②
「デュパン……さん!?」
「あれ、そんな警戒されるような名前してる?」
「だって、その名前は……」
まさにこの事件、小人族誘拐事件の主犯格の名前じゃない。しかし……
「彼と同一人物には見えませんね」
「ふうん、同一人物ね……」
デュパンを名乗る探偵は髭のない顎を撫でる。
「そちらのキミは小人族だね? うん、間違えない」
コカナシさんからわたしに視線が移る。
「君の存在はイレギュラーだが……うむ、仮説にはなり得るか」
「あの……」
「ああ、すまない。キミ達が出会ったデュパンという男は風来坊のような男じゃなかったかい? そう、例えば探偵の癖に人の名前を覚えないような」
「人の名前を覚えない……そうでした?」
問いかけられてわたしは考える。確かにあのデュパンは固有名詞というのを殆ど出さなかった。近くにいたわたしの事もワトソンと呼んでいたし……
「では、あのデュパンは偽物だと?」
「そう。僕はある依頼に向かう途中、彼らに襲われた、色々と厄介な探偵を襲う理由なんてのは少ないだろう?」
「確かにそうですけど……」
「その警戒心は悪くない。では身分証明」
デュパンさんがカードを投げる。コカナシさんに見せると正真正銘の証明になる身分証らしい。
「では次に証言。さっき名乗った通り僕はデュパン。小人族が住まう村の誘拐事件を解決する為、村長のフローレンスから依頼を承った探偵だ」
まるであらすじのような説明、それは関係者以外知り得ない情報ばかりだ。
しかし偽デュパンにもそれは知られているわけで、結局この人を信頼していいのか否か……
「ま、少なくともこの施設の人ではないでしょう。協力してくださるのですか?」
「ああ、偽デュパン……コードネーム・アナグマの所為で捕まったというのなら僕の所為でもある。責任はとるさ」
「あの、それなら他に誘拐された人がいる筈なんですが」
「ああ……うん、流石にこれ以上は無理かな。脱出後に然るべき場所に報告すれば助けて貰える。それを期待するしかないだろう」
「では私達を連れていくのは?」
「通りかかった船というヤツだね。一度脱獄をしてしまったのなら逃げるしかないだろう?」
「まあ、そうですけど……」
真デュパンさんはコカナシさんからカードを受け取ってウインクをする。
「それに、キミ達だから出来る事もあるからね」
*
「あの、これは……」
様々な人の目をかいくぐり、たどり着いたのは衣装ルーム。わたしとコカナシさんは着替えさせられていた。
わたしは紫色のドレス、コカナシさんは大人しい色合いの和服メイドといった感じだ。
「変装さ。智野さんはお嬢様、コカナシさんはその従者になってもらう」
「でもデュパン……アナグマには顔がバレている筈です」
「そこは大丈夫。探偵というのは時に別人へと化けて調査をするものさ」
そう言ったデュパンさんがシルクハットをあげると若々しい顔の片鱗もなく、紳士的な老人になっていた。
「僕はトモノさんの父に使える執事長という役柄だ。トモノさんの足が不自由だから従者を買おうと此処へきている」
説明を終えたデュパンさんは両手に化粧道具を持つ。
「安心して、綺麗な顔に傷をつけるようなメイクはしない。少し変えるだけで印象はグッと変わるものさ!」
「いいですね、綺麗ですよトモノ!」
コカナシさんが楽しそうに手を叩く。鏡を見るといつもとは違う自分がいた。
手入れはしているが弄ってはいないロングの髪は精巧に編み込まれている。
顔の骨格がいつもよりハッキリとしており、口幅も広く見せられている。
「なんというか……大人っぽい?」
「そう、そしてコカナシさんはメイク以外で変えてみた。従者が主人より目立つわけにはいかないからね」
と、言うわけでコカナシさんはメイクは控えめで髪型が大胆に変わっている。
普段先が丸まっている特徴的な癖っ毛は髪留めで真っ直ぐに、後ろ髪にはウィッグがつけられてツインテールになっている。
「あまりに劇的に変えると行動との齟齬が生じてしまうから、変装になれている僕は別だけどさ」
綺麗な黒の光沢をした杖に体重をかけ、デュパンさんは白い歯を見せる。
「それじゃあ脱出といこうか、お嬢にメイドさん」
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