⑨
双子の事件から二日後、調査を終えたらしいデュパンさんに呼び出された。
「やあ、ワトソンくん。場所も判明したぜ」
「本当ですか!」
「アイスの跡を追いかけ、その先にあった犬の血を追いかけた」
デュパンさんはメモ帳のページをめくって話を続ける
「その血は森の入口付近にある使われていない家の裏まで続いていて、そこに何者かの生活跡があった。その上、これも見つけたぜ」
メモ帳に挟まれていたのはいびつな形の髪留め。
「これは……シエスタちゃんのお姉さんの?」
「ああ、恐らく。とりあえずコレを村長に見てもらって、本人のものであればその家を犯人が一時拠点として使っていると考えていいだろう」
その後、その髪留めはやはり本人のものである事が確定した。
わたし達は犯人を直接捕まえる方向にかため、事件サイクルである三日後を待つ事になったのである。
*
「で、なんで明日なのですか?」
きたる事件サイクルを翌日に迎えた夕食。フォークを置いたコカナシさんが口を拭いてそう聞いてきた。
「あ、そういえば言ってませんでした。実はこの事件にはサイクルがありまして……」
「五日後の犯行、なるほど……」
日頃の悩みの種であるらしい癖っ毛を指でくるくると回していたコカナシさんは水を一口飲んで席を立つ。
「すいませんトモノ、少し出てきます」
「え? 何処にですか?」
「村長さんの所に行ってきます。少し、聞くべき事が出来ました。すぐ帰りますので」
「……どうしたのー?」
シエスタちゃんが心配そうに視線を投げかけてくる。何があったかわたしにもわからないが……とりあえず彼女の頭を撫でる。
「すぐ帰るって言ってたから大丈夫だよ。それより人参は残しちゃダメだよ?」
「ちぇー……むぐ……うう……」
いつまでも人参を噛んで飲み込まないシエスタちゃんを応援していると足音が聞こえた。
コカナシさんは小柄で綺麗というか上品な歩き方をするので彼女のものではない。ドアの方を見つめているとソレが数回音を鳴らした。
「すまんワトソン、起きてるか!?」
わたしの事をその名で呼ぶのは一人しかいない。
「どうしました?」
ドアを開けると初めて焦っている顔をしたデュパンさんがいる。
「狩りに出ていた村人が中性族を見たらしい。犯行は明日だろうが村に来るのは前日だったんだ!」
「え! 犯人は何処に!?」
「今はわからない。ただ前に話した古い家に一度戻るはずだ。夜に悪いが家に戻った所を押さえるぞ」
「わ、わかりました」
支度をしていると無事食事を終えたシエスタちゃんが歩いてきた。
「どこかいくの?」
「ごめんね、少し行かなきゃいけなくなったの」
「……帰ってきたらお話聞かせてね?」
「もちろんだよ」
遠慮がちに言ったシエスタちゃんを撫でて車椅子の電源を入れる。
「行きましょう、デュパンさん」
*
シエスタちゃんを隣の家の老夫婦に預け、わたしとデュパンさんは森に入っていく。しばらく行ったところでデュパンさんが立ち止まる。
「この前調査した時には無かった。やはりここに来ているな」
拾ったのは一本の大きめのフォーク。確かにこのサイズのフォークはこの村にないはずだ。
更に歩き、例の家が小さく見えるところでわたし達は身をひそめる。
「奴らが来たら俺が出る。もし取り逃したらそいつを目で追ってくれ、捕まえる必要はない、それは危険すぎる」
わたしは頷いて息を殺した。
*
虫の声すらしない静寂。こうも静かだと色々な事を考えてしまう。
そういえばコカナシさんは何を聞きにいったのだろうか? 確か直前に話していたのは事件の五日サイクルの話。
何かこの説に問題が? でもコカナシさんは事件の情報を殆ど知らないはず、日にちに関して知ってるとすればシエスタちゃんから聞いた事件くらいだろう。
「……あれ?」
ここで思考の端に何かがひっかかった。
確かあの時、シエスタちゃんは「何日か前までおねえちゃんがいた」と言っていた。
『何日か前』それは最低でも二日以上前でないと使わない言葉だろう。
しかし一日前でなければ五日のサイクルは崩れて……?
「なあワトソン、一つ言い忘れた事があった」
デュパンさんの声で思考が切り替わる。もしかして今の疑問の解決になるだろうか?
「ノックスの十戒な、あれ、一つだけ現実の事件では使えないやつがあるんだ」
「超能力者のやつですか?」
「いや、それじゃない」
デュパンさんは帽子を地面に置き、懐に手を入れた。
「間違っているのは……七つ目だ」
瞬間。身体を電気が走り回り、身動きが取れなくなる。
いつのまにか居た数人がわたしを押さえつける。
ああ、今までの推理は物語だったのだ。少しばかり矛盾があってもいい、たった一人の読者であるわたしを騙せればそれでよかった。
動きを完全に封じられ、どうする事も出来ない。地に伏せながらわたしはようやくノックスの十戒の七つ目を思い出した。
『変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない』
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