第19話

HARDBOILED SWING CLUB 第19話





ポンパドールにラッキーとサムが向かっている頃、ジュリアは病院でアレサとその日のリハビリのメニューをこなしていた。




手術が成功しているのにジュリアが歩けないのは、心理的な問題だと判断したジュリアの担当医は看護婦アレサにジュリアのリハビリの手助けをするように命じていた。




ジュリアは毎日のリハビリのメニューの効果もあって、自力で「立つ」ことができるようにまで回復していた。




「ジュリア、歩けるまでもう少しよ」




アレサはジュリアが立つことができるようになったことを心から喜んでいた。




「うん・・・でもまだ立とうとすると恐いんだよね」




ジュリアは不安そうに言った。




「大丈夫よ。先生も言ってる通り、手術は成功してるのよ。あなたは歩けるんだから」




アレサはそう言って、車椅子に座っているジュリアに両手を差し出した。




「さぁ、また練習よ。あたしの手を掴んで車椅子から昨日みたいに自力で立ってみて」




ジュリアは目の前に立っているアレサの両手を掴んだ。




そしてゆっくり、ゆっくり・・・とアレサに引っ張られ、ジュリアは車椅子から腰を浮かした。




床に着いてるジュリアの足はガクガクと激しく震えていた。




「大丈夫・・・大丈夫よ・・」




アレサはそう呟きながら握っているジュリアの手をゆっくりと上に上げながら引っ張った。




ジュリアはその激しい痙攣のような震えに耐えながら、車椅子から立ち上がった。




「ふぅーっ・・・」




ジュリアは立ち上がったあと、深呼吸をした。




「手を離すわよ、ジュリア」




立ち上がったタイミングをみて、アレサは握っていたジュリアの手をゆっくりと離した。




「うん」




ジュリアは眉間に皺を寄せながら、足に力を入れて「立つ」ことに集中していた。




アレサの手が完全に離れても、ジュリアは立ち続けていた。




「さぁ、今日はもう少し頑張ってみましょう」




アレサは立ち続けるジュリアに向かい合い、ジュリアの両手を再び握った。




「ゆっくり、ゆっくり左足を踏み出してみて」




アレサはジュリアに左足を踏み出すように言った。




「うん・・・」




ジュリアはゆっくり左足に力を入れ、摺るように動かした。




「ズッ・・・ズッ・・・」




ジュリアの左足が床を摺る音が聞こえた。




「いいわよ、その調子!もっと踏み出してみて」




アレサはジュリアの手を引っ張りながら言った。




「あっ!」




その瞬間、ジュリアはバランスを崩して床に膝を着きそうになった。




アレサは慌てて、倒れこむジュリアを抱きかかえた。




「大丈夫。・・・焦らなくてもいいのよ」




アレサはジュリアを抱きかかえながら、車椅子にゆっくりと座らせた。




「ごめん、アレサ・・・」




ジュリアは落ち込んだ表情で言った。




「また明日、頑張りましょう。今日はここまで。・・・気分転換に外にでも行きましょうか?」




アレサは笑顔でジュリアにそう言った。




「うん」




ジュリアは笑顔でアレサに返事をした。




アレサはそのままジュリアが乗った車椅子を押して、病室の外に出た。




病院の廊下はガラス張りで太陽の光が床を照らしていた。




2人はその光の中をゆっくりと進んだ。




「今日も天気がいいわね」




アレサは車椅子を押しながら、落ち込むジュリアを元気づけるように言った。




「・・ごめんね、アレサ」




ジュリアは自分を気遣って、天気の話を切り出したアレサに申し訳なく思ってそう言った。




「・・・いいのよ。時間をかければ必ず歩けるようになるから。ゆっくりやりましょう」




アレサはジュリアの車椅子を押しながら言った。




「・・・歩けるようにならなきゃ泊まりとか行っちゃダメ?」




ジュリアはアレサに言った。




「えっ?・・・まさかジョンと?」




アレサは驚いてジュリアに聞いた。




「・・・うん。」

 



ジュリアはアレサに言った。




「う~ん・・・あ、ラッキーはいいの?」




アレサは困った顔でジュリアに言った。




「ラッキーには歩けるようになったら、今まで送ってくれたお金を全部返そうと思ってるの」




ジュリアは曇ったような表情で言った。




「そう・・・でもあなた、それでいいの?」




アレサはジュリアに聞いた。




「だって、ラッキーはあたしが事故にあったのは自分のせいだと思ってお金を送り続けてくれてるだけだし、お見舞いにも来てもくれないし・・・ラッキーの気持ちがよくわからないわ」




ジュリアは溜息をつくようにアレサに言った。




「そうね・・・」




アレサはジュリアの言葉に呟いた。




「ジョンは歩けないあたしにも凄く優しいし、毎日お見舞いにも来てくれるし、あたしのことを好きだって言ってくれてるし・・・いつまでもはっきりしないとジョンに悪いし・・・」




ジュリアはアレサにそう言った。




「アハハ・・・何か自分の心に言い訳をしてるみたいに聞こえるわよ」




アレサは一生懸命に「言い訳」を言うジュリアが可笑しくて笑いながら言った。




「言い訳?」




ジュリアは笑っているアレサにムッとして言った。




「あ、ごめん、ごめん!あまりにも「わかりやすい」から笑っちゃったのよ。・・・ジュリアの気持ちはどうなの?」




アレサはジュリアに謝りながら言った。




「あたしの気持ち?」




ジュリアはアレサに聞き返した。




「そうよ。「ジョンは優しい」、「ジョンはお見舞いに来てくれる」、「ジョンは好きだって言ってる」、「はっきりとしないとジョンに悪い」っていう言葉ばかりで「あたしはジョンが好き」っていうジュリアの気持ちがさっきの言葉から窺えないんだけど?」




アレサはジュリアに言った。




「え・・そう?」




ジュリアはアレサに見透かされたように言われ、肩を竦めながら言った。




・・・2人は病院の玄関から下り坂になってる車椅子用の出口を通って、病院の敷地内にある「散歩用」のコースに出た。




「散歩用」のそのコースの道は左右に大きな木が隙間なく植えてあり、鳥達や虫の鳴き声が響き渡っていて緑に囲まれた穏やかな空気に包まれている。




凸凹のないアスファルトの道は車椅子でもスムーズに進むように設計されていた。




「シュリ・・・シュリ・・・」と音をたてながらアレサがジュリアを乗せた車椅子を押し始めた。




「・・・ジュリアがジョンを好きなら、あたしは反対しないわよ」




アレサは車椅子を押しながらジュリアに優しく言った。




「・・・本当は自分でもよくわからないの」




ジュリアは呟くように答えた。




「あたしとしてはラッキーと1度会ってからジョンと付き合うことを決断しても遅くないと思うわ」




アレサはジュリアにそう言った。




「・・そう?・・そう思う? やっぱりそうよね!」




ジュリアは張りのある声で後ろで車椅子を押すアレサに顔を上げながら言った。




「フフッ・・・ジュリアはやっぱり「わかりやすい」わね」




アレサは笑いながら言った。




「もう!・・・そう言われるのがあたしは嫌なの!」




ジュリアは仏頂面になりながら、アレサに言った。





・・・そのまま、2人はゆっくりと「散歩用」コースを進んだ。





しばらく進んでいると、アレサは真顔で急に口を開いた。




「自分に自信を持ちなさい、ジュリア。そしてラッキーと会う為にも歩けるようになりましょうよ」




アレサはジュリアに落ち着いた口調で言った。




アレサは今のジュリアに必要なのは「歩けるようになる理由」だと考えていた。




偶然にも自分が口にした「ラッキーに会う為」という理由が、もしかしてジュリアにとって歩けるようになる理由」になるかも?と心の中で思っていた。




「ラッキーに会う為・・・」




ジュリアは複雑そうな表情をして呟いた。




「そうよ。何の為にラッキーが1年間もあなたにお金を送ってきたと思ってるの?あなたの足の治療費の為でしょ?あなたが歩けるようになるのをラッキーは心から望んでると思うわ。」




アレサはジュリアにそう言って、話を続けた。




「あなたがジョンと付き合って、今まで送ってきたお金を全部返されてもラッキーは悲しむだけだとあたしは思うんだけど。」




アレサはジュリアに言った。




「でも・・ラッキーはあたしに会いにも来ないのよ。あたしのことが好きでお金を送ってきてるんじゃないのよ。自分の罪悪感をなくす為だけにお金を送ってきてるのよ」




ジュリアはアレサにそう言った。




「でも・・・あなたからラッキーに連絡したことある?あたしの記憶ではあなたは最初、お見舞いに来たラッキーに会うのを断って・・何の連絡もラッキーにしないで送ってくるお金だけ受け取ってるように見えるけど」




アレサはジュリアに言った。




「だって!・・・違うのよ・・・恥ずかしいの!ラッキーに見られるのが!連絡したらラッキーは来ちゃうもの!」




ジュリアは顔を赤くしてアレサに強い口調で言った。




「アハハ、わかるけど矛盾してるわね。ラッキーに見舞いに来て欲しいのか、来て欲しくないのか・・・」




アレサは「やれやれ」といった表情でジュリアにそう言った。




「・・・もし、ラッキーがそんなジュリアの気持ちも知ってて見舞いに来ないのだとしたら・・・どうなの?」




アレサはジュリアに悪戯っ子のような顔で言った。




「あたしの気持ち?」




ジュリアはアレサに聞き返した。




「そう。ジュリアが車椅子で・・足が動けず・・パジャマ姿でいることをラッキーに見られることが「恥ずかしい」って思っていること。もしかして、ラッキーはそんなジュリアの気持ちを承知の上だから見舞いに来ないってこともあるかもよ。」




アレサはジュリアに言った。




「そうかなぁ・・・」




ジュリアは頷きながらそう呟いた。




「ラッキーはそんな男のような気がするけどなぁ・・・あたしは」




アレサはそう言った。




その時、大きなエンジン音が「散歩用」コースに隣接している駐車場から聞こえた。




「ブロロロロ・・・」




(あれ、この音・・「エニィシング」のトラックの音に似てる・・・)




ジュリアは独り言のように呟いた・・・。



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