「商売相手……薬剤師って事か?」

「そんな遠い相手じゃない。完全なるライバルだ!」

「錬金薬学師か」

 先生の言葉にアデルが頷く。

「どうやら同じ性質の薬を安く売っているらしい。少し覗いて来たが、僕が見た感じだとここと同じ素材を使っていた」

「……そうか」

 先生は貧乏揺すりを止め、ようやく机に居場所を見つけたコーヒーに少しだけ砂糖を入れ、いつも通り少しずつ飲んでいく。

「キ、キミア?やけにおとなしいじゃないか」

 先生の様子にアデルも戸惑っているようだ。

「ワタシより安く素材を仕入れて安く売っているのなら問題はない。向こうが商売に向いていただけの事だ」

 俺たちが驚く中コーヒーを啜った先生は続ける。

「しかしそれが本当に錬金薬学なのか、というのは気になるな」

「どういう事ですか?」

「前にも言ったが錬金薬学は現代において生産的ではない方法だ。今は多少質を落として量産した方が売れる。ワタシのように錬金薬学自体に重きを置いていないならやる理由がないくらいだ。」

「中にはいるのですよ。珍しいから興味本位に錬金薬学をやってみた人とか、錬金薬学という名前を使って普通の薬を高値で売りつける人が」

 コカナシがそう付け加えてアデルの分のコーヒーを机に置く。

「そうだな……」

 キミアは俺たち三人を見渡した後、俺に視線を向けた。

「お前、そこに行って薬貰ってこい」

「え?」

「薬を一番最後に飲んだのはお前だ。まだ完全には効き目がない時間だから風邪との診断が出るだろうさ」

「確かに、君の鼻とか目はまだ赤いままだね」

「適任かと」

 俺の意見を聞かずにどんどん話が進んでいく。

「薬を貰ってくるだけだ。もし錬金中なら一応見てこい、期待はしないが」

「いや、あの」

「薬が効き始めてからじゃ遅い、さっさと行ってこい」

 小銭入れを持たされ、扉から放りだされた。

「…………」

 どこにあるんだ。薬屋は。


 *


 アデルから薬屋の場所を教えて貰い、迷いながらもなんとか辿り着く。

 先生の店とは逆方向の町のはずれに薬屋はあった。

 店名は……駄目だ。俺の読めない字しか書いていない。

 ここら辺の店だと『ネ語』元の世界でいう日本語が小さく付け加られているのだが……ここら辺の人じゃないのだろうか。

「お客さんですか?」

 ドア窓から少し覗いていると、後ろから声をかけられた。

 声をかけてきたのは白衣を着た爽やか系の男性。

「ふむ……枯マンドレイク性の風邪ですね」

「は、はい。薬を貰いたくて」

「とりあえずちゃんとした診察をしてからですね。僕はここの院長のシャーリィです」

 薬屋というよりは病院らしい。簡単な診察を受けた後、シャーリィさんは近くにあった棚を開けて声を上げる。

「おっと、さっきので作り置きはおわりだった。すいません、すぐ作るから待っていて貰えませんか?」

「大丈夫です」

 目の前で錬金を見れるのはチャンスだ。先生の錬金は何度も見ているから錬金をしていなければわかるはずだ。

 シャーリィさんは液体の入ったビーカーに蒼耳子とオオバコをいれた後、動かなくなったマンドレイクの根の欠片を入れて蓋をする。

「少し静かにお願いします」

 シャーリィさんが腕まくりをすると、大きな石が付いた腕輪が現れた。

 付いている大きな石は錬金石だろう。俺や先生が使っているのよりも相当大きい。

 その錬金石に反応してビーカーの中にある液体が光り出した。


 *


「錬金は本当にしていたのか」

「はい、こんな大きな錬金石を使っていました」

 処方された薬を先生に渡した俺はシャーリィさんの錬金について話していた。

「先生と違うところは……最初の光が先生より強かったくらいですかね」

「ああ、それは錬金石の大きさに比例しているんだ」

 そう言って先生は何処かから色んなサイズの錬金石を出してきた。

「大きい物になるほど錬金の成功率は高まるが体力の消耗が激しくなる」

「え、じゃあ先生と同じサイズで俺が錬金を成功させるのって……」

「ああ、難しいな。本気でやればワタシはもっと小さいのを使えるが」

「じゃあ俺ももう少し大きい方が……」

「駄目だ」

 先生が錬金石を片付ける。

「お前の今の最大目標は錬金薬学ではなく錬金術だ。今のうちから小さいサイズの錬金石に慣れておかなければ必要以上に生命力を取られてしまう。それにそのサイズは錬金術を使う上でワタシが許可する最低ラインだ、それすらも扱えないで錬金術など……」

「ちょっとまった。今その話はいいじゃないか」

 唯一止められそうな立場にいたアデルが先生を止める。

 正確にはコカナシも止められる立場だったが……彼女は先生の味方をするだろう。

「……まあいい。お前の証言とワタシの鑑定結果は同じだ。この薬は錬金術を持ってして作られたものだ」

「鑑定って……そんな事分かるんですか」

「前にも言いましたが、キミア様はハーフエルフなのでエルフの目の特性も備わっているのです」

 お茶菓子を持って歩いてきたコカナシが説明を引き受ける。

「エルフの目?なんか凄いのか?」

「人間の目より敏感なので人間には特殊状況下でしか見えないモノがエルフには常時見えるのです」

 俺が質問を重ねる前にコカナシが続ける。

「今回の場合だと体力ですね。人間の目では錬金中とかでしか見えないモノです」

「ちょ、ちょっと待て。体力なんて錬金中でも俺の目には見えないぞ?」

 コカナシはかぶりを振った。

「錬金中に見える光の粒、あれが人間の目に映るようになった体力です」

「なるほど……じゃあ先生はその体力が常時見えているのか」

「ワタシはハーフエルフだから集中して見ようと思えば見える、だな。今はこの薬に体力が込められているのを確認したんだ」

「で、どうするのさ」

 一人蚊帳の外にいたアデルが無理やり入ってきた。

「何がだ」

「客が取られてるんだから対策を考えないと」

「いや、常連はいつも通りワタシに薬を頼んできてくれているし貯蓄もある。生活に困る事はないだろう」

 先生はチラリと俺を見る。

「もし困るようになればこいつをどっかにやって二号店でも作ればいい」

「なるほど」

「いやアデル、なるほどじゃない」

 先生は少し冷めた緑茶を一気に飲んでコップを置いた。

「まあ、しばらく様子見だな」

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