⑦
「動くなよ獣人、反射で風穴が開くぜ」
アルを脅してアナグマは銃口を押し付けてくる。
「面白い芸当を見せてくれた礼だ。遺言くらいは聞いてやるぜ? あの女に言葉があるなら伝えてやるよ」
仰向けにされ、額に銃口が向く。
アナグマの気が変われば俺は死ぬ。アルも俺も動けない中、逆転の一手は……
「……け」
「あん? はっきりと言えよ。辞世の句だぜ」
顔を近づけてきたアナグマ。位置関係は大丈夫なはず……最後のかけだ!
「……らけ。……開け、近くて遠い世界の扉!」
「はあ……!?」
腰のストックボックスから火の玉が飛び出す。凄まじい反射神経で避けられたが身体が自由になった。
咄嗟に後ろへと退く。
「猪口才なマネを!」
僅かに燃えうつったコートを投げ捨て、銃口が俺の方を向く……が、撃たれはしない。銃口の先にアルがいるのだ。
「くそっ! 獣人風情が……」
アルが動き出すのとアナグマが銃を捨てたのはほぼ同時。
小細工の効かない一騎打ち。純粋な身体能力の戦い……と、なれば勝敗は明白である。
「ヒメを……返せ!」
アナグマより先にアルのボディブローが決まる。
少しよろけて俺たちを睨んだ後、アナグマは倒れ込んだ。
「……一応縛っておくか」
二人分のベルトを使ってアナグマを縛る。これですぐには動けないだろう。
「ヒメ!」
先に奥へと行ったアルが檻を壊そうとしている。中には小さく姫のような女の子が横たわっている。
体力的に相当キツイが、俺は目を変えて確認する。
体力、生命力共に循環は良好。特に綻びもない。
「大丈夫、少なくとも命に別状はない。睡眠薬でも飲まされたんだと思う」
「そうか……とりあえずこの鍵を開けないと」
「アナグマは持ってない見たいだ」
「そりゃあそうさ。彼は本当に大事なものは持ち歩かないからね」
聞いたことのない声に二人で構える。声の主は慌てた様子で両手を上げる。
「僕は味方だよ!」
「味方? タカの知り合いか?」
「いや、知らん」
「君たちとは知り合いじゃない。しかし味方なのは確定している。そうだろ? タカヤ君にアルちゃん」
名前を知られている!?
「ああ、構えないで。言い方が悪かった。トモノさんにコカナシさん、あとキミアさんの味方だよ!」
「智野の? 智野は無事なのか!」
「ああ、無事も無事。今は脱出の為の工作中さ。で、僕は君たちにコレを届けにきた」
右ポケットからつまみ出したのは一つの鍵。
「紹介が遅れた。僕は探偵社オーギュストの探偵、デュパンだ」
*
「さて、これで君たちの目的は果たせた。後は脱出だね」
デュパンさんはアナグマの上に座って腕時計を見る。
「そろそろ時間だ」
「時間? なんの……うお!?」
頭上、上の階から爆発音。少し間を置いて放送が流れる。
『責任者不在により代理として緊急連絡する。第ニ武器庫が爆発した、連絡した逃走者が仕掛けた物で他にも数カ所設置されている。全職員は現在の職務を放棄し、早急に退避を図れ。 繰り返す……』
今の声は……
「これが脱出の為の工作ですか?」
「そう、彼らが逃げた先に待ち構えるは国営傭兵団。コレを考えたのはキミアさんだ、大胆だね」
つまり爆発も先生が……うん、確かにやりかねない。てか前科ありだ。
「じゃ、皆が逃げた後にゆっくり逃げるとしようか」
*
「おう智野……何ともないようで良かった」
「うん、そっちは……泥だらけだね」
「ああ……うん」
脱出するタイミングが早すぎ、勘違いされて取り押さえられたのだ。
「あのね、わたし達一度行く所があってね」
「ああ、先生から聞いてる。俺も行く所があるんだ」
「そっか、じゃあ……また少しだけ離れちゃうんだね」
智野が車椅子から立って倒れ込んできた。思わず抱きしめる形になる。
「ちょ、智野、いま俺汚いから!」
「いいから、少しだけ」
「お、おう」
そのまま数秒間の沈黙。周りの音は全く気にならず、大きな鼓動の音だけが強調される。
「よし、充電完了! じゃ、またね!」
スッと離れた智野は車椅子に戻ってコカナシの方に走っていった。後ろから僅かに見える耳は赤くなっている。
「真っ赤な顔……見れば良かったか」
「鼻の下が伸びてるし顔が気持ち悪いぞ」
「先生! 今の……見てました?」
「バッチリな。さっさと行くぞ」
智野の方に背を向けて歩き出す。足取りは軽い、またすぐに会えるのだから……
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