第2話

HARD BOILED SWING CLUB 第2話




「ギィ・・・バタン!」



ジャッキーはラッキーが「THE SOFT PARADE」のフライヤーに見入っているのを横目に店を出ていった。



その音でジャッキーが出ていったことに気づいたラッキーはキングの顔を見た。



「・・・フライヤーを置きに来ただけだ」



キングはグラスを乾いた布で磨きながら、そう言った。



「そうですか・・・あ、いつもので」



ラッキーはキングにそう注文しながらアリゲーターレザーのチェアーに座った。



キングはカウンターに置いてあるキリストマークのウォッカの蓋を開けた。



「END OF THE WORLD VODKA (この世の果て)」と呼ばれてるこのウォッカはアルコール度数98%の強烈なウォッカでハードボイルドスイングクラブの名物でもある。



キングはグラス半分くらいにその透明でキラキラとしたウォッカを注いだ。



そして、ラッキーの前にそのグラスをゆっくりと差し出した。



ラッキーはそれをグイっと一気に飲み干した。



「ふぅ・・・」



ラッキーは溜息をつきながら、ゆっくりと体温が上がっていくのを待っていた。



キングは黙ってグラスを磨き続けてる。



ラッキーは焼けるような熱さを胃袋に感じながら、そのウォッカが連れていってくれる世界に身を任せた・・・。


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67ストリートの南側の大きな敷地内に「THE SOFT PARADE」のテントがあった。



サーカスを上演する大きなテントが1つあって、その裏には団員や動物達のテントが5つ寄り添うように張られていた。



時折、テントが強い風でバタバタと音を立てて揺れている。



67ストリートでフライヤーを配り終わったジャッキーが戻ってきた。



自分のテントに戻ろうとするジャッキーの目の前に1人の少女が立っていた。



ジャッキーは別に気にもせず、テントの中に入ろうとした時、



「・・・あの」



少女はジャッキーに話しかけた。



ジャッキーは無表情のままで、少女を無視してテントの中に入った。



「パシーン!!」



テントの外で悲鳴と共に鞭打つ音が響いた。



団長が鬼のような形相でその少女に鞭を打っていた。



「誰にも話しかけるな!お前は俺に買われたんだからな!」



ガラガラとした団長の怒鳴り声が聞こえた。



呻くような少女の泣き声と鞭の音が、周りの景色を張り詰めた空気に変えていた。



ジャッキーはそれを聞きながら、いつものようにパントマイムの練習をしていた。



テントの中にある大きな割れた鏡の前で、笑ったり、泣いたり、怒ったりと表情を次々に変え、身振り手振りで物体やシュチュエーションを表現していた。



そのうち、少女の声も鞭の音も聞こえなくなった。



ジャッキーはそのまま、夜中までパントマイムの練習を続けた・・・。



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朝になり、ジャッキーはテントの外に出た。



冷たい空気と静けさの朝靄がテントの周りを包んでいた。



ジャッキーが隣のテントに目をやると、靄の中に影があった。



昨日の少女がポツンと座っている。



(昨日の娘か・・・)



ジャッキーは話しかけることもなく、黙って少女を見ながらそう思った。



すると、ジャッキーに気づいたのか少女が静かに歩いてきた。



「・・・あの」



少女はジャッキーに話しかけた。



ジャッキーは無表情で黙っていた。



「あたし、お母さんに「ここで待ってなさい」って言われて・・・」



少女は話し続けた。



「あたし・・捨てられたの?」



少女は嗚咽と共にその言葉を吐き出した。



「・・・」



ジャッキーは黙ったまま、泣き続ける少女を見ていた。



・・・ジャッキーは自分が子供の頃にこの「THE SOFT PARADE」に来た時のことを思い出しはじめた。



ジャッキーは両親の顔は全く憶えてはいなかった。



大事に抱かれていた誰かの腕の感触、赤ん坊の自分を見ながら誰かが何かを話している記憶・・・。



気づいた時には目の前にこのテントの黄色い布の景色が広がっていた記憶しか、ジャッキーには残っていなかった。



「ルルー!どこにいった?ルル!」



少女の泣き声に気づいたのか、団長のテントから怒鳴り声が聞こえた。



(ルルって名前なのか・・・)



ジャッキーは団長の声に怯えるルルの顔を見ながら、クイっと団長のテントに向けて顎を動かした。



そして、振り返って自分のテントの中にゆっくりと戻った。



「パシィ!」



しばらくして、テントの外でルルの悲鳴と鞭で打たれてる音がまた聞こえてきた。




・・・ジャッキーはルルが鞭を打たれる光景を想像し、今まで感じたことのない「何か」を心の中で感じていた。



しかし、ジャッキーの心の中でその「何か」を考えることを進めることにブレーキがかかっていた。



(開演まで、あと7日か・・・)



ジャッキーは独り言を呟き、その「何か」を忘れるように、曲芸で使用するナイフを夢中で磨き始めた。


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「THE SOFT PARADE」はジャッキーの道化芸、そして動物曲芸などを中心としていたサーカスだった。



町から町へ旅をする「THE SOFT PARADE」は、最初はサーカスを見たことのない人達が押し寄せ観客も多かったが、最近では新進の他のサーカス団などに人気を横取りされて動員は下降気味だった。



最近のサーカスは「THE SOFT PARADE」よりも華々しく、動物達もライオンや熊など大きな動物達の曲芸、そして空中曲芸といわれる高所での綱渡りやブランコなどの曲芸で人気を博していた。



案の定、67ストリートで7日後に上演する「THE SOFT PARADE」の前売りチケットの売上は芳しくなかった。



その日の夜、「THE SOFT PARADE」で曲芸する動物達に餌を与えていたジャッキーは団長のテントに呼び出された。



団長のテントに入ると、酒の匂いと肉が腐ったような異臭が漂っていた。



薄暗いテントの中で、中央にぶら下がってるオレンジ色の電球が風でゆっくりと揺れている。



古い木の椅子にどっかりと座った長い髭を蓄えた団長はまるで海賊のようだった。



「おい、明日からブランコやれ」



茶褐色の肉をクチャクチャと噛みながら、団長は言った。



ジャッキーはもうこの団長と20年近くも一緒に生活を共にしている。



団長が苛立っているのが、ジャッキーにはすぐに分かった。



(ブランコ・・・)



ジャッキーは空中ブランコのことだとすぐに察した。



「新しく入ったルルとやれ。明日から練習しろ」



団長はテーブルの上にあったぶどう酒を瓶のまま、浴びるように飲んだ。



唇の横から飲みきれないぶどう酒がこぼれて、テーブルにヒタヒタと落ちている。



「そこに大きな木があんだろ、そこによ、ブランコ作って練習しろ」



団長は指でテントの右側を指した。



「わかったら、今からやれ!」



団長は声を荒げてジャッキーに怒鳴った。



ジャッキーは無表情で頷き、団長のテントから出た。



・・・ジャッキーは地面に落ちていた木の枝を沢山拾って、ナイフを器用に使い棒状にまとめて紐で結び上げた。



それの左右に太く長いロープを付け、団長の言っていた大きな木の太い枝に結びつけて簡易的なブランコを作った。



丁度その向かい側にも大きな木があったので同じようにして、もう1つブランコを設置した。



ジャッキーは確かめるようにそのブランコにぶら下がった。



身体を大きく反らし、反動をつけると太い木の枝から「ミシッ・・・ミシッ・・・」と音がした。



ブランコにぶら下がりながら、ジャッキーは空を見上げた。



濃紺のような空の中に、美しい月の光と無数の星の光が輝いていた。



その月を目掛けて、ジャッキーは身体をもっと反らして反動をつけた。



「ブゥーン・・・ブゥーン」



ジャッキーの身体は宙を切るように音を立てていた・・・。


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