017:黒夜蝶

リンは、魔族との集合場所である建屋へ足を運んでいた。

魔族からは、迷わないようにと子供の落書きのような地図を渡されていた。


「ここだよね・・」


リンが躊躇する理由は、地図によって案内された場所が、酒場だったからだ。


適当すぎる地図だったが、目的地の名称だけはハッキリと記載してあった。


''レミリアの酒場''


確かに、目の前の看板と思われる木板にも''レミリアの酒場''と彫ってある。


リンは覚悟を決めて中へと入る。


ドアを開けようとドアノブに触れた瞬間、中からドアが開かれ、手が伸びてきて、リンを強引に中へと連れ込んだ。


イキナリの展開に驚いたリンだったが、酒場の中の賑わいにも更に驚かされた。


「おい、酒が切れたぞ!もっと持ってこい!」

「マスターさん!一緒に飲みましょうよ〜」

「お前、相変わらず良い飲みっぷりだなぁ」


忙しなく客席とカウンターとを行き来する店員さん。

客達が仲間内で酒を飲み交わし、騒いでいる。


「遅いよ」


右往左往しているリンの手を引いていたのは、リンをこの場所に呼んだ張本人だった。


「道に迷ってしまってね。というか、あんな適当な地図じゃ、まず分からないよ!」

「失礼ね!会心の出来だと自負してるのに!」


というのも、ユリシスの書いた地図は、大きな四角の中の真ん中らへんに小さな丸がしてあり、矢印で酒場の名前が書いてあるだけの地図とは言い難い代物だった。

走り書きすれば10秒もあれば書けるだろう。


「ただの落書きかと思ったよ」

「これだけ正確に書かれた地図は他にないよ!いい?バルアリーナをこの四角のスケールと見立てた時に、ちょうどこの丸の位置にレミリアの酒場があるんだよ。分かる?分かった?」


何故か逆切れしているユリシス。


「おーい!ユリシス!紹介してくれよ!そいつがお前の言ってた奴なんだろ?」


奥の方で飲んでいたガタイのいい男が空になった酒瓶を振り回して叫んでいた。


「もしかして、この場所にいるのは、全員魔族かい?」

「そうだよ。この酒場のマスターが魔族だからね。そして、私達のリーダーでもあるの」


そのマスターとおぼしき人物がカウンターから出てきたかと思えば、真っ直ぐにリンの方へと歩み寄る。


あれだけ騒いでいた客の連中も何故だか今は静まりかえっていた。


「やあ、私はここのマスターをしているスイと言う。ユリから話は聞いている。キミが先の大戦の英雄くんだね」

「昔の話ですよ。今は除隊したただの老兵に過ぎません」


先の大戦とは、40数年前の厄災の暴魔戦の事だった。


「いやいや、非常に心強いよ。我々魔族は、キミを歓迎する」


リンへ手を差し出すスイ。


本来魔族と人族とは敵同士の間柄にある。

しかし、場合が場合な為、暗黙に停戦状態となっている。

簡単に言うと、共通の敵である厄災の暴魔を倒すまでは同盟を組みましょうというものだ。

この暗黙のルールは、別に今に始まったわけではない。

厄災の暴魔が初めてこの地上に降り立った時に遡る。


今から2000年以上昔の話、厄災の暴魔が魔族領へと降り立った。


魔族は当時から他種族に対して隔たりを持っていた為、他種族に頼らず同族だけで討伐する方法を選んだ。

しかし、それが災いし、結果なんとか討伐する事に

は成功したが、当時、魔族総数の実に1/3という多大なる犠牲を払ってしまった。


そんな折、魔族、人族両者の研究者の調査で、厄災の暴魔は絶対に殺せないという仮説を打ち出し、世界にその情報を発信した。


これを踏まえて、当時の各種族の代表者達が集まり、会合を開いた。

そして、ある条約が締結される。


''厄災の暴魔討伐の際は、過去、現在、未来のしがらみを問わず、全ての種族が協力し合い、これを打ち倒すものとする''


「共に協力し合って打ち倒そう」


元々その為にこの場を訪れていたので、リンには拒む理由など無かった。


リンはスイの手を握る。


いつの間にか、酒を飲んでいた全員がリンとスイの周りに集まっていた。


何故だか、円陣を組む形となり皆が中央に右手を差し出し重ねていく。


リンも流されるように右手を重ねる。


「今宵、ここに終結せし者共は、神に導かれし者!相手が不死だか何だか知らないが、私達で厄災の暴魔を倒す!この場には、先の大戦の英雄がいる!この出会いは、偶然ではない!これは必然だ!必ず勝つ!そして、必ずやあれを手に入れるぞ!」

「「オオオォォォ!!」」


何故か、その日は朝まで飲み明かしていた。

スイ曰く、前祝い名目での指揮高騰が目的らしい。

勿論、リンも混ざっていた。

というより、断る事が出来ない強制参加だった。


そのまま、机や椅子や床を枕がわりにして眠る。


リンは酒には強い方だった。

普通ならば、多少飲んだ程度で酔う事はないのだが・・


「アルコール度数高過ぎじゃないかこれ・・」


フラフラになる程ではないが、強烈な睡魔に倒れそうになる。

今この場に起きているのは、リンともう一人、ユリシスだった。


「当たり前よ、私達魔族用の強いお酒だもの」

「魔族用?」

「ええ、魔族は生まれ持ってアルコール耐性が人族よりも高いの。だから普通のお酒だと酔わないのよね」

「普通の酒じゃないって事ですか・・」

「大丈夫、麻薬の類や毒なんて入ってないから。ただの強いお酒だから安心して」

「それより、スイさんの言ってたあれを手に入れるって言うのは何の事なんですか?」

「ああ、ごめんね。話してなかったね」


いつの間にやら意気投合していたリンだが、自己紹介すらまだされていない。

今この場には、リン以外に12人いる。

全員魔族だった。


「私達はね、魔族の中でも独立した組織に所属しているの」

「確か、コスメルとか言う集団の事?」

「へえ、詳しいわね」

「昔、魔族の知り合いがいたからね」


ユリシスの話では、全員が黒夜蝶というコスメルに属している。

全体の人数は30名程なのだが、この場に来れなかった者や、戦闘に不向きでない者が何人かいる為、現在の12人なのだそうだ。


「貴方も厄災の暴魔戦に参加していたから知ってると思うけど、あいつを倒すと様々な物をその場に残して消えるわよね?」

「そうだね。金品の類から伝説級レジェンダリーと呼ばれる貴重な武器とかね」

「私達、黒夜蝶はそれを狙っているの。あ、別にお金が欲しい訳じゃないのよ?」


リンがジト目でユリシスを見るので、ユリシスは少し慌てていた。


「紅玉魂って知ってる?」

「いや、聞いた事ないですね。厄災の暴魔の戦利品ですか?」

「ええそうよ。私達の狙いはそれなの」


紅玉魂は失った魂を呼び戻す事が出来るアーティファクトと呼ばれているアイテムだ。

普通の人ならば使い道はないだろう。

しかし、ユリシス達黒夜蝶には、それこそ自分の命を投げ出してまでも手に入れたい程の物だった。


「私達の仲間にね、もう何十年も目を覚まさない大切な仲間がいるの・・」


かなり重い話になりそうだなと、リンは間違っても睡魔に負けないように気を引き締め直す。


「ユーファっていう子なんだけどね、マスターの妹でもあるその子は、同時に私達の命の恩人でもあるの」


坦々と語るユリシスの表情は、何処か物悲しくそれでいて儚く虚ろな目をしていた。


ユーファは、呪いに掛かったのだ。

仲間を守る為に、その身を犠牲にして。


「ユーファは私達魔族には、禁忌とされている事を実行して、その魂を肉体から引き離されてしまったの」

「ちょっと待って。話が見えないんだけど、禁忌を侵すのと仲間を守るって言うのは、どう繋がるんですか?」


ユリシスは、窓の方までゆっくりと歩き、夜空を見上げる。


「ええ、ユーファは優秀な聖職者だったのだけど、聖職者最大の禁忌って、貴方は分かるかしら」

「・・・死者の蘇生?」

「そうよ。死んだ者は決して生き返ることは無い。生命の理りに反する事だもの。ま、普通はそんな事考えても出来る人はまずいないんだけどね」


精霊術師として規格外の力を持っているリンでさえも、死者を蘇らせる事は不可能だった。

しかし、仮に出来たとしても、魔族同様に人族でも禁忌とされていた。

実行した人物は、裁かれるのだ。他ならぬ神によって。


神は地上より遥か上空から常に地上に住む者を監視している。


禁忌を侵した者は、神によって天罰が実行される。

その中の二番目に重たい天罰が、肉体と魂との切断だった。


「しかし、天罰にある離魂は、即ち死という意味だと思ってたんですが、その紅玉魂で救う事が出来るのですか?」

「前例があるんです。昔同じように天罰を受けて離魂した者を紅玉魂で救ったと」

「それは何とも興味深い話ですね」


二人の会話は陽が昇る頃まで続いた。

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