悪性に対する十戒とソウサク劇
①
指先が掠める。隆也がどんどんと……いや、わたしが離れていく。なす術なくブラックホールのようなモノに吸い込まれ、わたしは思わず目を閉じた。
*
「……もの」
微睡みの中、聞きなれた声が睡魔の隙間に入り込んでくる。
「トモノ!」
鮮やかな赤と黒の混じった髪の少女……いや、お姉さん。コカナシさんがわたしを心配そうに見つめている。
「起きましたか。よかった……」
周りからも安堵の声が聞こえる。見回すと数人の子供……いや、顔立ちが大人なので恐らくは小人族がわたしを見ている。
少し身体が痛むが異常ではないので起き上がる。どうやらベッドに寝かされいたようだ。
「あの、ここは」
「ここはナヨージ。小人の村さね」
周りにいた人が左右に割れ、一人の老人が歩いてくる。
「うん、元気なようだね。それは良かった」
「あの、わたし……なんでここに」
「白い渦からこの村の近くに吐き出されたみたいです。アルカロイドからは少し遠いですが帰れないほどではないかと」
安堵の溜息をつく。隆也の話から異世界というのも覚悟していたのだ。
「隆也とキミア先生は?」
「ここへくる途中に探してみましたが見当たりませんでした」
「連絡もダメでしたか?」
「はい、この通り」
わたし達が持つPHSは物を言わない。
コカナシさんが固定電話からキミア先生に電話をかけたが、繋がらなかったらしい。外傷がない事も考えるとブラックホールの影響なのだろう。
「とりあえずアルカロイドに戻りますか?」
「そうしたいのですが……」
コカナシさんがさっきの老人に視線を向ける。
「すまんがお前さん達をこの村から出すわけにはいかぬ」
「それはどういう……」
「そう重く捉えんでもよい。生涯ここに捉える訳でもない」
老人は小さな杖をコンと鳴らし、わたしに優しい笑顔を向ける。
「儂はここの村長であるフローレス。そろそろ夕食時、話は食べながらにするとしよう」
*
持つだけで焼きたてだと分かるふわふわなパン。バターがたっぷりと乗ったじゃがいもの匂いが腹の虫を騒がせる。
メインディッシュのステーキは……何の肉だろう?
「いただきます」
合わせた手を離してナイフとフォークを持つ。わたしの手には小さいが此処で使われてる中では一番大きいらしい。
とりあえずこの謎の肉を……これは箸があっても太刀打ちできないだろう。
口に運んで一噛み。やはり弾力が凄い。
で、結局何の肉……?
「これは猪ですか?」
コカナシさんの言葉に村長が笑顔になる。
「よくわかったね、今朝狩りたての上物だよ。野菜も旬の物だしそのバターも……」
地元愛を語り出した村長を他の人が止める。
「素材も良いですが作った人の腕も相当良いのでは? 猪独特の臭みもほぼ無い上に食べ応えのある弾力です」
「そうでしょう、そうでしょう! コレは儂の妻が作りましてね。かくいう儂もこの料理に胃袋を掴まれ……失礼」
わたしは苦笑いを浮かべた後、口の中の油をお茶で流しこむ。
「その、この村から出れない理由というのは……」
「ああ、そうでした。そちらのお嬢さんには話していませんでした」
村長はフォークを置いて口を拭う。
「実は一週間ほど前からこの村で謎の失踪事件が発生しておりまして」
「失踪?」
「ええ、何度かに分かれて数人が行方不明になっているのです。森に行ったというのならば獣に襲われた可能性が高いのですが、そういう情報もなし」
「あの……その事件とわたし達が出られないのは」
村長は言いにくそうに口をモゴモゴさせた後、水を飲み干してから話し出す。
「その……本当に申し訳ないですが村の数人から貴女達が犯人ではないかという疑い……いや、証拠もない予想なのですが……まあ、そういうものがありまして」
「そんな……」
しかしわからなくもない。謎の黒い渦に吸い込まれて気づいたら此処にいた、なんて眉唾物である。
もしそれが本当だとして、それを操る事が出来るのなら誘拐はとても簡単になる。
「じゃあわたし達は犯人が見つかるまで此処に……」
「はい、そうして頂けると幸いです。その、一応お目付役といいますか……そういうのを受け入れてくだされば皆納得して頂けるとようで……」
つまり監視というわけだ。それは構わないとして
「犯人の目処は立っているのですか?」
「目処ら立っていませんが捜査は依頼しております」
「依頼?」
「はい、外部から探偵をお呼びしまして、その方が調査を……おっと、ちょうど帰ってきたようですな」
硬そうな足音が扉の前で止まる。ノックに村長が返事をすると扉が開き、一人の男性が顔を出した。
年季の感じられるハットに汚らしいわけではないがボロさが滲み出てる服。
一言で言うならばカウボーイとかアメリカン風来坊といった感じの男性だ。
「ああ、その子が例の来客かい」
男性はわたし達を少し観察して、ハットを外す。
「私立探偵社オーギュストから派遣された、コードネームはデュパンだ。宜しく頼むぜ二人のお嬢さん」
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