HARD BOILED SWING CLUB

半沢 誠

第1話

HARD BOILED SWING CLUB




今日は休日。



ブルーム街の大通り、通称「ブルームストリート」には沢山の人々が溢れていた。



家族連れ、カップル、子供達、友達同士・・・その通りにある店やレストランも満員で、休日を楽しんでいる人々で賑わっていた。



( みんな、幸せそうでいいねぇ・・・ )



ラッキーは「ブルームストリート」のそんな光景をゆっくりと歩きながら、心の中で呟いた。



スリムブラックパンツ、エンジニアブーツ、細身のチームジャケットを着た全身真っ黒なラッキーは、ブーツの踵を鳴らしながら、肩を揺らして大通りを歩いていた。




そして、ラッキーはその「ブルームストリート」から横に逸れて細長い裏路地に歩いていった。



・・・その裏路地は「ブルームストリート」の景色とは一変していた。



太陽の光を遮断するように古びたビルが立ち並ぶ。



レンガ造りの汚れた壁にはスプレーでグラフィティ調の落書き。



歩道は蛍光灯の青白い光に包まれ、湿り気のあるアスファルトがギラついて見える。



その裏路地は通称「67ストリート」。



一般の人は近寄らない。



そこには訳ありの人間、訳ありの店、訳ありの仕事・・・この通称「67ストリート」には様々な人種、宗教、カルチャー、音楽、チーム・・・何かから外れてしまった人々(OUT SIDER)がいつの間にか集い、そして生活をしている。



表通りの大きな「ブルームストリート」に暮らす人達は子供達に言う。




「あの67ストリートには近寄らないように!」




ラッキーも小さい頃から親にそう言われて育っていた。



「今じゃ、67ストリートのチームリーダーか・・・」



ラッキーは吐き出すようにそう言いながら、肩を竦めて襟を立てた。



その背中にはラッキーがヘッドを務めるチーム、「REBELERS」のマーク。




「REBELERS」=「反逆者達」というのはラッキーの造語で、リボンに「OUTSIDE HERO」という言葉を入れたのは「理解されない英雄」というラッキーの気持ちからだった。



ラッキーは子供の頃から自分の信じた「道理」を貫いて生きていた。



その生き方の為、ラッキーは上手に世の中を渡る友達や先輩、そして大人達に煙たがられた。



「OUTSIDE HERO」はそんな自分を皮肉って、リボンの中に自嘲的に入れた言葉だった。



「REBELERS」はそんなラッキーをリーダーとして、仲間として、友達として、そして同志として認めたメンバーで作ったチームだった。



この「67ストリート」に生きるメンバー達はで「67ストリート」に生きることにプライドと誇りと思っていて、スペードの中の「67」はメンバー達が「67ストリート」を愛する気持ちにリスペクトしたものだった。


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・・・ラッキーは蒼く暗い地下道のような歩き続け、「67ストリート」の中心にある店の前で足を止めた。



そこは唯一、ラッキーが心を許す人物が経営するクラブで「67ストリート」の連中の溜まり場でもある。



黒い木と錆びた真鍮で作られている扉の上で、黒く塗装された木で作られた店の看板が風で揺れている。



「HARD BOILED SWING CLUB」



「HARD BOILED SWING CLUB」はラッキーが「67ストリート」に移ってきて、初めて入った店だ。



ラッキーは足を止めてそのスカルマークの看板を見上げながら、おそるおそる扉を押して店に入った時のことを思い出していた。



・・・黒を基調とした50’Sダイナーを意識したカウンター、そしてチェアー。



古いオールディズ、ロカビリー、R&B、ソウルが埃を被ったような音で流れている。



暗い店内にピンクとグリーンの光がピンスポットライトで細く差し込まれ、スカルマークの酒瓶を照らしてる。



チェアーにはアリゲーターの革にエナメルで加工したクロスが張ってあり、その黒い光沢にラッキーは魅せられた。



店の奥には小さなステージがあり、黒く塗装されたウッドベース、Fホールのエレクトリックホローギター、銀ラメのドラムセットが乱雑に、しかし奇妙なバランスを保ちながら置かれている。



煙草と酒と夜の甘い匂い・・・ラッキーはそんな店の香りを吸い込みながら、カウンター下のアリゲーターレザーのチェアーに座った。



・・・店の奥から1人の中年の男が出てきた。



名前は「キング」。



大柄な体格、サイドのみポマードで撫で付けた乱れたリーゼントスタイルの髪、1950年代スタイルの黒のネップシャツ、耳にはダイアモンドのピアス・・・指にはスカルのリング。



この一癖も二癖もある「67ストリート」の住人から絶大に信用されている。



人の話は誰にも喋らない、秘密は絶対守る、情報を漏らさない、干渉しない。



キングはそんな男だった。



この「67ストリート」で店を経営していくにもこの条件は不可欠だったし、キングはこのストリートで生きるルールをよく理解していた。



キングは小さな約束も丁寧に守るし、マフィアの取引き場所として店の個室を提供するというバランスの男だった。



誰に問いただされても一切、口を割らないキングはこの67ストリートの住人に好かれていた。



そして、トランプのカードのキングに顔が似ていた為に67ストリートの住人達にいつの間にか「キング」と呼ばれるようになっていた。


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ラッキーはこの「HARD BOILED SWING CLUB」に初めて入った時のことを思い出しながら、扉を開けた。



「おっ、早いな」



カウンターでグラスを磨いていたキングがラッキーを見てそう言った。



「開店前ですか?」



ラッキーはキングに気を遣うようにそう言った。



「いや、お前なら何時に来てくれてもいいよ」



キングはラッキーにそう言いながら、磨いていたグラスを下に置いた。



「あれっ?でもお客さんがいたんですね?」



ラッキーはカウンターの端にいた1人の男を見て、そう言った。



その言葉を聞いた男は静かに横を向き、ラッキーを見つめた。



そしてゆっくりとチェアーから降り、ラッキーの座ってる場所に歩いてきた。



ラッキーはその男のオーラに一瞬、怯んだ。



無表情、無感情、その奥に何か感情があるような、無いような・・何とも例えようがない雰囲気がした。



「これ・・・」



男は黙ってラッキーにチラシを差し出した。



男が差し出したのは昨日から67ストリートで行なわれているサーカスのフライヤーだった。




「これって・・・そこでやってるサーカスのチラシ?」



ラッキーはフライヤーを見ながら、そう呟いた。



ピエロの顔が、目の前にいる男の顔とダブって見えた。



「これ、私なんです」



男はそんなラッキーに気づいたのかそう言った。



「・・・あ、そうなんですね」



ラッキーは自分の心を見透かされたような気持ちになって、肩を竦めてそう呟いた。



ピエロの男の名は「ジャッキー」。



生まれてから道化を演じることしかできない男。



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ジャッキーが物心ついた時には、もう「THE SOFT PARADE」というサーカスで暮らしていた。



両親がお金欲しさにジャッキーをサーカスに売り渡したらしい。



ジャッキーは団長から自分の過去についてはそれしか聞かされてない。



子供の頃のジャッキーにはTHE SOFT PARADEの見世物の動物、団員達が不思議に思えていた。



・・・皆、いつもうなだれ、言葉も喋らない。



・・・黙々と自分達の出し物の練習をしている。



動物達も団員達もジャッキーが側に歩いていくと、練習を止めてテントの中に引っ込みはじめる。



ジャッキーが団員達に話しかけると、団長がやってきてジャッキーに鞭を打ったり、頬をぶたれたりした。



ジャッキーの顔はいつも腫れ上がり、そして身体には鞭の跡が赤黒く残った。




「喋っちゃいけないんだ」




いつも鞭で打たれ、大声で泣いていたジャッキーはTHE SOFT PARADEの暗黙のルールを子供ながらに理解した時からは、声を上げて泣くことをしなくなった。



それからジャッキーは団長の命令で色々な芸を覚えなければならない生活を強いられた。



「言うことを聞かないと生きることができない。お腹が空いてもご飯が食べられないし、寝る場所さえない。」



ジャッキーはいつの日からか、そんな強い強迫観念に執りつかれていた。



何年か月日は過ぎ・・・ジャッキーはTHE SOFT PARADEの看板ピエロに成長していた。



ジャッキーは子供の頃からのトラウマで人と会話をすることができなくなってしまった。



楽しいことがあっても、悲しいことがあっても・・・ジャッキーは「それ」を一瞬にして忘れる術を覚えた。



それは自分の心が傷つかないようにするジャッキーの唯一の保身術だった。



THE SOFT PARADEの上演ではジャッキーはおどけた表情で観客を沸かせ、饒舌な喋りで進行をスムーズに進め、マジックでのナイフ裁きは観客を歓喜させた。



上演が終わるとジャッキーはすぐに無表情に戻り、無感情のまま「・・・ただ食べる・・・ただ排泄する・・・ただ寝る」の生活を繰り返していた。

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