016:帝都バルアリーナ

萬屋の仕事どころでは無くなってしまった。


この世界自体を揺るがす出来事が発生してしまい、リンは覚悟を決めていた。


この事を教えてくれたのは、魔族の少女。名はユリシス。

シュリとは、適当に決めた名前だそうだ。

姿も隠蔽する理由が無くなったのか、いつしか本来の姿となっていた。


どうやら彼女は一緒に戦ってくれる猛者達を集めていたようだ。

しかし、南の国は、四大陸の中では最弱と言われるほどに、その戦力は圧倒的なまでに低かった。


900年程前に、この南の大陸に不死の王ノーライフキングが現れた際は、殲滅するのに17年もの歳月が必要だったと言い伝えられている。

その際、この南の大陸全土が壊滅状態にまで追いやられていた。


「あれ、私は・・いつの間にか寝てしまっていたようですね」


マリーが目を覚ました。


「疲れているんですよ。無理だけはしないで下さいね」

「リンさんにだけは言われたくないですよーだ」


マリーは、辺りをキョロキョロとしている。


「シュリさんでしたら、親御さんの所に帰りましたよ」

「え、そうなんですか?確か、約束の期日は明日だったはずですけど・・」

「うん、何だか、先程その親御さんが来られて、急遽予定が変わったそうで、引き取りに来られたんです」


嘘を言って、ごめんなさい・・。


勿論そんなはずはない。

シュリ、いや、ユリシスは魔族なのだ。

適当に誤魔化して、リン達の前に現れた。

当然依頼の件も自分でそう仕向けただけ。


「マリーさん、大切なお話があります」


リンは、正直に話すべきか迷っていた。

しかし、事態が事態なだけに、今回ばかりは自分もただでは済まないだろうと本能的に察知していたリンは、包み隠さず、厄災の暴魔の話をマリーに話した。


「聞いた事があります。確か、数十年前にも北のほうの国で現れたと・・。でも、そんなに早く復活を遂げるのですか?」

「そこは、分からないんです。本来ならば復活はもっとと先のはずなんです」

「・・・行くの・・ですね」

「うん、あいつは絶対に倒さなくちゃならない存在なです。野放しにすればする程にその力が増していき、手が付けられなくなってしまう」

「ちゃんと帰って来て下さいね?絶対ですよ?」

「うん、約束するよ。絶対に、マリーさんの待っているこの萬屋に戻って来ると」


以前戦った時は、心強い味方がたくさん居たから勝てたようなもの。今回は、その時の仲間はいない。

正直勝てるかどうかはリン自身全く分からなかった。


マリーに別れを告げたリンは、ユリシスの待つ場所へと急ぎ向かう。


リンは萬屋の仕事を途中で投げ出してしまう事を後悔していた。

だけど、今はそんな事は言ってられないと自分で自分を言い聞かせる。


辺境都市スメラークを後にしたリンは、この南の国一の都市であるバルアリーナに3日掛けて到着した。


予想通り、バルアリーナは、混乱の渦に包まれていた。


「厄災の暴魔がこの大陸で復活したとあっては、当然か・・」

「主、勝算はあるのか?」


リンは移動手段を四足獣の精霊グリンに頼んでいた。

この場所まで、飲まず食わずで飛行していたにも関わらず、少しも疲弊した感じを見せないその様は流石としか言えないだろう。


「分からない。情報によると、まだ未成熟なままでの復活らしいから、前回よりは遥かに劣るという事だけどね。実際にこの目で見て見ない限りは何とも言えないかな」

「ならば主は我が護ろう。戦いの場には呼んで頂きたい。それまで鍛錬に励もうぞ」

「うん、頼りにしているよ。逆に自分の力では何も出来ない僕は、精霊達に頼らなければいけない。本当に許してほしい」


リンの本心だった。


待ち合わせの時間までまだ少しだけ時間のあったリンは、戦力確認の意味でバルアリーナを散策していた。


スメラークと違い、すれ違う人の割合は圧倒的冒険者が多いみたいだね。だけど、あいつと渡り合える程の強者が果たしてどれだけいるのか・・。


「ねえ、そこのあなた」


不意に背後からリンは呼び止められた。


「私ですか?」


振り向いた先にいたのは、軽微な鎧を着飾った女性剣士だった。


「あなた、何者?」


実に解答に困る質問にどう答えればいいのかリンは悩む。


「えっと、どう言う意味でしょうか?」

「隠しても無駄よ。あなたの只ならぬ魔力。人の領域を明らかに超えてるわ」


人を化け物みたいに言うのはやめて欲しいと内心ムッとするリンだった。

確かに彼女の言うようにリンの内には膨大な魔力を秘めている。

しかし、悟られぬように限りなく見え難くしていたはずだった。

つまりは、目の前の人物はそれが見えているという事。


「これが見えるという事は、貴女も名のある方とお見受けします」


リンは膨大な魔力を保有している。

だが、魔術師ではない。

魔法の類はあまり得意ではない。

あくまでも、精霊術師なのだ。

実際、リンは自身の力だけでは魔法を何一つ行使する事は出来ない。

そもそも精霊術師が魔力が高いというのも、この世界の常識からすればアンマッチなのだ。


「ええ、一応勇者をしているわ。あなたも賢者か魔導師かしら?」


賢者とは、様々な魔法を行使する事が出来る職業だ。

攻撃魔法を得意とする魔導師と治癒魔法を得意とする聖職者の両方を極めて初めて転職する事が出来る。


その敷居の高さ故、勇者と同格程度に扱われ、必然的にその職に就いているものは非常に少ない。


「精霊術師です」

「え?」


聞き間違いかと敢えてもう一度尋ねる彼女。


「精霊術師です」

「うそ・・・その魔力で精霊術師なの?」


彼女が驚くのも無理はない。

精霊術師とは、別の意味で就いている割合は少ない。

それは、ハードルが高いとかではなく、寧ろ低い。

精霊と話が出来るようになるのには苦労するが、話さえ出来てしまえば、誰でも精霊術師となる事が出来る。

ではなぜ、不人気職かと言うと、絶対的に使役出来る精霊の数が少ないからだ。

通常の精霊術師ならば、精々少位精霊3体までだろう。

中位精霊ともなれば、1体が限度と言われている。

勇者に共するような精霊術師のエリートだと、数が2倍になる程度。

上位精霊に限っては1体使役出来れば、最高峰と言われている。


しかし、リンには上限はないと言っても過言ではない。

生まれ持っての魔力の量にも起因するが、何よりリンは精霊達から愛されていた。

精霊術師には必要不可欠なものがもう一つある。


それは、精霊達との絆だ。


精霊達と友好関係を築けなければ、彼等は呼びかけには応えてくれない。

リンが精霊術師として規格外なのは、もう一つの理由があるのだが、それはまた別の話で説明しようと思う。


「取り敢えず、信じるわ。それと今この場にいるってことは、あなたも討伐に参加するのよね?」

「ええ、そのつもりですよ。僕如き役に立てるかどうか分からないですけどね」


リンはいつだって謙虚だった。


その後、お互い簡単に自己紹介をした。


勇者と名乗る彼女の名前は、ラクシャータ。

勇者の称号を受けて、まだ間もない。新米勇者だった。

しかし、リンは見抜いていた。


彼女、そこいらの勇者よりも数段実力は高そうだね。

なぜ、彼女のような人物がこんな最弱の南の国にいるのだろうか?


リンは冒険者に厄災の暴魔討伐依頼が出されたのは本の数日前と聞いていた。


「私は南の国出身なの。偶然、里に帰省中の所にこの事態でしょ?嫌になるわ」


その後、リンは半ば彼女の愚痴を一方的に聞くだけで、彼女は言いたいことをひとしきり言った後、「また会いましょう」と言い、去っていった。


確かに討伐に参加するならば、また会う事もあるだろう。彼女程の実力者なら確実にね。


その後も偵察を兼ねたリンの目利きは続く。

リンが当初予想していたよりも強者と言えそうな人物は多かった。

その中でも一番の強者と思われる人物は、やはり最初に出会った勇者だった。

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