019:バオ村の悲劇

クゥは、道中の山賊から衣服を拝借していた。

しかし、当然の事ながらサイズは合わずダボダボの状態だった。


そのまま行く宛もなく暫く己の勘に従い進んで行くと、やがて小さな農村を発見する。


「人族の匂いがするの。行ってみるか」


ここは、南の大陸の最南端に位置する、地図にも載っていない人口僅かに63人しかいないバオ村と呼ばれている村。

南の大陸に幾つかある小規模且つ貧困村の一つだった。


奥地と言う事もあり、見知らぬ人物など滅多に訪れる事はない。

故に目の前に知らない人物、ましてや容姿は子供なのだから、クゥを見た村人は皆一様に驚いていた。


「どうしたんだべさ、こないなところに子供が一人で」

「親御さんも一緒なのかい?」


村の入り口に一番近い場所に小屋を構えていた老夫婦がクゥを見るや否や駆け寄り、声を掛けた。


「ここはどこじゃ?」

「ここか?ここは、南の大陸の中でも最南端の場所だべ」

「バオ村という小さな農村さね」


クゥは、腕を組み何やら考え込んでいる。


本来、厄災の暴魔は、初めてこの地に降り立った頃からの記憶は全て覚えていると言われていた。

故に復活する毎に前世の記憶、経験が蓄積されている為、その度に強くなるのだ。


しかし、クゥにはどういう訳だが記憶がない。復活の際に何らかのイレギュラーがあったのだろうか?

姿形も、過去の報告事例は、皆一様に同じ姿で報告されていたが、今回に限っては、全く異なる。


知識に関しても生まれたての赤子とまではいかないが、現状では年相応の理解力程度しか備わっていなかった。


「お腹がすいたぞ」

「ああ、何にも美味しいもんはないだども、何か食べるだべか?」

「ちょうだい」


クゥは、そう言い、何の躊躇いもなく老夫婦の首を落とそうとしたその時だった。


「見つけたぞガキ!!!」


その手を止めたクゥは、声のした方へと顔を向ける。


おそらく先程の山賊の生き残りだろう。

仲間の敵討ちに来たのだ。


「よくも俺達の仲間を!」


しかし、そうとは知らない、老夫婦は咄嗟にクゥを、庇う。


「ど、どういうつもりだい!取り立ての時期はまだじゃないか!」

「んだば!今月も奉米と称して米を納めてるじゃないだべか!」


山賊たちは不快そうに老夫婦に視線をくべると、視線を再び二人の後ろのクゥへと戻す。


「ああ?貴様らには用はねーんだよ!とっとの後ろのガキを渡しやがれ!」


言われて素直に出て行こうとするクゥを必死に庇う老夫婦。


「離すんじゃ。あいつら食べるから邪魔するでない」


山賊の気迫と目の前で起こっている事態で二人はパニックに陥っていた。

故に今のクゥの声は二人には届かない。

しかし、山賊には聞こえていた。


「お頭代理!あのガキ俺達を食べるとか言ってましたぜ」

「は、バケモンじゃあるまいし、人が人を食えるかよ。仮にバケモンでも元王国騎士隊出身の俺の手にかかれば、イチコロよ」

「さ、流石お頭代理!」

「何処までもついて行きやすぜ!」


流石の騒ぎに、村の人々が集まって来る。


「山賊様、これは一体どういう事でしょうか?まだ奉米には半月程あったと思いますが・・」


この村は、山賊に襲われない為に、毎月一定量の米を山賊に提供していた。

勿論、ただ一方的に搾取するだけではない。

見返りとして、外敵やモンスターからの守備や、討伐したモンスターの肉を提供されていた。

共存共栄の間柄だった。

従って、山賊とは争うような間柄ではない。


現在ここで村長をしているのは、まだあどけなさの残る少女だった。

先月彼女の親である村長が病で亡くなったのだ。

後任の村長に誰も名乗りをあげなかった為、娘のユーリが親の後を引き継いで村長を継いでいた。


「ユーリちゃん!この子を連れて逃げておくれ!彼奴らの狙いは、この子だよ!」

「いいから、早くそのガキを渡せ!さもなければ村人全員皆殺しにするぞ!」


山賊達のいつもとは違う形相、態度に多少の違和感を覚えながらもユーリは、クゥを抱えて走る。


クゥは、何故だか死んだ子犬のように身動き一つせずされるがままとなっていた。


その後、従わない村人に憤りを感じた山賊達は、残っていた村人を全員殺した。


生き残ったのは、村長であるユーリとクゥだけだった。

ユーリは、走りながらポロポロと涙をこぼす。


「どうして・・どうしてこんな事に・・」


クゥは、それを見つめながら、ただ黙って手を引かれている。


ユーリは訳も分からぬまま必死に走った。

只々、この子だけは守らなければならないと。


「ここまでくれば、たぶんもう大丈夫だと思う・・」


気が付けば、樹海と呼ばれる森の更に奥まで来ていた。

そこはユーリでさえ、足を踏み入れた事がない場所だった。


足を踏み入れない理由は二つある。


まず一つは、この辺りには、大昔に封印されたと言われている邪神が眠っているからだ。

二つ目は、凶悪なモンスターが多数生息しているからだ。


案の定、座り込んでいる二人の前に1匹の大型の熊が現れた。

誰がどう見たって、この二人が相手になるとは到底思えない。


「隠れて!」


ユーリはクゥを庇うべく、震えながらも覆いかぶさるようにクゥを隠す。


「・・・お願い・・あっちへ行って・・お願い・・」


ユーリは懇願するように小声で木霊のように何度も何度も口ずさむ。

勿論、モンスターに言葉が分かるはずもない。

しかし、祈らずにはいられなかった。祈る事しか出来なかった。

あまりの恐怖に身体の震えが止まらない。


クゥは疑問に感じてならなかった。

なぜこの人族は、見ず知らずの自分を守ろうとするのか。

なぜ自分は自分よりも遥かに弱い人族に守られているのか。


クゥは、ヒョコンと顔だけ這い出すと、目の前にいる自身の身長の5倍はありそうな巨大熊を睨みつける。


すると、巨大熊の顔がみるみるうちに、青ざめていく。

気が付けば滝のような汗を流し、足元には汗による水溜りが出来ていた。

巨大熊は、そのまま踵を返し一目散に森の奥へと帰っていった。


暫くして、気配を感じなくなったユーリが、恐る恐る後ろを振り向いた。


「あ・・れ・・?いない・・・」


しかし、ユーリはまだ震えている。


「ありがとうございます・・・神様・・」


先程の願いが神に届いたのだろうとユーリは感じていた。


クゥが、巨大熊が逃げた方向とは別の場所を指差している。


「そっちに何かあるの?」

「何かを感じるのじゃ」


ユーリもクゥが指差す方向へ視界を送るが、薄暗い木々が生い茂るだけで、特段怪しげなものは見えない。

今度は先程とは逆のパターンで、クゥがユーリの手を引っ張っていた。

そのまま、どんどん更に奥へと進んで行く。

どういう訳か、道中1匹足りともモンスターと遭遇する事はなかった。


気配は至る所からしているが、クゥの尋常ならざる威圧の効果により、近付けずにいたのだ。

仮にユーリがその威圧の対象となっていたら、近くにいるだけで、絶命していただろう。


「あれ」


クゥの指差した先には、古ぼけた祠が立っていた。


この場所、ユーリは来た事は無かったが、あの祠が一体何を示しているのか、一目で理解出来た。


「あ、あれは・・・・・恐らく邪神様が封印されている祠だと思います・・・」

「ジャシン?」

「ええ、その昔、大罪を犯して、神々達に封印されたと言い伝えられています」

「ふむ。ほんとじゃ。封印の術式が施してあるようじゃな」

「だめよ。それに触って万が一でも邪神様が復活してしまうと、大変な事になるの」


クゥが手を伸ばしたのをユーリが引っ張り戻す。


しかし、突如として、禍々しい気配が辺りを覆っていく。

祠から黒いモヤのようなものがモクモクと湧き出している。

あっという間に、ユーリの周りもモヤで囲まれてしまった。

目の前にいたクゥを見失ってしまう程にモヤが濃くなっていく。


「ど、どこにいるの!だめ、何も見えない・・どこなの!」


視界が悪い為、デタラメに動いても意味がない。

それならば、視界が晴れるまでその場から動かない方がいい。


次第にモヤが晴れていくと同時に、強烈な殺気がユーリを襲う。

気絶するとまではいかないが、全身の震えが止まらない。

ユーリの中で一つの推測がなされていた。


「ま、まさか、そんな・・・」


やがて、視界が鮮明となり、推測が確信へと変わる。


身の丈2m越えの大男が、先程まで祠のあった場所に立っている。


ブルブルと震えるユーリ。

蛇に睨まれた蛙のようにその場から身動き一つ取れないでいた。

まるで石化にでもなったかのように声すら出ない。


いつの間にかユーリの隣には、クゥがいて、ユーリと手を繋いでいた。


「怖くないぞ」


ユーリに掛けられた言葉だった。

握っている手が震えている為のクゥなりの配慮だったのだろう。

自分よりも遥かに幼いクゥに励まされ、自分がしっかりしなければならないと、ユーリは気を強く持とうとする。

相手は邪神と呼ばれている古の神。

大柄だけど、見た目だけならば、先程の巨大熊の方が何倍も恐ろしい。

気のせいか、発せられていた殺気まがいのものもいつの間にかすっかりと消えていた。

当然、それがクゥのおかげだとはユーリは知る由もない。


「何者だお前らは・・・いや、特に右側のお前。只者じゃないだろう」


ユーリは、まさか話し掛けられるとは思っていなかったのか、その小さな体躯をブルリと震わせた。


「クゥだ」

「・・・ユーリです」


何故だか自己紹介する羽目になり、クゥに続いてユーリが応えた。

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