第23話

HARDBOILED SWING CLUB 第23話





ここはポンパドールの郊外にある病院。




今日もジュリアはアレサと歩行練習のリハビリに励んでいた。




先週、ラッキーとサムが病院に訪ねてきてからジュリアはアレサに頼んで嫌っていたリハビリの時間を自ら増やした。




努力の成果もあり、ジュリアは車椅子から自分の力で立つことが出来るようになった。




そして摺り足ではあるが、歩くこともできるようになっていた。




もともと手術は成功していて歩けないのはジュリアの精神的な問題だったこともあり、一生懸命歩こうと努力するようになったジュリアにアレサはホッとしていた。




(ラッキーのおかげね)




アレサは手摺りに掴まってゆっくり歩くジュリアを見ながらそう思っていた。




「ふぅ・・・」




ジュリアは10mある廊下の手摺りを掴みながらだが、40分かけて最後まで歩ききって大きな溜息を吐いた。




「頑張ったわね、ジュリア。どんどん歩けるようになってるわ。」




アレサは感心してアレサに言った。




「うん。・・・今日はもう疲れちゃったから終わりでいい?」




ジュリアはアレサの顔を見ながら、そう言った。




「そうね。最近はジュリアも凄く頑張ってるから。あまり無理しないほうがいいわ。病室に戻りましょうか」




アレサは手摺りの先の壁に寄りかかるジュリアを車椅子にゆっくりと乗せながら言った。




「うん」




ジュリアはアレサに車椅子を押されながら、自分が歩いてきた手摺りの廊下を戻るように病室に向けて進んだ。




「そういえば・・・」




アレサは車椅子を押しながら呟いた。




「何?」




ジュリアはアレサの顔を見上げながら聞き返した。




「ジョン、最近来てないんじゃない?」




アレサは言った。




「ああ・・・そういえばそうね」




ジュリアは思い出しながら言った。




「何かあったのかしら?」




アレサは心配そうに言った。




「どうだろう?・・・先週、ジョンが来た時は何も言ってなかったけど」




ジュリアは言った。




・・・2人は手摺りの付いている廊下から右に曲がって、ジュリアの病室のある廊下を進みだした。




すると、ジュリアの病室の前にジョンが立っているのが見えた。




「噂をしたら・・・」




アレサが笑いながら小声でジュリアに言った。




「そうね」




ジュリアも笑いながら小声でアレサに言った。




・・・ジュリアとアレサに気づいたジョンはこちらをジッと見ていた。




ジョンの様子がいつもと違うのがジュリアにはわかった。




いつもセットしてある栗毛色の髪もボサボサで疲れ切っているようにジュリアには見えた。




「おはよう」




ジョンは疲れたような声でジュリアとアレサに言った。




「おはよう、ジョン」




ジュリアはジョンに言った。




「おはよう」




アレサはジョンにそう言いながら、ジュリアを乗せた車椅子を進ませて病室の中に入っていった。




アレサはそのまま、ジュリアのベッドの横に車椅子を寄せて止めて、ジュリアのベッドのシーツを手早く捲った。




「はい、いいわよ」




アレサはジュリアに言った。




「うん」




ジュリアはそう返事をすると、車椅子からゆっくり立ち上がった。




そしてベッドに背を向けて、ゆっくりとお尻から腰を落とし、左手をベッドにつけて重心のバランスを取ってクルッと回転した。




ジュリアの頭は枕の方に、そして足は下の位置になった。




アレサはジュリアがベッドに横になったタイミングを見計らい、ジュリアの首元までシーツを伸ばして掛けた。




「じゃあ、あと私は仕事に戻るわね」




アレサはジュリアにそう言った。




「うん、ありがとう」




ジュリアはアレサに言った。




「入っていいわよ、ジョン」




アレサは病室の前で立っているジョンにそう言いながら、ジュリアの病室を出ていった。




「・・・・」




ジョンは返事をしなかった。




アレサが病室から出て行ったのと同時に、ジョンが元気の無い足取りでジュリアの病室に入ってきた。




「何かあったの、ジョン?・・・元気ないわね」




ジュリアは疲れてる顔をしたジョンにそう言った。




「・・・うん、まぁ・・色々とあってさ」




ジョンは呟くようにジュリアに返事をした。




「・・・どうしたの?」




ジュリアは心配そうにジョンに尋ねた。




「いや、なんでもないよ・・・それより、もう立てるようになったんだね。さっき廊下で見かけてビックリしたよ」




ジョンは話を逸らすようにジュリアに言った。




「うん。最近、頑張れるようになったの。ゆっくりだけど歩けるようにもなったのよ!スゴイでしょ!」




ジュリアは嬉しそうに言った。




「そう・・・」




ジョンはジュリアの言葉も上の空で聞いているような返事をした。




ジュリアはいつもと違う雰囲気のジョンを不思議に思いながら、会話の沈黙を埋めようと頭の中で話題を探した。




「あ、そうそう、先週ね、ラッキーとサムが来てくれたの!ビックリしちゃった!凄く嬉しくてその夜は眠れなかったわ!」




ジュリアはジョンに嬉しそうに話した。




「ああ・・・ラッキーって君にお金を送ってくる男か。もともと事故はその男のせいなんだろ?何が嬉しいの?」




ジョンは急に苛々した口調でジュリアに言った。




「・・・事故はラッキーのせいじゃないわ。あたしの不注意が悪いのよ」




ジュリアは苛々しているジョンに戸惑いながら言った。




「まぁ、金も送ってきてもらってるしね、奴を悪くは言えないよね。どうせ67ストリートのゴミみたいなチンピラなんでしょ?いい加減、そんな奴と付き合うのはやめなよ」




ジョンは横柄な口調でそう言った。




「・・・ラッキーはチンピラなんかじゃないし、ゴミでもないわ。」




ジュリアはジョンに抵抗するように静かに言った。




「・・・ああ、そう。君がいいならいいんじゃない?君も67ストリートで働いてたんだし、貧乏人や不良達と一緒にいるのが楽しいんだろうからさ」




ジョンはジュリアにそう言った。




「・・・どうしたの、ジョン?今日は様子がおかしいわよ」




ジュリアはジョンの言葉に会話を続けるのを諦めて言った。




「・・・気分が悪くなったし帰るよ。」




ジョンは大きな溜息を吐いて言った。




「・・・・」




ジュリアは修正が不可能なジョンと会話に落胆し、溜息をついて無言で窓の方に視線を向けた。




駐車場の方を見ると真っ黒の警察の車が2台止まっている。




(あら、何かあったのかしら)




ジュリアはいつも窓から景色を眺めていて、駐車場に警察の車が2台も止まっていることが入院以来、初めてのことなので気になった。




「こっちだ!」




突然、男の声がして廊下から「カツ・・コツ・・カツ・・コツ」という何人かの男の慌しい靴音がした。




その靴音を聞いたジョンは顔色が真っ青になり、うろたえるように落ち着きがなくなった。




息遣いが荒くなり、顔からは冷汗が流れ落ちていた。




「・・どうしたの、ジョン?大丈夫?」




ジュリアは尋常じゃないジョンの様子を見て、心配になりそう言った。




「ハァ・・ハァ・・・」




ジョンはジュリアの言葉も耳に入らない状態なくらい息遣いが荒くなり、肩で息をしている。




「ここだ!」




男の声がして・・・足音がジュリアの病室の前で止まった。




体格の良いグレーのスーツを着た短髪の男を先頭に警察官が3~4人、同時にジュリアの部屋に入ってきた。




「ジョン・ブランドルだな。警察だ。ドロシーブラッサム強姦致死罪、殺人罪の容疑で逮捕状が出てる。署まで来てもらおうか?」




刑事と思われる体格の良い短髪の男がジョンに逮捕状を広げて、太い声でそう言った。




「ちょ、ちょっと!誤解だ!僕は何もしてない!!本当だ!信じてくれ!!」




ジョンは堰を切ったように慌てふためき、大きな声で叫んだ。




「お前、被害者に大量の睡眠薬を飲ませて暴行し、逃げただろ?」




短髪の男は睨むような目でジョンにそう言った。




「あ・・・あれは同意の上で・・俺じゃない、俺がやったんじゃない!ドロシーが勝手に睡眠薬を大量に飲んだんだ!」




ジョンは大きな声で叫ぶように短髪の男に言った。




「だったら何故、被害者に殴打されたり、抵抗した痕があるんだ?被害者は無理矢理に睡眠薬を飲まされた形跡がある。被害者は2時間後に嘔吐し、嘔吐物が喉に詰まって窒息死したんだ。これに類似した女性への暴行事件も最近、報告されている。余罪もありそうだし、詳しくは署で聞かせてもらうよ。」




短髪の男は鋭い目つきでジョンに冷たく言い放った。




その言葉と同時に警察官達がジョンを取り囲み、1人の警察官がジョンの両手を押さえつけた。




短髪の男が手錠をグレースーツのポケットから取り出した。




「ガチャッ!」という音と同時にジョンの右手首に手錠がつけられた。




「あ・・ああ・・」




ジョンは自分の右手につけられた手錠を見つめて呟いた。




「ガチャッ!!」




短髪の男はジョンのその声を断ち切るように左手首にも手錠をつけた。




「連れて行け」




短髪の男は警察官達に指示した。




警察官に囲まれてジョンは病室から連れ出された。




・・・ジョンは警察が来てからジュリアの顔を1度も見ることもなく、いなくなった。




病室には短髪の男とあっという間の出来事に唖然としているジュリアだけが残された。




「お嬢さん、危なかったですね・・・最近、睡眠薬を使用した暴行事件が多発してましてね。こちらの捜査でジョン・ブランドルが浮上してきましてマークしていたのです。奴がこちらの病院にあなたを尋ねに来ていることもこちらでは把握してましたよ」




短髪の男はそう言った。




「・・・本当ですか?・・ジョンが?・・信じられない。・・・あの、何かの間違いじゃ・・」




ジュリアは突然の出来事に呆然としながら、短髪の男に言った。




「まぁ、とにかく無事でよかったですね。それでは失礼します」




短髪の男はジュリアの言葉を遮るようにそう言って、ジュリアに一礼をして病室から出て行った。




ジュリアは目の前で起こった出来事を信じられずに、短髪の男が病室から出て行く後姿を見続けていた・・・。


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