黒の断罪者
白神 怜司
Ⅰ 一つの依頼と駆け出し少女
Episode.0 「冒険者」
「――俺、冒険者になりたいんです!」
まだ年若い、錆色のツンツンとした髪の少年。
爛々と輝いた瞳はこれから始まるであろう未来の栄光――もっとも、彼自身の個人的な空想だが――に満ち満ちており、ついに夢への一歩を踏み出すのだと嬉しそうに物語っていた。
確かにここは、『冒険者ギルド』だ。
国という枠組みを超えた組織の支部の一つ。
かつて魔王を倒したという勇者が、国の利権や利益という名の柵に嫌気が差して作り始めたという、由緒ある組織である。
だが――そこまでの夢が溢れる仕事というわけでもない。
ほら、現に「自分も昔はああだったな」と言いたげに苦笑を浮かべた男が、これから自分の仕事に向かってため息を漏らしながら出て行っただろ?
ニヤニヤと新人をいびり倒してやろうと嗤う者もいれば、我関せずを貫く広い建物の中の空気に、少年は気が付いていないのだ。
「では、説明を始めさせてもらいますね」
猫耳をぴょこんと頭の上で揺らして、受付嬢のフェルが苦笑を浮かべながらゆっくりと冒険者のシステムについて説明していく。
登録当初はFランクから始まり、E・D・C・B・A・Aプラス、Sマイナス・S・Sプラスと、最終的にはその上にある『特級』の十段階に分けられたランク。
個人や商店、果ては貴族からの〈
冒険者がこなす〈
町の雑事から荒事。人に内在する魔力を好んで食らう魔物共を討伐したり、はたまた各地に現れる『ダンジョン』と呼ばれる奇妙な地を探索したりと、その内容は実に多岐に渡る。
依頼放棄の違約金、冒険者としての契約内容の説明などを済ませると、フェルは一枚のカードを取り出した。
「では、魔力パターンをこの冒険者カードに転写させてもらいますので、この水晶に触れてください」
フェルの言葉に従って、少年が水晶に触れる。
登録は完了した。
「――改めて。ようこそ、冒険者の世界へ」
フェルに言われ、頬を紅くしながらも嬉しそうに笑う少年。
――――そんな姿を近くのテーブルに頬杖をつきながら、俺はぼーっと眺めていた。
「くあぁ……、ねっみぃ……」
大口を開けて欠伸をしながら、ついつい独りごちる。
朝一番から呼び出されてダラダラと過ごしているだけなんて、拷問に近い。
すでに外は、すっかり朝を迎えている。
それはつまり、冒険者として見れば遅い時間だ。
意気揚々と出て行った少年だが、やはり冒険者という仕事を甘く見ているとでも言うべきだろう。
普通、朝陽が昇ってまだ間もない時間から、冒険者ギルドには多くの冒険者が顔を出して〈依頼〉を受けにやってくる。
今ここにいる連中は休日か、それとも〈
今の時間から外に出て慣れない仕事をこなすのでは、陽が暮れるまでに帰って来れるかも怪しい。
それに――とちらりと広間を見れば、案の定だ。
ガラの悪い数名の冒険者が、少年を追いかけるように外へと出て行った。
あの少年は、冒険者の洗礼を受ける――つまりは絡まれる事になるだろう。
「――助けてあげないんですか?」
「バカ言うな。あいつらは身内だろうが」
突如として横合いからかけられた声に呆れながら答えて視線を向けると、そこには先程まで少年に冒険者の説明をしていたフェルが立っていた。
少年を追いかけて行ったガラの悪い連中は、ギルドからの〈
少しばかり意地の悪い洗礼である。
「もうっ、どうしてそんなにあっさり見破っちゃうんですかーっ」
「ここのギルドは治安がいいからな。あんないかにもな連中が悪さしようってんなら、とっくにマークされてんだろ」
「むむっ、それもそうですねっ。優秀すぎるのも困りものですねっ」
「や、別にお前を褒めた覚えはないが」
「っ!?」
フェルが大きな胸を更に強調するように腕を組んで、唇を尖らせた。
――だいたいそういう連中だったなら俺の耳に入ってくる。
ギルド側がマークしていない、などという不手際は、このアッシアの町ではまず起こり得ないだろうしな。
なんせ、アイツがこの町のギルドマスターなんだから。
そんな事を考えていたら、フェルがちらりと室内を見回して、小さく咳払いをしてみせると、にっこりと微笑んだ。
「――ルーイットさん。指名での〈
ようやく、か。
立ち上がり、フェルの後に続いてギルドの奥へと向かった。
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