03: 猫の精霊クロ

この土地での初仕事を終えた次の日の朝。

リンは、ぼーっと事務所入り口を見ていた。


昨日に引き続き、今日も全く客が来なかったのだ。


リンの前の机上には、黒い猫がデカイ態度でフンズリかえっていた。

一つを除いては、何処にでもいそうな猫なのだが・・


「ご主人がそんにゃ眠たそうにゃ顔をしているから、お客人が誰も寄り付かないんだにゃ」


そう、この黒猫は喋るのだ。


「クロよ、それはないぞ。なぜならば、朝からこの前の道を誰一人として、通行人が通っていないからね」


クロと呼ばれた黒猫は、呆れた表情をしている。


「完全に立地条件が悪いにゃ。戦う前から負けてるにゃ」


猫のくせに言いたい放題言ってくれるな。


コイツの名前はクロ。

単に見た目がクロいからその名をつけただけだ。

僕にはネーミングセンスの欠片すらない事は分かっているから、敢えて凝った名前にしないようにしている。

どう見ても唯の喋るだけの猫なのだが、勿論唯のペットとは少し違う。

クロもまた、僕の召喚した精霊なのだ。


精霊には本来一つ以上のスキルを有してるもので、クロもまた他の精霊と同様に特殊なスキルを持っている。

能力については、おいおい説明していこうと思う。


リンは生意気なのも、もしかしたらスキルの一つなんじゃないだろうかと前々から思っていた。


「そう思うんだったら、その外見だけは愛くるしいのを利用して、事務所の前で客引でもやってくれ」

「外見だけってどう言うことにゃ!」


喋らなければ、可愛げがあるんだけどね。


結局午前中の客はゼロだった。

このままでは、食費すらままならない。


と言う訳で今日の昼飯は、カキ氷にしよう。

リンは昨日に引き続き。スノウを召喚した。


「スノウ、いつものやつを頼むよ」


すでに店に通いつめる常連客のような対話になっている。


スノウは、カップに自身が発生させた水を凍らせて、尚且つカキ氷のように適当なサイズに砕いた。


「いつもありがとうな」


スノウは滅多に喋らない。いつもクールなのだ。

とびきりの美人が喋らないと言うのは、非常に勿体無い気もする。

何処かのよく喋る猫とチェンジ出来ないものだろうか。

そんな事を考えながらリンは、クロをジーッと見ていた。


「今にゃにか、変なことを考えてたにゃ!」


勘の鋭い猫め。


リンは味のないカキ氷を一瞬で食し、いつものデスクに座ってただひたすらに客が来るのを待つ。


どれくらい時間が経ったのだろうか。

待ちに待った瞬間が訪れたのだ。


事務所のドアがゆっくりと音を立てて開く。


やっと来たか!と思ったのも束の間、中に入ってきたのは、昨日の少年とその姉だった。


「兄ちゃん、その様子だと、今日も客はいないのかよ」

「大きなお世話だ」


少年の後ろで、姉のマリーがモジモジしている。


「あの、リンさん・・」

「はい?どうかしましたかマリーさん」

「助けて頂いたお礼です」


そう言い、恐らく手作りだろう。四つ葉のクローバーを透明な蝋のような物に閉じ込めたブローチをリンに差し出した。


「ありがとうございますマリーさん。大切にさせて頂きますね」


リンはその場でマリーから貰ったブローチを首から下げてみた。


「どうでしょう、似合いますか?」

「はい、とっても良く似合ってます!」

「いいんじゃない?」

「ご主人様には、勿体無いにゃ」


「「え?」」


二人が声を揃えて驚いている。


それもそのはずだ。ただの猫が喋ったのだから。


「クロよ、お前はもう少し主人を敬ってもバチは当たらないと思うけど?」

「ろくにご飯もくれにゃい主人様をかにゃ?」

「お前達精霊は、お腹空かないだろ・・」

「別に食べなくても問題にゃいけど、食べても問題ないんにゃ!」


「ちょっとストーップ!!」


マリーさんが、両手をクロスさせて、バッテンを作っている。


「どうかしましたマリーさん?」

「それって猫じゃないんですか・・?」

「ねーちゃん言っただろ。この人は精霊使いなんだぜ。何処にでもいそうな、生意気な猫にしか見えないけど、きっと精霊なんだぜ」

「何処にでもいる生意気な猫精霊のクロにゃ。宜しくにゃお二人さん」


マリーの様子がおかしい。

先程から、瞬き一つせず、クロをジッと見つめている。

口をパクパクさせ、何かを呟いているようだ。


「喋る・・猫・・!可愛い!!」


次の瞬間、マリーは駆け出し、いつの間にかクロを抱き抱えてホールドしていた。

一瞬の早業と言えよう。


「にゃ!にゃにをするにゃ!」


マリーは、クロを抱き締め抱き心地を堪能している。


「もふもふは正義」


意味の分からないことまで呟いている。


「マリーさん、程々にしといてあげてね、精霊は繊細なんだ」

「あ、ごめんなさい。あまりにも可愛いかったので、ついつい・・」

「た、たまにくらいにゃら別にいいけどにゃ」


クロは満更でもない様子に伺える。

リンと少年は、ジト目でクロを見ていた。


「リンさんって凄いんですね。精霊を呼べるなんて」

「んー僕が前にいた場所では精霊使いは、それこそいっぱいいたからね。この国では珍しいのかもしれないけどね」


その後もマリーは、名残惜しそうにクロを眺めていた。


「ところで、今日は何の用だい?」

「どうせ兄ちゃんが暇してると思ってさ、俺が仕事を見つけて来てやったぜ!」

「こらっ!シンク。ちょっと生意気よ!リンさんは私の命の恩人なんだから」


シンクは姉に叱られてムゥーと唸っていた。


「えとね、ここに来る途中の広場でね困っている人がいたんです。大事な探し物がどうしても見つからないと嘆いていたわ」

「物探ですか」

「出来ますか?」


リンは考える時間すらなく即答した。


「うん、僕に出来ない仕事はないよ」


早速3人で広場へと向かう。


広場に着いたリン達は、広場の真ん中で脱力して座っているお婆さんを発見した。


「あの人がそうよ」


リンは、お婆さんの前へと歩み寄る。


「なんだいお前さんは?」

「初めまして、私はリンと申します。萬屋を営んでおります。何かお困りごとがありますか?」


お婆さんの名前は、クラトマさんと言うそうだ。

大事なペンダントを失くしてしまったらしい。

いつも首から下げていたようだが、気が付いたら無くなっていたようだ。


「これだけ探しても見つからないということは、きっと誰かに拾われてしまったのかもしれないわね」


必死に探している様子から、余程大事な物なんだと言う事が伺える。


「お手伝いしましょう」


そう言うと、リンはいつものように小声でブツブツと何かを喋っている。


「ねーちゃん探す時もこんな感じでブツブツ言ってたぜ」

「何かの呪文かしら?」


のしのしと後から現れたのは、クロだった。


「この辺にいる精霊と会話してるんだにゃ」


!?


「精霊は、たいてい何処にでもいるにゃ。だからその現場を目撃していた精霊がいにゃいかどうかあーやって探ってるんだにゃ」


クロの説明は簡素化過ぎて、それだけだと2人には伝わらないだろう。


「分かったよ」

「え、もう分かったんですか」


マリーは驚いていた。


「だけど、少し厄介だね。ここから少し距離があるんだ」


リンは考えていた。


お婆さんは、何が何だか分からないと言った表情をしている。


「ばーちゃん。心配しなくても大丈夫だぜ。兄ちゃんに任せとけば、絶対見つけてくれるからさ」

「少年、マリーさん、悪いけど、お婆さんを連れて僕の事務所で待っていてくれないか?」


探し物の在り処は分かったのだが、少し距離がある為、リンが一走り取ってこようと言うのだ。


「1時間くらいで戻るよ」


リンは歩いて広場を離れる。

人目が無くなった路地裏で、新たな精霊を呼び出した。


この国では、精霊術が広まっていないからね。みんなの反応を見てると、大っぴらに使うのも騒ぎの原因になりそうなので、程々にしておこうと思う。


リンが呼び出したのは、風の精霊シルフだった。

氷の精霊スノウとはまた違ったタイプで、幼げなさを残しているが、こちらもまごう事なき美人だった。

美少女と言う方が正しいかもしれない。


「リン、久しぶりじゃん!最近呼んでくれなかったから寂しかったよ!」


容姿が幼いのもあるせいか、中々に性格はお転婆なようだ。


「久しぶり。早速で申し訳ないけど、浮遊術を頼むよ」

「おっけー」


シルフと呼ばれた少女は、なんと、リンの身体の中に入ったのだ。

合体というより、融合と言った方が良いかもしれない。


リンは精霊と一つになる事で、その精霊の力を自由に行使する事が出来る。


「さて行くか」


次の瞬間、リンの体が宙に浮いた。


「シルフ、誘導してくれ」

「おっけー!」


一方、マリー達は事務所へと戻って来ていた。


「兄ちゃんも不用心だよなー。ま、この中に取られたらマズイものなんてないだろうけど」

「こらっシンク!あんたはいちいち一言多いよ」


お婆さんとマリーは、ソファーに座っている。

何やら、リンがいつも座っているデスクの所から音が聞こえた。


シンクが恐る恐る近寄ってみると、黒猫のクロが現れた。


「クロがここの番猫をしてるにゃ。こうみてもクロは結構強いにゃよ?」


華奢なただの猫にしか見えないクロだが、本来の姿は、人よりも大きい大猫なのだ。


暫く待っていると、リンが戻ってきた。

手には、何やらペンダントを握りしめている。

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