第8頁「傘の話」
あるところに、お金持ちの発明家がおりました。発明家は頭が良かったけれど、とても変わり者のうえ、うっかりした人でした。
ある雨の降る日、発明家は出先で自分の傘を取られてカンカンでした。
「許すまじ。絶対に傘を盗まれない機能をつけてやるぞ」
発明家はDNAによる本人証明機能を持った傘を作りました。それは取っ手の部分に本人識別機能がついており、本人でなければ、いくら傘を開こうとしても絶対に開かないのです。
この装置をつけた上で、傘本来の軽量化や耐久性も追及したところ、該当する傘のお値段は一本三十万円を超えました。もちろん傘はさっぱり売れませんでしたが、発明家は満足していました。
だけどある日、そこそこお金持ちの発明家は、うっかり傘を置き忘れてしまったのです。翌日に同じところへ行きましたが、すでに傘はありませんでした。
「許すまじ。絶対に置き忘れない機能をつけてやる」
発明家は傘に人工知性を搭載しました。人工知性は〝自分が忘れられている〟ことを察すると、その本人にメールを送るのです。「傘をお忘れですよ」と。
そしてまた傘本来の機能性を追求した結果、お値段は一本百万円を超えていましたし、さっぱり売れませんでした。さらに風の強い日にうっかり傘を溝に落としてしまい、下水の中に流れゆき無くしてしまいました。
「傘をお忘れですよ。傘をお忘れですよ。傘をお忘れですよ。傘をお忘れですよ。傘をお忘れですよ。傘をお忘れですよ。傘をお忘れですよ。傘をお忘れですよね? どうしてこんなに暗くて汚くて臭いところに捨ておくのですか?」
延々と呪いのメールが届くので、業者を呼んで回収して供養した。と、そこまでの話を聞いて、ヒトビトはついに男を罵りはじめました。傘なんて買い換えればいいじゃないか。めんどうくさい事をするなと。
確かにその通りでした。けれど発明家の男はなまじ頭が良いせいで、現状に問題点があれば、それを如何に改善しようかと悩んでしまうのです。そうして何の役にも立たないものばかりを作り、お金も尽きて、すっかり人が離れてしまいました。
発明家はただの貧乏な男になりました。手にしているのは、ただのビニール傘です。だけどある日、一人の女性が現れて男と寄り添うように暮らしはじめました。
「むかしね、傘を無くさない方法を探してたんだけど、これが中々に難しくて」
「そうですか」
女性は興味なさそうに話を聞いていました。けれど翌朝、男が雨の降る日に外出しようとしたところ、ビニール傘の側面には一枚のダックスフンドのワッペンが貼ってありました。
「だいじにしてね」
細長い身体には、油性のペンでメッセージが入っていました。男は感心して「君は天才だなぁ」と褒めたところ、女性はやっぱり興味なさげに呟きました。
「あなたがバカなだけでしょうに」
何年かが経って、二人は雨の日に挙式をあげました。夫婦になった後も、男は幾度も傘を忘れそうになりましたが、その度に女性が傘を拾いあげ、時にはほんの小雨の日にも、あきれた表情で相合傘をしていましたとさ。
おわり。
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