04: 地の精霊ノーム

お婆さんの探し物の依頼を受けたリンは、萬屋へと戻って来た。


萬屋のドアを開ける。


「お、兄ちゃんが戻ってきたぞ!」

「お帰りなさい、リンさん」

「うん、ただいま」


リンの手には、ペンダントが握りしめられている。


「もしや、そのペンダントは・・」


お婆さんが椅子から立ち上がり、手を口に当てている。


「はい、クラトマさん確認して下さい」


お婆さんにペンダントを手渡す。


「私が失くしたペンダントです!間違いありません!」


相当嬉しいのだろう。目には薄っすらと光るものが見える。


「兄ちゃん、一体どこにあったんだよ!」

「んー、広場に落ちていたのを拾った商人さんが、そのまま持って行ってしまったみたいなんだ。馬車移動だったからね、気付いた時には隣街のヴィーグルって所だったよ」

「ええ・・ヴィーグルって、確か馬車でも片道一時間は掛かる場所ですよ・・」


マリーが驚いている。


「ねーちゃん、兄ちゃんに常識は通用しないぜ」

「本当になんとお礼して良いか、このペンダントは、亡くなった夫の形見なんですよ」


その後、お婆さんは延々とペンダントの思い出について、リンたちに語る。

気が付けば、昼過ぎだったのが、いつの間にか夕方になっていた。


クラトマさんは、最後にもう一度深くお辞儀をしてお礼を言った後、事務所を出た。


「兄ちゃん、そういえば、お金貰ってないんじゃないの?」

「うん。今回は依頼を受けた訳ではないからね。受ける前に自分から動いたから、ノーカンかな」

「兄ちゃん、そんなんじゃ何時まで経ってもまともな飯は食えないぜ」


何故だか、少年に呆れられてしまった。


「少年に心配されずとも大丈夫さ。まだ後3日分は食料が備蓄してあるからね」


益々呆れられてしまった。


「そんな事より、君達はこんなとこで暇を潰してていいのかい?」


何やら、二人はお互いを見合っている。


「そーいえば、今日は兄ちゃんにお願いがあって来たんだった」


一体、どんなお願いかと思ったのだが、どうやら二人をここで雇って欲しいと言うものだった。


「悪いけど、断る!」

「俺達頼りになるぜ!この辺の事についても詳しいしさ」


しかし、リンは首を振る。


「見ていたら分かると思うけど、意外に危険な仕事もあるのと、何より、こうお客さんが来ないとね」

「わ、私が看板娘で客引きします!」


いやいやいや、なぜそうなる・・。


「君達は、まだ若いんだから、色んな道がある。僕なんかに関わっていると、真面まともな大人にならないよ」


その後何度か説得し、やっと諦めて帰ってくれた。


「せっかく若い働き手が増える所だったのににゃ」


ふて伏せしそうに机に寝っ転がっているのはクロだ。


「冗談はやめてくれよ。子供のお守りなんて出来ないだろう?面倒はクロだけで十分だよ」

「にゃにゃにゃ!!」


クロが怒った時に発する意味不明言語の一つだ。


その時だった。


(何やら大きな地の流れを感じました)


リンがクロと言い争いをしていると地の精霊であるノームがリンに念話を送ってきた。


「争いかい?」


リンが声を発すると目の前に年端もいかない美少女が現れた。

茶色を基調としたドレスを着ている。

地面までつきそうな程の長さの髪色は大自然を模しているかのような淡い緑色だ。

その彼女をまるで守るように木の根が纏わり付いている。


「ノーム、久しぶりだにゃ」


彼女は地の精霊ノームだ。

この世界の大地と繋がっており、ある程度の距離までなら大地の流れを感じ取る事が出来る。


リンは、人探しなどで良くお世話になっている。

ノーム曰く、人はそれぞれ足音が異なっており、足音から追跡する事が可能なのだそうだ。


「何もしないぐうタレな猫が、気安く私に話し掛けないで」

「にゃにゃにゃ!」


性格は、少々キツいらしい。


「そんな事より、何を感じたんだい?」

「遥か南方で、恐らく大きな爆発だと思います。直径約10kmの大地が消し飛びました」

「戦争か?もしくは、モンスターの襲撃だろうか?」


距離がある為、ノームも正確な位置までは分からないそうだ。


「ノームありがとう。また何か感じたら教えてくれ」

「ご主人様の仰せのままに」


ノームはそう告げると消えてしまった。


「まったく、ノームはいつも失礼にゃ!」


昔から、クロとはウマが合わないのか、仲が悪い。


リンは、ノームが言った事が気になっていた。


「何かの前兆でなければいいけど・・」


結局その日、客は誰も来ず、次の日を迎えた。


ドンドンドン!


突然萬屋のドアを叩く音が聞こえ、リンは徐に目を覚ます。

時刻は、朝の2時過ぎだった。


「一体、こんな時間に誰が・・」


リンは、寝巻き姿のまま、外へと通じるドアを開ける。


視界に入ってきたのは、血塗れの犬人シエンヌの男性だった。


この世界の獣人と呼ばれている種類は、全部で8種確認されている。


犬人シエンヌ

狐人ルナール

猫人シャトン

狼人ルーヴ

虎人ティーグル

鼠人トーポ

兎人ラビ

鳥人ハーピー


人族との違いは、頭に耳が生えているのと尻尾が生えているだけだ。


獣人は成長し、成人すれば本来の姿に変身出来る変身能力を持っている。本来の姿というのは、狼人ならば、狼の姿に。鳥人ならば、鳥の姿になる事が出来る。

従って、本来の姿に変身していなければ、人族と然程違いはないのだ。


「助けて下さい・・」

「まずは、その傷を癒します」


リンは、すぐに精霊を呼び出した。

現れた精霊は、なんとも神秘的な感じで、白いベールに包まれた、天使という言葉が最も相応しい姿だろう。


「シルティナ、彼の傷を治して欲しい」

「畏まりました」


シルティナと呼ばれた美女は、行儀良くリンに一礼してから、手を合わせ、何やら呪文を口ずさんでいた。


恐らく、剣で斬りつけれた痕であろう、背中がザックリ斬られていたのだが、その傷が見る見るうちに治癒していく。


シルティナが呪文を唱え始めて僅か10秒足らずで傷を癒してしまった。


「助かったよ。ありがとう」

「また何かありましたら、お呼び下さい」


シルティナは、再び律儀に一礼し、その場から消えた。


リンは、彼に呼び掛ける。


「大丈夫ですか?」


痛みで顔を歪めていた犬人シエンヌの男性は、痛みがキレイさっぱり消えてしまった事に驚いていた。


「痛みが無くなって、・・あれ?」

「傷は癒しました。他に痛いところはありますか?」

「もしかして、貴方は聖職者ですか?」


この世界には、職業というものがあり、成人すれば皆が何かしらに属す事になっている。

強制ではない為、中には成人してもどこにも属さない者もいる。

彼の言った聖職者というのは、数ある職業の中の一つで、主に教会や診療所で勤めている、傷を癒したり、毒や呪いなどを解く事が出来る職業の事だ。

しかし、それらのスキルを身につける為にはかなりの勉学と経験が必要だった。


「いえ、ただの精霊使いです」

「精霊…使い様?…なるほど。ど、どちらにしても助かりました。ありがとうございました。他は大丈夫そうです」

「それは良かった。一体、何があったのですか?」


彼は、自分の身に起きた事を語ってくれた。

彼の名前は、ランバート。

獣人専門の語学を教える学校の先生をしているそうだ。

夜勤明けの仕事終わりの帰宅途中に最近巷で騒がれている辻斬りにイキナリ後ろからバッサリやられたそうなのだ。

こんな遅くまで仕事をしているなんて、ブラック企業なんじゃないかと疑ってしまう。


辻斬りの噂は、確かにリンの耳にも届いていた。


「こんな中心街にも出るんですね。もっと端の方だと聞いていました」

「そうなんです。中心街ならば安全だろうと思っていたのですが、まさか自分が襲われるとは思っていませんでした」


このまま野放しにしておくのも危険だ。それにこの辺りに出没されたら、只でさえ人通りの少ない路地が本当に誰も来なくなってしまうではないか。

それだけは、絶対に阻止しなければならない。


「ランバートさん、僕に仕事を依頼しませんか?」

「仕事ですか?」

「僕は、萬屋を営んでます。人探しでも、今回のような危険人物の駆除でも何でもやりますよ!」

「私が依頼しなくてもこうで懸賞金が懸けられていると思いますよ」


こうというのは、この国での治安の維持管理をしている者達の総称だ。犯罪者を捕まえたりするのもその職務に含まれている。


なるほど!その手があった。

指名手配されている犯罪者は、大概懸賞金が懸けられている。


「そうと決まれば、早速捉えに行きましょうかね」

「本当に行くんですか?危険だと思います。前に公の手練れ達が束になって挑んだ事があったそうですが、皆返り討ちにあったそうですよ」

「まぁ、何とかなるでしょう。ランバートさんは危険ですのでここで待っていて下さい」

「いえ、私も無関係ではありませんので、一緒に行きます」


まずは、辻斬りを探し出さないとね。


「クロ、血の匂いを追えるかい?」

「まったく、こんな朝っぱらからコキ使うご主人様だにゃ。プンプン漂ってるから追えると思うにゃ」


では辻斬りの捕獲に出発だな。

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