迷子になった魔法使い

九里須 大

第1話

 ボクには霊感が無い。

 と、今まで信じて生きてきた。

 だけど、たった今から改めようと思う。


 夜の繁華街。

 いつもの帰り道。いつもの人混み。

 入社7年目の町工場。そろそろ仕事にも慣れてきて、色々任される立場になってきたけど、元々不器用なボクは、失敗ばかりでいつも怒られてばかり。

 今日も工場長にこってり絞られ、かなりヘコんでいる。

 家でビールでも飲んでさっさと寝よう!

 と、帰っていた矢先だった。

 人混みの中を不自然に動くモノが、ボクの視界に入った。

 黒っぽいワンピースを着た少女。高校生くらいだろうか。彼女が必死に何かを叫びながら動き回っている。

 声は聞こえない。

 少女の体は半透明・・・

 通り過ぎる人達が彼女の体をすり抜けてゆく。

 はい、見えちゃいました。これって幽霊だよね?だってみんな彼女のこと見えてないもん。


 何がきっかけで見えているのか判らないけど、こういう時ってどうすればいいのだろうか。

 成仏してもらう方法なんて知らないし。

 あ、目が合っちゃった。

 エェ~、こっちに近づいて来るんですけど。

 心臓が信じられない速度で動きだす。

 ボクはとっさにショルダーバッグで顔を隠した。


 ボクの手に何かが触れた。

 「私の声が聞こえますか?」

 少しかすれた女の子の声。そして、ボクの腕を両手で掴まれている感触。これは何だ?

 「私の声、聞こえますよね?」

 うん、聞こえてる。

 恐怖感は無い。

 ボクはバッグを下ろした。

 目の前に少女の幽霊が立っている。腕を掴み、今にも泣き出しそうな顔でボクを見つめている。

 「私、とっても困っているんです」

 多分ボクの方が困ってると思うんだけど・・・

 道行く人が、不思議そうな顔をして過ぎてゆく。彼女が見えないのなら、確かにボクの姿は変に映るだろう。

 腕を掴んでいる彼女の両手にさらに力が入る。

 「ここは一体、何処なんでしょうか? 私、どうやら道に迷ったみたいなんです」

 

 こういう時、本やテレビの主人公は、持ち前の行動力と的確な判断で、物語をいい方向へ進ませるのだろうが、あいにくボクには何も無い。

 通行人達の視線を避けるため、薄暗い路地に逃げ込むのが精一杯だった。

 困った・・・

 半透明の女の子に助けを求められているが、ボクに出来ることがあるだろうか。

 「何故だか判りませんが、ほかの方々には触れることもできませんし、私のことが見えないようなんです。

 頼れるのはアナタだけなんです。どうか、見捨てないで下さい」

 瞳を潤ませ、見つめる少女。

 「だけど、何をすればいいの?」

 彼女は少し考えて、

 「私が元の世界へ帰れる方法を、一緒に考えて下さい」

と答えた。

 元の世界・・・

 「つまり、成仏できる方法ってこと?」

 彼女の表情が変わった。

 あれ?

 怒ってる?

 「誤解があるようなので言っておきますが、私は幽霊ではありません。ちゃんと生きています」

 エ? そうなの・・・

 じゃあ、何で半透明?

 「理由は判りませんが、恐らくこの地球(ほし)の人間でないからだと思われます」

 ちょっと待てよ。おかしな展開になってきたぞ。

 これってテレビ番組のドッキリか?

 それとも、起きたまま夢を見ているのか?

 「いえ、夢ではありません。あなたを騙しているのでもありません」

 本当にそうなのか。

 「本当です」

 じゃあ、君は別の世界の人間なのに、日本語を話しているのか?

 「いいえ。私とアナタの言語は全く違います。私の言葉をアナタの頭の中へ直接伝えています。その時、アナタの知識を少しお借りして言葉を変換しているのです」

 なるほど。

 ボクには容量オーバーのお話です。

 お手上げです。あまりにも話が突飛してます。

 「お気持ちは判りますが、どうか信じて下さい」

 ここで、ようやくボクはさっきから感じていた違和感に気付く。

 「君、ボクが心の中で考えていること、判るの?」

 「はい」

 即答だった。

 「私、体を触れている方の心の声を聞くことが出来るんです」

 


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