん、真面目にやって」

 他の三人は照れくさそうに準備運動をこなしていった。

 首の運動で閉め、

「みんな泳いでいいわよ」

 森子から許可が取れると、

「やったぁ!」

 梅乃はプールへ駆け寄りドボォォォンと飛び込んだ。

 そしてすぐに平泳ぎを始める。

「見事な泳ぎ。梅乃ちゃんは水泳も得意なんだね。私、平泳ぎなんて出来ないよ」

「うちも水泳はそれほど得意やないよ。平泳ぎはノンストップじゃ五百メートルくらいしか泳げんし」

「いや、柚歩ちゃんじゅうぶんすご過ぎるよ」

「泳げないの基準が高過ぎるだろ」

 智景と修平は驚き顔だ。

「わたし、これだけ人多いと恥ずかしくて泳ぐ気になれないよ。ビーチボールで遊ぶ方がいいよ。あの、修平君、これ、ふくらませて」

「足踏みポンプ使ったら簡単だろ」

「それだと修平君に見せ場を作れないと思って」

「作る必要ないと思うんだけど……分かった、分かった。ふくらませてあげる」

 修平は継実から受け取った地球儀型ビーチボールの空気穴の部分をくわえ、息を吹き込んでいく。

「疲れたぁー」

 満タンにした時にはかなり息が切れていた。

「修平君、ありがとうございます」

「修平くん、ギブアップせずにふくらませてさすが男の子だね」

 継実と智景から感謝されるも、

「修平ちゃん、肺活量少なそうね。時間かかり過ぎ」

「修平お兄さん、予想通り苦戦したね」

 森子と柚歩にくすっと笑われてしまった。

「修平君、こっち投げてー」

「分かった。それじゃ俺はあの辺にいるから」

「修平くんもいっしょにビーチボールしよっ♪」

「俺はいい」

 修平は継実に向かって投げると、四人がいる場所から遠ざかっていく。

「修平ちゃんったら、せっかくのハーレムなのに。継実ちゃん、こっち投げて」

「森子姉さん、いきますよーっ。それーっ。あっ、ヤシの木の方へ飛んでっちゃった。ごめんね」

「ドンマイ、ドンマイ」

「森子お姉さん、うちにパス」

「それっ」

「柚歩ちゃん、私のとこへよろしく」

「それっ!」

「きゃっ! 柚歩ちゃん、そんな強烈なスパイク打たないでー。怖いよ」

「ごめんね智景お姉さん」

 そんなやり取りから五分ほど経った頃、

「ウチ、修平ちゃんのとこ行って来るね」

 森子は継実に向けてトスを上げるとそう伝え、ここから立ち去る。

ガジュマルって独特な形だよな。

 同じ頃、修平はベンチに腰掛け、プールサイドに生えている熱帯植物を観察していた。

「ねえ修平ちゃん、智景ちゃんといっしょにこれに乗ってあげて」

 そこへやって来た森子は、途中レンタルコーナーに寄って借りて来たビニールボートをかざす。

「嫌だって」

「あそこのカップルだってやってるでしょ?」

「俺と智景ちゃんはカップルじゃないし」

修平はベンチから立ち上がり、スタスタ早歩きで逃げていく。

「待って修平ちゃん」

「しつこい」

 修平が不愉快な気分でこう呟いた矢先、

「修平くん、危なぁい!」

 智景の叫び声。

 ビーチボールが飛んで来たのだ。

「ぐわっ!」

 それは修平の側頭部に直撃した。

「ごめんね修平くん、わざとじゃないの。怪我はない?」

 智景はぺこぺこ何度も頭を下げて謝ってくる。

「智景ちゃん、俺は平気だから、気にしないで」

 修平は優しく伝えた。

「ねえ智景ちゃん、このボートに修平ちゃんといっしょに乗ってあげて」

 森子にお願いされ、 

「えっ、それは、ちょっと、恥ずかしいな」

 智景は照れくさそうに笑って躊躇う。

「ほら、智景ちゃんも嫌がってるだろ」

 修平は俯き加減で言った。

「あーん、そう言わずにぃ」

「修平君、智景ちゃん、三〇秒だけでもいいから乗って下さい」

「智景お姉ちゃん、修平お兄さん、頼むわ~」

 継実と柚歩からもお願いされ、

「それじゃ、乗ろっか、修平くん」

「あっ、ああ」

 断り切れなかった智景と、結局そうなったかと思いつつちょっと嬉しくも思った修平はプールに浮かべたビニールボートに恐る恐る乗っかって、向かい合った。

「なんかバランス悪いね。ちょっと動いたら落ちそう」

「そうだな」

けれどもお互い視線は合わせられずにいた。

「二人とも、はいチーズ」

 森子に防水デジカメでちゃっかり撮影されてしまい、

「こらこら」

「森子ちゃん、恥ずかしいよ」

 修平は苦笑い、智景は照れ笑いする。

「修平お兄さんと智景お姉さん、本当のカップルみたいや」

 柚歩が愉快な気分でにこにこ微笑みながらそう言った直後、

「うぉわぁっ!」「きゃっ!」

 修平と智景の乗ったボートが転覆してしまった。二人とも水中へ放り出される。

「やっほー修平お兄ちゃん、智景お姉ちゃん」

 梅乃が水中から底の部分を手で勢いよく押し、バランスを崩させたのだ。

「梅乃ちゃん、危ないよ」

苦笑いの修平と、

「梅乃ちゃん、びっくりしたよ」

 にっこり笑顔の智景の反応を見て、

「えへへっ」

 梅乃は得意げに笑う。

「梅乃、ダメでしょ、そんなことしたら」

 継実は叱らず優しく注意。

「はーい」

 梅乃はてへっと笑う。

「今度、修平君と智景ちゃんにイタズラしたらおしりぺっちんするよ」

 継実に微笑み顔で告知されると、

「ごめんなさーい、継実お姉ちゃん」

梅乃はちょっぴり反省したようだ。

「おしりぺっちんはウチもちっちゃい頃、姉ちゃんやママからよくされてたな」

 森子は苦笑いする。

「森子お姉ちゃんもイタズラよくしてたんだね。あたし、ウォータースライダーで遊んでくるねーっ」

梅乃はそう伝えてその設備がある場所へ駆けて行った。

「わたしもウォータースライダーで遊ぼうっと。あれ大好き」

 継実も後に続く。

「修平ちゃんは、智景ちゃんといっしょに乗ってあげなよ」

 森子はウィンク交じりにこう勧めてくる。

「それはちょっと……」

「あの、修平くん、いっしょに乗って。一人じゃちょっと怖いから」

 智景に手首を掴まれお願いされ、

「わっ、分かった」

 修平は緊張気味に承諾した。

「修平ちゃんと智景ちゃんは、二人乗り専用のあれに乗るべきね」

 森子は三種類あるウォータースライダーのうち、最も傾斜が急なのを指した。

「いやいや、俺は緩やかな青色の方に」

「私もそっちがいい。もっと緩やかな子ども用の方ならもっといい。あれは見るからにものすごーく怖そう。ライオンさんの口からして」

「東京者の臆病なお二人さん、カップルに大人気やけんあちらに乗ってみて」

「あっちの方が絶対楽しいですよ。わたしもあれに乗るので」

「継実ちゃんも乗るなら、乗ってあげてもいいかな」

「しょうがない、一回だけだからな」

 智景と修平は雰囲気に押され決意を固める。

「森子お姉ちゃん、あたしも身長制限ついにクリアー出来たからあの急なやつに乗るぅ。森子お姉ちゃんいっしょに乗ろう!」

「いいわよ。よかったね梅乃ちゃん」

「うん、四月の身体測定の時は129.7しかなかったから嬉しい」

 一三〇センチのラインを超えれて大満足な様子の梅乃。

「うち、小五から中学入るまでに一五センチ伸びたけん、梅乃もきっとそれくらい伸びるじょ」

「すごく楽しそうにはしゃいでるね」

「よく楽しめてるな。俺には感覚が理解出来ん」

 乗ろうとしているウォータースライダーから急降下したカップルを見て、智景と修平は苦笑い。

 梅乃と森子の後ろに修平と智景、その後ろに柚歩と継実が並んだ。

「もう順番回って来たわ。それじゃみんな、お先に」

「楽しみ、楽しみ♪」

 森子と梅乃。わくわく気分でゴムボートに乗り込み、

「それじゃ、行ってらっしゃい」

 お姉さん係員からの指示で出発。ちなみに梅乃が前だ。

「修平くん、前に乗ってね」

「分かった」

 ついに順番が回って来た修平と智景は恐々とゴムボートに乗り込む。二人とも手すりをしっかりと握っていた。

「彼氏さん、怖がらずに頑張って♪ それじゃ、行ってらっしゃい」

 お姉さん係員からの気遣いの声もかけてもらっていよいよ出発。

 二人の乗ったゴムボートが、高さ十メートルの場所から急斜面を猛スピードで急降下していく。

「うをわぁぁぁっ!」「きゃぁぁぁっ!」

 落下地点でザブゥゥゥーンと高く水飛沫を上げ、二人ともずぶ濡れに。

「修平くん、大丈夫?」

「当然」

 ボートの動きが落ち着いたのちそんな会話を交わした直後、

「森子お姉ちゃん、あれもう一回乗ろう!」

「うん! 今度はウチを前に乗らせてね」

 プールサイドを走ってまた同じウォータースライダーの方へ向かっていく梅乃と森子の姿を目にした。

「梅乃ちゃん、こういうの好きなんだね。私はもうこりごり」

「俺ももういい」

修平と智景はくたびれた様子でプールサイドに上がり、ゴムボートを仲良く持ち合って返却しに行く。

「修平君も智景ちゃんも、もう二度と乗りたくないって表情ね」

「東京者はほんま臆病じゃねー。きっと木登りや橋の上から川に飛び込むことも出来へんのじゃろうね」

 続いて楽しそうに落下した継実と柚歩も返却場所へ向かい修平と智景と合流した。

 それから五分近く、この四人で梅乃と森子が戻ってくるのを待った。

「イルカボートで遊んでくるねーっ」

「修平ちゃんも智景ちゃんとイルカボートで遊んであげなよ」

 その二人は戻ってくるなりそう伝えて、人工ビーチのあるプールの方へ。

「うちもイルカボートで遊びたいじょ。東京者のお二人さんに、継実お姉さん、三〇分後くらいにあそこのガジュマルの木の前で落ち合おう」

 柚歩もいっしょについていく。

「ここのプール、ビーチでは貝殻拾いも出来るみたいだね」

「今年のゴールデンウィークから出来るようになったの。修平君、わたし達といっしょに貝殻拾いしましょう」

「子どもっぽいから俺はいいや。俺、あの辺にいるから」

 修平は逃げるようにここから立ち去っていく。

「修平くん、大学生っぽい人もやってるのに」

「修平君不参加かぁ。スコップ二つ借りて来ますね」

 智景と継実が貝殻拾いをし始めてから五分ほどのち、

「ん? あれは」

 そこから三〇メートルほど先の休憩ベンチに腰掛け、熱帯植物を眺めながら過ごしていた修平が、智景達のいる方へふと視線を向けると、異変が。

「きみ達、かっわいいね。スク水もめっちゃ似合ってるよ」

「おれらと遊ばない?」

 大学生と思わしき男二人組が智景と継実のもとへ近寄って来ていたのだ。一人は茶髪に染め、もう一人は黒髪だがけっこう日焼けした褐色肌だった。

 背丈は二人とも一八〇センチくらいはあり、そこそこがっちりしていた。

「すみません、他に連れがいるので。プールの授業でここに来ているので」

「あの、申し訳ないですが他を当たって下さい。わたし達よりももっと魅力的な若い女性他にもたくさんいらっしゃるでしょう? あそことか」

 予想外の事態に二人とも戸惑い怖がってしまう。

「おれらきみらくらいの歳の子が好みやねん。遊ぼうぜ。なっ!」

「パフェ奢るからさぁ」

「いえ、けっこうですから」

 継実が震えた声で断ると、

「まあまあそう言わずに。五分だけでいいから」

 茶髪の方が継実の腕をグイッと引っ張った。

まさか、本当にナンパするやつが現れるとは。漫画やアニメみたいな展開って、本当にあるんだな。どうしよう? 勝てそうな気がしないし、でも、行かなきゃダメだろう。

 この事態にすぐに気付いた修平は数秒悩んだのち、勇気を振り絞って彼らのいる方へ急いで駆け寄って行った。

「あっ、あのう」

 到着すると、

「あっ、修平くん」

 智景の表情が綻ぶ。

「ん? 彼氏?」

茶髪の方に問われ、

「いや、まあ、正式には違いますが、そのようなものでして」

 修平はびくびくしながら答える。

「どっちなんだよ? おいっ!」

 もう一方の男に睨まれると、

「ハハハッ」

 修平は苦笑いして、

 森子ちゃんか柚歩ちゃんか阿佐先生、助けに来てくれないかな? 

 こう思いながら数十メートル先で、イルカボートで楽しそうに遊んでいる森子達三人の方とベンチに腰掛けうたた寝してるっぽい阿佐先生をちらっと見た。

 折悪しく四人ともまだ気付いていないようだ。

「こんなひょろい男よりオレ達と遊んだ方が絶対楽しいぜ」

 褐色肌の方が智景に近寄る。

「あの、やめてあげて下さい」

 監視員の人でもいいから早く助けに来てくれよっと願いながら、修平が俯き加減でぼそぼそっとした声でお願いすると、

「あぁ?」

 茶髪の方に顔を近づけられる。

「とにかく、ここは、お引き取りを……この子達、迷惑してるんで!」

 修平はやや険しい表情を浮かべ、勇気を出して彼なりにきつい口調で伝えた。

「分かった、分かった」

「しょうがねえ」

 すると大学生風の男二人組は不満そうに修平を睨んだのち舌打ちし、素直にここから立ち去ってくれた。

「殴られるかと思ったぁ」

 修平はホッと一安心する。けれども心拍数はなかなか治まらない。

「修平くん、ありがとう。すごく恰好よかったよ」

「修平君、男らしさを見せたね。ありがとう」

 二人から感謝されるも、

「いや、まあ、二人とも無事でよかったよ」

 修平はまだ恐怖心でいっぱいで、照れくささは感じられなかったようだ。

「修平くん、あの怖いお兄さん達がまた私達の所に寄ってくるかもしれないから、いっしょにいて」

「修平君、お願いします」

「……分かった」

 それからしばらく修平も交じって貝殻拾いを楽しんでいると、

「ただいまーっ!」

「うちお腹すいて来た」

「そろそろお昼ごはん食べましょう」

 梅乃と柚歩と森子が戻ってくる。

「私達、さっき怖い大学生風のお兄さん二人組にナンパされちゃったんだけど、修平くんがすぐに助けに来てくれて追っ払ってくれたよ」

 智景は嬉しそうにさっきの出来事を伝えた。

「修平ちゃん、さすが男の子ね」

「修平お兄ちゃん格好いい! 正義のヒーローだね」

「修平お兄さん、やるやん。男らしいじょ」

「いや、俺は特に何も出来なかったけど、みんな、お昼ご飯、何食べる?」

 修平は照れくささを隠すようにプールに隣接するファーストフード店の方へ目を遣る。

「ドリアンジュースも売ってるじゃん。今夏の新メニューみたいね。ウチちょっと飲んでみたい」

「うちはにおいだけ一度嗅いでみたいじょ」

 森子と柚歩は興味津々。

「ドリアンって、あのう○こみたいにものすごーく臭い果物だよね?」

「私何年か前、夢の島の熱帯植物館でにおい嗅いだことあるけど、悪臭だったよ」

「俺もそう思った」

「わたしもドリアンは食べたいとは思わないわ。強烈な悪臭って噂だし」

 他のみんなは苦い表情を浮かべる。

「せっかくだし、試しに買ってみるわ」

 森子は衝動に駆られ購入することに。三百五十円を支払うと、

「お待たせしました。ドリアンジュースでーす」

 店員さんからドロッとした黄土色の半液体が並々と注がれた、トロピカルなデザインの紙コップがストロー付きで手渡された。

「すごい色ね」

 ドリアンの強烈な香りが周囲に漂う。

「私このにおい、久々に嗅いだよ」

「くさい、くさぁい。腐った生ゴミのにおいだね」

「牛糞の方がマシなレベルじゃわ」

「水着がドリアン臭くなってしまいそうだな」

「やはりきついです」

 みんな顔をしかめた。

「うーん、これはちょっと……」

 森子は少し啜ってみて、後悔の念に駆られたようだった。

「森子ちゃんだけに嫌な思いはさせたくない。私も、ちょっとだけ飲んでみるよ。どんな味なのかな?」

「協力してくれて助かるわ。はいどうぞ」

「どうも」

 智景は少し口に含んでみて、

「……においはすごーくきついけど、甘みが強くて美味しい♪」

 そんな感想を抱く。

「意外じゃ。甘くてすごく美味いじょ」

 続いて柚歩も恐る恐る試飲してみて、とっても幸せそうに飲み込んだ。

「あたしは美味しくは感じなかったけど、トマトジュースよりはマシだね」

「……微妙だなぁ。これは加工されてるからまだ飲めたけど、そのままのドリアンは食べれそうにないなぁ」

 梅乃と継実も結局試飲してみてこんな感想。

「修平ちゃん、まだ半分くらい残ってるけど飲んでみる?」

 森子に目の前にかざされ、

「いや、いい」

 修平は当然のように拒否。不味そうだったことはもちろんだが、間接キスになってしまうことも拒んだ理由のようだ。

「私が残りを飲むよ」

「智景お姉さん、うちも飲みたいけん少し残しといてね」

「うん、癖になるよねこの味」

 智景と柚歩は協力して、残った分を快く飲んでくれた。

「智景ちゃん、柚歩ちゃん、これ、口臭消し効果があるみたいよ」

 ちょっぴり罪悪感に駆られた森子は、同じ店で売られていたジャスミンキャンディーを購入し、この二人に渡してあげたのであった。

「わたし、ロコモコにしようっと」

 継実は他のお客さんが手に持っていたそのメニューをちらっと眺めて決断する。

「ウチはたこ焼きとアイスコーヒーにするわ」

「俺は鳴門わかめうどんとフランクフルトにするか」

「あたしはチョコバナナクレープとストロベリージュースとフランクフルトにするぅ」

「私はトロピカルフルーツカレーにしよう。あとパイン味のソフトクリームも」

「うちは、お好み焼きと抹茶ソフトにする」

みんなお目当てのメニューを受け取ったあと、

「ここ、六人掛けのはないみたいだな」

「修平ちゃんと智景ちゃんは、あっちの席に座ってね。さあどうぞ」

「みんないっしょがよかったけど、仕方ないね。修平くん、いっしょに座ろう」

「……うん」

梅乃→継実→柚歩→森子の並びで四人掛け円形テーブル席に、修平と智景はそのすぐ隣の二人掛け円形テーブル席に座った。

「修平お兄ちゃんのフランクフルトの方があたしのより大きくない?」

 梅乃は二本のフランクフルトをじーっと見比べてみる。

「同じだと思うけど」

「修平お兄ちゃんの方が三ミリくらい大きいよ。交換して」

「いいけど。マスタード塗ってるよ」

 修平は快く承諾。

「大丈夫。あたしもう五年生だもん。あ~、ピリッとして美味しい♪」

梅乃はカプリッといい音を立てて味わう。

「修平ちゃんのフランクフルトは、もう少し大人になるまで智景ちゃんに食べさせちゃダメよ」

「森子ちゃん、何下品なこと言ってんだよ」

「あいてぇっ」

 修平は耳元で囁いて来た森子のおでこをぺちっと叩いておく。

「修平くん、私のカレー少し分けてあげるよ。はい、あーん」

 智景はカレーの中にあったパパイヤの一片をさじで掬い、修平の口元へ近づける。

「いや、いいって」

 修平は困惑顔を浮かべ、左手を振りかざして拒否する。右手で箸を持ち、麺を啜ったまま。

「あーん、やっぱりダメかぁ」

 智景は嘆く。でも微笑み顔で嬉しそうだった。

「修平ちゃん、お顔は赤くなってないけど、きっと照れてるわね」

「修平お兄さん、一回くらいやってあげなよ」

 森子と柚歩はにこにこ笑いながらそんな彼を見つめた。

「出来るわけないだろ」

 修平は苦笑いしながら伝え、引き続き麺をすする。

「赤ちゃんみたいで、恥ずかしいもんね」

 梅乃はチョコバナナクレープを美味しそうに頬張りながら言う。修平の気持ちがよく分かったようだ。

「たこ焼きとアイスコーヒーだけじゃ少し物足りないな。かき氷買ってくるね」

 そう伝えて森子は席を離れた。

「あたしは波の出るプールで泳いでくるね」

 梅乃はストロベリージュースを飲み干すと、すぐに席を立ってその場所へ駆け寄っていく。 

「梅乃ちゃん元気いっぱいだね。パインソフトすごく美味しいよ。修平くん、少しあげるよ」

「いらねー。そんな酸っぱいの」

「酸っぱくないよ」

「それでもいらねー」

「もう、全部食べちゃうよ」

 智景はにっこり笑顔でそう伝え、最後の一口を味わう。

「修平君は、フルーツあまり好きじゃないみたいね」

「ああ。いちご、柑橘系は特に苦手だ。辛い物や味の濃いのが好きだな」

「うちといっしょじゃね。修平お兄さん、味の好みは男らしい」

 そんな会話を交わしてから約五分後、智景がカレーも残り僅かまで食べ終えた頃に、

「修平ちゃん、智景ちゃん、ヤシの実ジュースも買って来たよ。はいどうぞ。二人で仲良く飲んでね」

 森子が戻って来て、修平と智景の目の前に置いていった。

 まさにカップルでどうぞと言わんばかりに、ヤシの実にストローが向かい合わせに二本刺さっていた。

「俺、これは飲みたくないな。不味そう」

「私一人じゃ飲み切れないよ。修平くんも協力してね」

「飲み切れなかったら協力してあげる」

「たぶん飲み切れないよ」

 智景はカレーも平らげると、

「いただきます」

 ストローに口をつけ、美味しそうに飲んでいく。

「じゃあこれ、捨ててくるね」

 修平は席を立って、近くのごみ箱に紙皿を捨てに。

「予想通りの行動ね」

「うちもこうなると思ってたじょ」

「修平ちゃんもいっしょに飲まなきゃ」

 継実と柚歩と森子は、ブルーハワイかき氷を頬張りながら二人の様子を微笑ましく観察する。

「もうお腹いっぱい。あとは修平くんが飲んで」

「やっぱり残したのか。まだ半分以上はあるな……やっぱあまり美味くはない」

 修平はこう思いながらも、もう一方のストローで快く飲んであげる。

「そういえば、阿佐先生のことすっかり忘れてたわ」

 継実はふと思い出す。

「姉ちゃんは大人だから放って置かれても全然気にしてないでしょ」

 森子は笑顔で主張した。

 その直後、

「みんなもうプール入らないのぉ?」

 梅乃が戻って来た。

「俺はもういい。っていうかそろそろ学校戻った方がいいんじゃないか。もう五時間目も始まる頃だろうし」

「授業で来てるってこと、私もすっかり忘れてたよ」

「あたしこれから映画を見に行きたいな。ちょうど見たいのがあるの」

「それじゃ、姉ちゃんに許可取らないとね」

 こんな会話を弾ませていると、

「久野木君、男らしさをちょっぴり見せてたわね」

 阿佐先生がみんなのもとへやって来た。

 その背後には、

「なかなか良かったよ、きみ」

「東京の子、さっきはすまんかった」

 なんと、ナンパして来たあの男二人組が。

「えっ!」

 修平も、

「どうして?」

 智景も、

「なんで?」

 継実もあっと驚く。

「このチャラそうな男、じつは先生が事前に用意してたの。久野木君が男らしさを発揮してくれるかどうかを試そうと思って。先生が二年前に町の高校へ研修行った時に知り合った子なんよ。今、大学一年生よ。透けブラが見たかったのかプールのところで水かけようとして来たから、きちんとしつけといたの」

 阿佐先生はにっこり笑いながら伝える。

「そうなのか」

「あの怖いお兄さん達、演技だったの!?」

 呆気にとられる修平と智景。

「阿佐先生、わたし、すごく怖い思いしましたよ」

 継実は少し不機嫌そうになった。

「阿佐先生もなかなかのエンターテイナーじゃね」

「姉ちゃん、そんなこと企んでたのね」

 柚歩と森子は少し感心していた。

「オレ、阿佐先生から隙を見てナンパしてみてって頼まれて、断れなくて」

「本当はおれ、年上好みやし」

 男二人組は決まり悪そうに打ち明ける。

「このお兄ちゃん達、阿佐先生の彼氏?」

 梅乃から興味深そうに質問され、

「違うわ。先生こういうチャラい系の男の子嫌いだから」

 阿佐先生は爽やかな笑顔できっぱりと否定する。

「なぁんだ」

「オレ彼女おるし。阿佐先生未だ彼氏いないんだぜ」

「別に作ろうとも思ったことないし」

 阿佐先生はのほほんとした表情で主張する。

「それじゃ、またどこかで」

「まったねー」

 男二人組は陽気に笑い、ここから立ち去っていった。

「うちも、ああいうヒップホップ系やジャニーズ系のイケメン男は苦手や。素朴な感じの方がええ」

「わたしもー」

「私もだよ。あのお兄さん達は背も高過ぎるし威圧感があって怖いよ」

「あたしも、ちょっと苦手だな」

「ウチの通ってる大学、ああいう系の男の子けっこう多いけど、ウチも苦手や。修平ちゃんはあまりイケメンじゃなく背もそんなに高くなく飾り気もないからすごく親しみやすいわ」

「それって褒められてるかな?」

 修平は少し照れくさがる。

「さあみんな、もう学校へ戻るよ。今から戻れば六時間目の授業出来るからね」

「阿佐先生、あたし映画見に行きたい」

「ダメよ梅乃ちゃん、今日は授業でここに来てるんよ。学校戻るよ」

「えー、映画鑑賞も授業の一環でしょ? 視聴覚室で時々見るし」

「確かにね。でもそれは教育的な内容のものでしょ」

「あたしが見たい映画も教育的な内容のものだよ。あたし、帰りの車で六時間目にやるはずだった算数の自習するからぁ」

「しょうがないなぁ」

 阿佐先生は梅乃のおねだりに負け、しぶしぶ承諾。

 みんなはこのあとは泳がずに屋内プールをあとにし、隣接する大型ショッピングモール併設のシネコンへ。

「これ、みんな見るよね?」

梅乃は壁にいくつか提示されてあるポスターのうち、お目当てのものに近寄った。

それは、先週土曜日に公開されたばかりの『ぴょんぴょこ三組』というタイトルのアニメ映画だった。小学校が舞台らしい。

「町の学校のお友達が、すごく面白かったって言ってたよ」

「聞いたことないタイトルだけど、私もこの映画見たいよ。次の回は十二時四〇分から始まるみたいだね。もうすぐだね」

「これ、CMで予告流してたね。うちもほんのちょっと気になってたんじょ」

「わたしの好きな声優さんも何人か出てるし、けっこう面白そう。キャラデザ的に、大友ウケは悪いかな?」

「今受講してる発達心理学入門の勉強になりそうだし、ウチも見ておきたいわ」

「案外面白そうね。先生も付き合うわ」

「俺はこの辺で待っとくよ。チケット代の節約にもなるし、そもそも高校生の見るものじゃないし」

 修平は当然、見る気にはなれず。

「修平お兄ちゃんもいっしょにこの映画見ようよぅ。さっき修平お兄ちゃんの三倍くらいは年上に見えるおじちゃんが一人で入って行ったよ」

「仕方ない」

 梅乃に背中をぐいぐい押されチケット売り場の方へ連れて行かれる。

「梅乃ちゃん、これはどう? ゾンビがいっぱいよ」

 森子は他に上映されているホラー3D映画のポスターを指した。

「それは絶対嫌ぁー」

 梅乃は顔をしかめ、すぐにポスターから顔を背けた。

「わたしもそれは見たくないです」

「俺も、進んで見ようとは思わんな」

「私もこういう実写のホラー映画はものすごく苦手だよ」

「うちも、じつは苦手なんじょ」

「ウチは誘われたら見るけどね」

「森子も中学生の頃までは怪談話怖がってたくせに。先生が全額負担するわ。ぴょんぴょこ三組、大人一枚、小中学生二枚、高校生三枚、大学生一枚」

 阿佐先生が代表して、お目当ての映画七人分のチケットを購入。受付の人がその入場券と共に入場者先着順についてくる安っぽいボールペンをプレゼントしてくれた。

「中入る前に、携帯の電源切っとかなきゃ。あっ、友達からメールが入ってる」

 森子はさっそく本文を確認してみて、

「えっ、マジ!?」

 予想外の内容に驚いた。

「昨日銭湯に出た女装のおっさん、ウチの大学の教授やってんって。理工学部の教授やけんウチは全く知らん人やけど」

 すぐにみんなに伝える。

「あのおかまのおじちゃん、偉い人だったんだね」

「意外じゃ。お偉いさんやったか」

「偉くてもわたしは全然尊敬出来ないよ」

「私も。偉い人なのに、あんな変態なことするのは勿体ないよね」

「俺のクラスにも女装が趣味って奴いるけど将来が心配だな」

「久野木君のクラス、変わり者も多そうね」

チケット売り場向かいの売店でドリンクやポップコーンなどが売られていたが、みんなお腹いっぱいなため何も買わず、お目当ての映画が上映される5番スクリーンへ。

薄暗い中を前へ前へと進んでいく。

「楽しみだなぁ♪」

 先頭を歩く梅乃。

「智景ちゃん、周り子どもばっかりだから、やっぱり、俺達は入らない方が……」

「まあまあ修平くん。気にしなくてもいいじゃない。たまには童心に帰ろう」

 修平は否応無く、智景に背中をぐいぐい押されていく。

「修平君、気にせずに」

「修平お兄さん、堂々としなよ」

「修平ちゃん、幼い子を連れたパパの気分になればいいんよ」

 継実、柚歩、森子はその様子をすぐ後ろから微笑ましく眺める。

 真ん中より少し前の列の席で奥から順に梅乃、森子、修平、智景、柚歩、継実、阿佐先生の並びで座った。

マイナーなアニメ映画だろうからどうせつまらないだろう。

修平はそんな心構えだった。

     ※

 上映時間七〇分ほどの映画を見終えて、

「智景お姉ちゃん、とっても面白かったね」

「うん、最後感動したよ。また見に行きたいな」

梅乃と智景は大満足な様子で5番スクリーンから出てくる。

「わたしもなかなか楽しめたわ」

「うちも思ったよりは楽しめたじょ。懐かしい気分にもなれた」

「ウチも。最後まで飽きずに見れたわ」

「道徳的な内容も含んでたわね。E○レで放送出来そう」

 継実、柚歩、森子、阿佐先生もそこそこ気に入ったようだ。

「修平ちゃん、上映中一度も智景ちゃんと手を繋がなかったね。しかも途中から寝てたし」

「退屈な映画だったからな」

「修平お兄ちゃんは面白く感じなかったの?」

「ああ。もろに児童向けだし」

「あたしはすごく面白いと思ったけどなぁ」

 梅乃はぷっくりふくれる。

「修平ちゃん、子ども向けのアニメや絵本とかを楽しんで見てあげることも、将来智景ちゃんと結婚してパパになった時に役立つのよ」

 森子から耳打ちで囁くような声で注意された。

「はい、はい」

 修平は余計なお世話だといった感じの生返事だ。

「あの、私、トイレ行ってくるね」

 智景が苦い表情で伝えると、

「うちも行きたいと思ってたとこなんじょ」

「わたしもー。漏れそう」

「あたしも行くーっ」

「じゃあウチも行っとこ」

 阿佐先生を除く他の女の子達も同調し、五人いっしょに最寄りの女子トイレへ。

「音消し&ウォシュレット付きの洋式、やっぱ落ち着くよ」

「ウチも大学入ってからはこっちの方が好きになったわ。大学のトイレは全部このタイプだし」

「ここオール洋式やん。うちは和式ぼっとんの方が好きなんじゃけどな」

「あたしもーっ」

「わたしも和式ぼっとんの方が好きだな。あの底の見えない穴、魔界と繋がってそうでロマンを感じるもん。柚歩も梅乃も、最後水流すの忘れないようにね」

 みんな同じようなタイミングで個室へ。

 同じ頃。

「あのう、阿佐先生は、いつももんぺに甚平なんですか?」

「そうよ。この方が落ち着くし、そのまま農作業出来て便利だし。服選ぶのも化粧するのも面倒くさいし。おしゃれには興味ないんよ。森子も高校卒業するまではそうだったんよ」

「そうでしたか。大学デビューってやつですね」

「久野木君、松永さんも身だしなみにあまり気遣わないだらしのないところがある子みたいだけど、久野木君はどう思う?」

「俺は、女の子はファッションに興味なく少しだらしない方がいいと思ってます。衣装や化粧品や装飾品に無駄遣いしないだろうから」

「そっか。えらいっ! それでいいんよ」

「……そっ、そうですか」

 修平と阿佐先生はこんな会話を弾ませて待機していた。

 それから少しして、智景以外のみんなが戻って来た。

「お待たせーっ! やっぱ洋式ではやりにくかったじょ」

「お待たせ修平ちゃん、姉ちゃん」

「修平お兄ちゃん、智景お姉ちゃんはここでう……」

「智景ちゃんは、お化粧直ししてるからもうしばらくかかるそうよ」

 継実はとっさに梅乃のお口を押えて伝える。

 俺もこっちへ来てからは一度もしてないな。

 修平は容易に推測出来た。

それから五分ほどみんなで長椅子に腰かけて待ち、

「みんな、お待たせー」

 ようやく智景が戻ってくる。すっきりとした表情を浮かべていた。

「久野木君、松永さん、今日の夕方、地元の人が公民館で歓迎会をしてくれるわよ」

 阿佐先生から突然告げられ、

「……そうですか」

「私達のためにわざわざしてくれるなんて、すごくありがたいな」

「二人が来るって連絡があった金曜日から計画してたの。そこで二人に何かフリートークして欲しいって」

「フリートークですか? 何を話せばいいんだろ? 俺コミュ力低いからな」

「私もトーク苦手だよ」

 二人とも少し動揺する。

みんなはこのあとすぐにショッピングモールから外へ出た。

「ありゃりゃ、雷雨になってはるやん」

 柚歩は微笑み顔で突っ込む。

 予想外の土砂降りの大雨で、ゴロゴロ雷も断続的に鳴っていた。

「みんな、もう少ししてから帰ろう」

 梅乃は苦い表情で言い、一人で店内へ戻ろうとする。

「梅乃はまだ雷が怖いんじゃね」

 柚歩はにっこり微笑んだ。

「怖くないよ。危険だから建物の中に避難した方がいいと思うの」

 梅乃はぷくっとふくれてこう主張する。

「修平くんも幼稚園の頃、雷鳴った時私にしがみ付いて来たことあったね」

「智景お姉さん、その時の状況もっと詳しく聞かせて」

「智景ちゃん、俺は全く覚えてないから」

「修平ちゃん、そんなことがあったんだぁ」

「森子ちゃん笑うなよ」

 修平はやや不機嫌になる。

「ごめん、ごめん。梅乃ちゃん、どこで時間を潰したい?」

「あたし三階のペットショップ寄りたーい」

「梅乃ちゃん、歓迎会に間に合わなくなるといけないから、最大三〇分までよ」

 阿佐先生は条件を付ける。

「はーい。それまでにお天気良くなってて欲しいな」

 みんなは梅乃の希望したお店へ。

ショッピングモール内のペットショップ、昔はよく来たな。小学一年生の時、父さんにカブトムシの幼虫飼ってもらったな。智景ちゃんは気味悪がってたけど。

 修平が懐かしさに浸りながら店内を見て回り、

「エリマキトカゲちゃんだ。わたしの町の学校のお友達に飼ってる子いるよ」

「このアフリカツメガエルさん、すごく格好いいっ!」

「これはとても気味悪いよ。私は虫、爬虫類・両生類はどれもダメ。かわいい熱帯魚さんが好きだな。ネオンテトラは特にかわいいよ」

「ウチもネオンテトラ好きや。ディスカスもいいよね」

「森子姉さん、おしゃれな熱帯魚に虜になってしもうて。うちは熱帯魚はネオンテトラやディスカスなんかよりピラニアの方が好きじゃ」

 三姉妹と智景と森子が水槽で売られているペットに夢中になっている間、

寄ったついでにエサ買っとくか。まだ一袋予備はあるけど。

阿佐先生はペットフードコーナーにて、自宅庭の池で飼っている鯉のエサをちゃっかり購入した。

        

 店内で三〇分ほど余分に過ごして再び外へ出た頃には、すっかり晴れ上がっていた。

 修平達が小笠宅へ帰り着いた頃には午後五時を回っていた。荷物を置いて来てすぐにみんなまた阿佐先生運転のワンボックスカーに乗せてもらう。

澄香さんは夕食準備のため歓迎会は不参加だ。

        ※

 午後五時十五分頃。屋那沢地区の中心地にある瓦葺き和風建築な公民館。

「東京の子、連れて来たよー」

 阿佐先生は館内集会室の障子を開けると、中にいた人々に伝える。

「おう、やっと来たか」「まさに東京育ちって感じの子じゃねぇ」「ようこそ屋那沢へ」

 五〇畳ほどの広さの和室に、百名を優に越える人々が集まっていた。

「ぃよう! 東京者。この歓迎会はわしが主体となって企画したぞぃ」

「来てくれてありがとね」

 三姉妹の祖父母と、

「おら、また東京の子に会えて嬉しいわ~」

戎田のお婆ちゃんもいた。

この三名は壇上から見て後ろの方にいた。

「けっこう多いね、お客さん」

「そうだな。多く見積もって三十人ちょっとかと思ったけど」

「久野木君、松永さん、フリートーク頑張ってね。終わったら先生達のとこへ来て。前の方に座っておくから」

「はい」

「私、めちゃくちゃ緊張して来たよ」

 修平と智景は大きな拍手で迎えられ、早足で一番前の壇上へ向かっていく。

 お客さんの大半は七〇歳を超えているだろうお年寄りだが、赤ちゃんから五歳くらいの乳幼児を連れた若い夫婦もいた。

子ども達は数年後、屋那沢小学校に入学して来るのだろうか?

 壇上には、『歓迎! 東京っ子』と横字で書かれた横断幕も掲げられていた。

 阿佐先生、森子、三姉妹は客席一番前隅の方に固まって座って見守る。

「えっと、あの、このたびは、ごく普通の一般人な、俺達のために、わざわざ、歓迎会を取り繕って下さり、どうも」

「こういうことしてもらえて、私、とても嬉しいです」

 修平も智景も初めてな経験のためか、かなり緊張気味にトークをし始めた。

「お二人はいつ頃結婚しはんの?」

 一人のつるっぱげお爺さんから質問が飛び、

「あの、その質問は、ノーコメントで」

 修平はちょっぴり慌て気味に答え、

「まだ何も考えてません」

 智景は頬を火照らせてこう答え、俯いてしまった。

「初々しいじぇ!」「若いねっ!」

 お客さん達から拍手喝采と笑い声が飛ぶ。

「きゃっ、きゃっ! 天井から、ヤモリがぽとって降って来たぁ!」

「智景ちゃん、落ち着いて」

 このやり取りで、場内はさらに大笑い。

「ディ○ニーランド行ったことあるやろ?」

「はい。俺の記憶にある中では、三回くらい」

「私は七回あります。幼稚園の頃に修平くんの家族と行った時が一番思い出深いです。修平くん迷子になっちゃったんですよ」

「あの、智景ちゃん、それは伝えなくてもいいから」

 修平と智景はその後もお客さん達からの質問にいくつか答えていき、なんとかトークを終えることが出来た。

「かなり緊張しましたけど、いい経験でした」

「屋那沢の皆さん、みんな開放的で良い人だね」

そそくさ壇上から降り、阿佐先生達のもとへ。

「久野木修平君、松永智景さん、ありがとうございました。続いて地元の方々による一芸披露です。ぜひご覧下さい」

 四〇歳くらいのこの辺りでは若者扱いなおばさんからアナウンス。

 このあとは地元の人達が手品やけん玉、阿波おどり、三味線、尺八、合唱などの一芸を披露してくれた。

赤とんぼの合唱を修平達が一番前の席で眺めていた最中、

ガシャンッ! と窓ガラスの割れる音が館内に響き渡った。

「ぅおーい、クマが入って来たじぇーっ!」

 後ろの方にいたお爺さんが大声で叫ぶ。

「クマァ! うわっ、あそこ、本当にいるよ」

 姿を目撃するや、顔が青ざめカタカタ震える智景。

「智景お姉さん、安心してや。これもそんなに珍しいことやないけん対策も万全なんじょ」

 柚歩は落ち着かせようとする。

「でも、でもぉ」

「本当に大丈夫なのか? 早くここから逃げた方がいいだろ」

 修平も不安がる。

「熊か」「久し振りじゃ」

 地元のお客さん達は冷静な様子だった。むしろ楽しんでいるようだ。

 熊は集会室入口付近をきょろきょろ動き回っていた。

「皆さーん、こっちの非常口から逃げて下さい」

 五〇歳くらいのおじさんがわりと落ち着いた声で伝えると、地元のお客さん達は慌てず焦らず普通に歩いてぞろぞろ非常口の方へ向かっていく。

「早く、逃げなきゃ。熊に追いつかれちゃうよぅ」

 智景は急ぎ足になっていた。

 そんな時、

「ほいっ!」

 仙人っぽく白長髭を蓄えたお爺さんが熊に向かって大きな網を投げた。

 熊、これにて身動き封じられ御用。

 そのあと数人のお爺さん達によって、その熊は外に止められてある軽トラへ誘導されていく。

「よかったぁ。みんな無事で。あのお爺ちゃん達すごいよ」

 ホッと一息つく智景。

「なんかすごくあっさりだったな。都会だったら大パニックになるぞ。山へ放すのか?」

「そうよ。まだ小熊だからね」

 阿佐先生が答える。

 そのあとすぐに何事もなかったかのように一芸披露が再開し、修平達は最後まで見届けた。

 午後七時ちょっと過ぎ。修平達は地元の方々に見送られ公民館をあとにする。

帰りも阿佐先生に送ってもらって七分ほどで小笠宅へ到着した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る