「さて、話を戻しましょうか。先程の発言、退散とはどういう事ですか?」

 視線を受けたマッカファミリーは慌てながら口を開く。

「そ、それはもちろんニャルを油断させといて奇襲をかけようと……そう、五体満足で連れ帰る為に!」

「なるほど、それは邪魔をしてしまいすいません。しかしそんな搦め手を使う必要はありません、四人がかりならば大丈夫でしょう?」

 その言葉を聞いたマッカファミリーは俺たち……ニャルに視線を向ける。

「まあ、そういう事だ。観念しな、ニャル」

「やだ、自由がいいもん」

「何もずっとあの場所に閉じ込められるわけじゃありませんし、ワタクシからすれば羨ましいものですけどね」

「嫌なものは嫌なの」

「マッカファミリー、時間を稼ぎなさい」

 割り込むように一言告げるとゲラシノスは上着を脱ぎ捨てた。

「さあ、神の導きを!」

 両腕にあるバングル、その錬金石が発光する。

「何をする気だ」

「なんでもいいけど邪魔しちゃおー」

 ニャルがゲラシノスの方に見覚えのあるビーカーを向ける。

「カチカチ、ツルツル、ピッキピキー」

 あいも変わらず即興かつ中身のない歌と共に錬金が始まる。ビーカーの中に氷が精製され、くるくると回り始める。

「せーの、ドッカーン!」

 相当な速度まで回った氷は逃げ場を求めるようにビーカーの外へと出る。そのまま弾丸のようにゲラシノスへと向かって行き……

「モウ、コンパクトガードナー!」

「…………」

 モウの懐から出てきた板が大きく展開される。どうやら折りたたみ式の盾のようだ。

「そんな薄いものならもう一回! ひんやりひんやりガリガリガリ……連続バーン!」

「ワタクシ、発明家ではなく錬金発明家なのです。そこら辺をお忘れなく!」

 盾を持ったカリの錬金石が光る。素材の炎が盾の表面へと纏わりつき、ニャルの氷を溶かして威力を軽減させた。

「何……あれ」

「あの盾の表面。体力が通りやすく、更に溜め込みやすくなっているな」

「そのとーり、さすが店主さん! これは錬金石で作られた盾、体力を通したものを一時的に保持することが出来るのです!」

 そんな会話をしてる間にもゲラシノスの錬金は進んでいく。

「先生、あれ止めた方が!」

「わかっている、一人が止めに入り、残りはあの三人の足止めだ」

「じゃあ、あたしが行くわ!」

 ニャルが一人突撃していく。

「ちょ、作戦はまだ……ああもう!」

 ニャルが行ったなら俺たちは足止め。

 足止めって何をするんだ? 錬金して麻酔を……時間がかかる。もっと手軽ですぐに出来る牽制攻撃は……

「これだ!」

 突撃するニャルに気を取られているマッカファミリーに向かってストックボックスを向ける。

「えっと……開け、近くて遠い世界の扉よ!」

 ストックボックスのロックが解除され、中から炎が飛び出す。

「ちょ、何ですかそれ!」

 威力はないがカリを止める事には成功した……が、皆からの視線が痛い。

「違う、これ音声認識でアデルのようにセリフを言わないと開かなくて……あれ?」

 もう誰もいない?

「な、なんだいこの子! 小人族とは思えない力だよ!」

「……無理」

 見るとコカナシがマッカさんを取り押さえていた。智野の車椅子で急接近して捉えたのだろう。

 モウの方はこめかみに銃を当てられて固まっていた。

 先生の持つそれは注射が入ってるだけで、麻酔をしやすくする道具なのだが……抑止力にはなっているらしい。

 まだ動けるのはカリのみ、この流れだと担当は俺だろう。

「さて、もう一押し……あれ?」

 ポシェットに入れてた筈のストックボックスがない。あと三個あった筈……

「くらえ! なんかよくわかんない箱とその他いろいろー!」

「……箱?」

 叫んだニャルは錬金中のゲラシノスに向かって様々な物を投げつけた。その中の幾つかは錬金溶液の入った小釜の中へと落ちていく。

 その中には三つの箱も……さらばアデルのストックボックス。しかしこれはチャンスだ、うまくいけばゲラシノスに攻撃が出来る。

「開け! 近くて遠い世界の扉よ!」

 叫ぶと同時に錬金溶液の光が強くなる。

「な、何を! 不要な物を入れては神の術が!」

 ゲラシノスの顔は笑みを消さない。しかしそれは焦りの物から感嘆の物へと変化する。

「……これは、これは素晴らしい! おお、神よ! これこそが神の術!」

 大きく笑い声をあげ、ゲラシノスが両手を広げる。

「これぞ世界を合成する奇跡の錬金術!」

 錬金釜が割れ、素材が入った溶液が体力と共に蒸発する。

 何も無くなった筈のそこには一つだけあるものが浮かび上がる。

「あれ……は」

 黒。空間に浮かぶ黒。

 ソレがある部分だけポッカリと光が消える。その黒は徐々に広がっていく。

「逃げろ!」

 俺は叫ぶ。マッカファミリーとかゲラシノスとか今はどうでもいい。とにかくアレからは遠ざからなければならない。

「おい、冷静になれ」

 先生に腕を掴まれるが落ち着きはしない。冷静になる余裕など、時間などない。

「おい! アレを見たことあるのか!」

 肩を掴まれ、揺らされる。視界の端に映った黒は広がるのを止め、ゆっくりと渦巻き出している。

 やっぱり思った通りだ。見たのは一瞬だけ、でも記憶の中には鮮明に残っている。

 CGで作られたブラックホールのような、渦巻く黒。アレは……

「俺がこの世界に飛ばされるとき、吸い込まれた渦です!」

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