第24話

HARDBOILED SWINGCLUB 第24話





その日、ホワイトは自分の事務所、「WHITE.CO.LTD」で白い革張りのソファーに沈むように座って書類の束に目を通していた。




テーブルの上には冷め切ったべノアの紅茶が入った白いティーカップが置かれている。




事務所の部屋のドアの前にはホワイトの側近、ホークが直立している。




「・・今日のスケジュールはどうなってる?」




ホワイトは書類の束をテーブルにドサッと置いて、低い声でホークに呟いた。




「はい。今日はブルームストリートにある事故物件の転売の為に内覧にいくはずだったのですが・・・先程、ブライトン議員から急に電話が入りまして至急、ボスに会いたいとのことです。場所はブルームタウンホテルの中のレストラン「トワイライト」です。如何いたしましょうか?」




ホークは直立のまま、ホワイトにそう言った。




「ブライトンが?・・・おかしいな。何故、私に直接電話をよこさない?」




ホワイトはホークに言った。




「さあ・・・何故でしょうか?」




ホークは首を傾げながら言った。




「・・・わかった。予定を変更してブライトンに会いに行く。車を回せ」




ホワイトはソファーから立ち上がりながら、ホークにそう言った。




「承知しました」




ホークは一礼をして、事務所のドアを開けて出て行った。




ホワイトはホークが事務所から出て行くのを見届けてから、自分のマホガニー製の机に向かって歩いた。



ホワイトは大きなその机の一番手前の引き出しを開け、右手を奥の方に伸ばした。




「・・・・」




そして、引き出しの奥にある護身用として用意していた小さなコルト社製の銃を取り出し、着ていたツイードのジャケットの胸の内ポケットに忍ばせた。






用心深いホワイトはブライトンの電話が事務所に来たことに不審を抱いて、万が一の準備を怠らなかった。



壁に立て掛けてある大きな鏡に向かってホワイトは立ち、シャツの襟を整えてジャケットの襟を正した。





そして、そのブロンドの髪に18金の櫛を入れゆっくりと髪を整えた。




内側の左胸ポケットにある銃の形が外から目立たないように、わざとジャケットのボタンを外した。




「カツ・・コツ・・カツ・・コツ・・」




ホワイトの履いているホースハイドサイドゴアブーツの靴音のみが事務所に響いた。




「バタン!」




身なりを整えたホワイトは事務所のドアを開けて外に出た。





そして、その階のアールデコ調の装飾が施してあるエレベーターのボタンを押して乗り込んだ。





「ギューン・・・・」





エレベーターはゆっくりと下に降りていった。




一番下の階まで降りると・・・ビルの入り口に白いリムジンが用意され、その後部座席のドアの横にはホークが立っているのが見えた。




ホワイトはゆっくりと歩いて、ガラス張りのドアを開いて、ビルの入り口から外に出た。






リムジンの前までホワイトが歩くと、ホークはタイミングを合わせて後部座席のドアを開けた。






黒いベルベッドが敷き詰められている座席にホワイトは滑るように乗り込んだ。






ホークはホワイトが座ったのを見届けて、リムジンの後部座席のドアを閉めた。






そして自分も運転席にドアを開けて乗り込んだ。






ホークはアクセルをゆっくり踏み込み、ゆっくりとリムジンを発進させた。






「スーッ・・・」






リムジンは静かに、そして優雅に動き出した。






ブライトンが指定したブルームタウンホテルまでここから20分くらいの時間がかかる。






「・・・・」






ホワイトは後部座席で足を組み、車内の窓から通り過ぎるブルーム街の町並みを黙って眺めている。






ホークは時折運転しながら、そんなホワイトを気にするように見ていた。






「・・・なんだ?」






バックミラーのホークの視線に気づいたホワイトは言った。







「いえ・・・何でもありません」







ホークは視線をバックミラーから外した。






いつもより緊張感漂うホワイトの様子をホークは気づいていた。






「・・・・ボス、何かトラブルですか?」






ホークはバックミラーでホワイトをもう1度、見ながら言った。






「いや。・・・そんな風に見えるか?」






ホワイトは静かな口調でホークに言った。






「いいえ・・・余計なことを言ってしまって申しわけありません。」






ホークは閉口し、前を見て運転しながらそう言った。






・・・リムジンはブルーム街をゆっくりと走り続けた。






ホワイトは横を向き、リムジンの窓から静かに外の景色を見続けている。






・・・繁華街を抜け、しばらくするとホークの視界にブルームタウンホテルが見えてきた。






「もうすぐ着きます」






ホークはホワイトに言った。






「そうか」






ホワイトは下を向き、目を伏せながらホークに返事をした。






ビクトリア王朝をイメージしたブルームタウンホテルはブルーム街の中でも最高級のホテルで、有名人、政治家、海外から来た事業家などが利用するホテルで一般の人間はあまり出入りはしない。






ホワイトは議員のブライトンをはじめ、マフィアの幹部、実業家などを接待する時にブルームタウンホテルの中にあるレストラン「トワイライト」の個室を利用していた。







「トワイライト」は高級ホテルのレストランで従業員達は口が堅く、ホテルからの「教育」が行き届いていたので用心深いホワイトが賄賂の受け渡しで利用するには丁度良い店だった。






・・・ホークはブルームタウンホテルの前にリムジンをゆっくりと停車させた。






「着きました」






ホークは後部座席にいるホワイトの方を振り向いて言った。






「・・・しばらくここで待っていろ」






ホークにそう言うとホワイトは後部座席のドアを開けて外に降りた。




「了解しました」




ホークはそう言ってリムジンをブルームタウンホテルの入り口から動かし、少し進んだ場所に停車させた。




ホワイトはブルームタウンホテルの大きなガラス張りの入り口のドアに向かった。




入り口で待ち構えていたボーイがホワイトに一礼をして、その大きなガラス張りのドアをゆっくりと押し開けた。




ホワイトはボーイに見向きもせず、そのままブルームタウンホテルの中に歩いて進んだ。




20mはある天井には「最後の晩餐」のステンドガラスで彩られ、大きな天使のシャンデリアが吊るされている。




その光は美しいオレンジ色をしていて、真っ白な大理石で敷き詰められた床を照らしていた。




「コツ・・・コツ・・・」




ホワイトの靴音がロビーに響き渡った。




そのままホワイトは地下に行く階段がある左の方向に進んでいった。




植物の蔓を模った金の手摺りがある真っ白な大理石の階段をホワイトは降りていった。




・・・階段を真っ直ぐ降りていくと、ボルドーのベルベッドが敷き詰められたドアがあった。




ドアの真ん中には筆記体で「TWILIGHT」というゴールドのサインが飾られている。




ホワイトはドアの前で1度、立ち止まってジャケットの襟を正した。




そして、ゆっくりと「TWILIGHT」のドアを開けた。




「おはようございます、ホワイト様。」




ドアを開けると白いシャツに銀縁眼鏡、黒の蝶ネクタイをしたドギーという男がホワイトに一礼をして、そう言った。




「ブライトンは来てるのか?」




ホワイトはドギーにそう言った。




「はい。個室でお待ちになっております」




ドギーはそのまま、歩いて個室までホワイトを案内した。




「・・・・」




ホワイトはレストラン全体を見渡しながら、ドギーの後についていった。




用心深いホワイトは気を張り巡らせて、いつもと違う人物がレストランの中にいないかどうかを確かめていた。




レストランの広い店内にはクラシック音楽が流れ、白く装飾を施したテーブルとチェアーが整然と並んでいる。





そこに客は誰一人いなかった。




ホワイトはそれを確認し、そのままドギーの後ろについて歩いた。




ドギーはレストランの一番端にあるドアまで歩いて立ち止まった。




「どうぞ」




ドギーはボルドーのベルベットが敷き詰められたドアに付いてる金の天使を模ったノブを引いて、ドアを開けた。




ホワイトはドギーに頷き、部屋の中に入った。




ドギーはホワイトが部屋に入るとドアを静かに閉めた。




その部屋の窓は大きなガラス張りで、ブルームタウンホテルの中庭が見える。




マリア像の噴水があり、周りには赤、青、黄色の花が咲き乱れ、庭全体は緑で覆われていた。




太陽の光を受け、キラキラ光るその中庭はこの個室の為に作られたもので外から中庭には入れない。




そのガラスの窓際に白い大きなテーブルがあり、庭を眺めている立っている男がいた。




エドガー・ブライトン。ブルームタウンの議員でもある。




小柄で太ったその男は年齢は50歳代でロマンスグレーに染まった髪をオールバックにして、仕立てのグレースーツを着こなしている。




「美しい・・・自然は美しいな。ホワイト」




ブライトンは中庭を眺めながらホワイトにそう言った。




「はい・・・それで今日は如何いたしましたか?」




ホワイトはブライトンの前置きを遮るように本題の話に入ろうとした。




「まぁ・・そう焦るな、ホワイト」




ブライトンはジャケットのポケットから葉巻を取り出し、18金の小職が施してあるライターで火を点けた。




「・・・・・」




ホワイトは黙ってブライトンを見続けていた・・・。


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